#31

 

 のたうっていた『パルセンティア』号が破壊されると、キノッサ達をシャトル格納庫の一画に追い詰めていた機械生物達も、機能を停止した。ガシャン!という音が複数響いて、八体が床に崩れ落ちる。


「き…危機一髪ッス」


 手首で額の冷や汗を拭ったキノッサのコムリンクが呼出音を鳴らす。相手はハートスティンガーだ。


「ダイナンの艦が調査船を破壊した。どうやら調査船そのものが、機械生物に融合されていたようだ」


「やっぱり、そうだったッスか…」


 キノッサは機械生物の群体としての動きに、P1‐0号と接触する以前から、単純ではあるが統制が存在している事を感じていたのだ。つまり群れのリーダーとなる個体、蜂や蟻といった原始的な社会性を持つ昆虫に見られる“女王”である。

 そしてここまで、それらしい個体が姿を見せていなかった事。P1‐0号が対消滅反応炉に少々強引な細工を行ってまで、『パルセンティア』号のエネルギーを回復させようとした事。この二点から、キノッサは『パルセンティア』号こそが、旧サイドゥ家の宇宙ステーションに巣くった、機械生物達の女王ではないかと考えたのだった。


「それで、対消滅反応炉は四つとも、正常に稼働できるようになったんスか?」


 キノッサが尋ねると、ハートスティンガーより先に答えるように、基地全体が大きく揺れた。戦艦クラスの主砲射撃を喰らったのだ。


「ロックは外れたが、プログラムの一部が書き換えられているって話だ。修復にはまだ時間が掛かる!」


 それを聞いてキノッサは奥歯を噛みしめた。今の状況では四基の対消滅反応炉が正常稼働に戻る前に、四基の中で無理をしている二基が、過負荷でダウンしてしまうだろう。プログラム修復を並行処理で支援するため、急いで中央指令室へ帰る必要がある。


「PON1号を回収して、指令室へ戻るッス。そしてプログラム修復を―――」


 ところがキノッサがホーリオとカズージにそう言いかけた時、床に倒れていた機械生物達が一斉に動き出した。しおれていた触角のようなアンテナが、真っ直ぐに立って回転を始める。


「再起動した!!??」


 唖然とするキノッサ達の眼前で、機体を六本の脚で支えて起こした機械生物は、一箇所に集まるとパーツを組み替えながら合体を始めた。八体分のパーツの集中に巨大な“何か”が出来上がり始める。どう考えてもこれはマズい。キノッサはホーリオとカズージに言い放つ。


「何をする気か知らないけど、見てないでとっとと逃げるッス!!」

 

 広いシャトル格納庫の中を走りだすキノッサ達。するとその頭上を何か大型の影が一瞬で飛びすぎ、キノッサ達の進行方向に先回りして落下した。


「!!??」


 急停止したキノッサが見たのは、全長が五メートルはあろうかという、カマキリ型機械生物である。八体のタガメ型機械生物が合体したものだ。本物のカマキリと同じ威嚇姿勢を取って身構えた巨大な眼が、ぼんやりと朱い光を帯びている。


「き、機械の虫んザ、もっは動かんくなったんでバ、ねんか!?」


 カズージが恐怖と戸惑いの入り混じった表情で叫ぶ。キノッサは電磁パルス銃を構えて応じた。


「わかんないッス!」


 次の刹那、キノッサが電磁パルス銃のトリガーを引くのと、カマキリ型機械生物が襲い掛かって来るのは同時であった。パルス銃の紫の稲妻がカマキリ型機械生物に絡み付く。だがカマキリ型機械生物は、電磁パルスの稲妻に一瞬たじろいだだけだ。そのまま間合いを詰めて来て、鋭い棘が並んだ鎌を振り下ろした。キノッサとホーリオ、カズージは咄嗟に左右に分かれて床を転がり、鎌の攻撃を躱す。


「電磁パルスが利かなくなってるッス!」


 すでに電磁パルス耐性が付き始めていた、タガメ型機械生物が合体した事で、さらに耐性を高めたのだろう。そこに床を転がったホーリオが、通常のブラスターを放つ。だがそのビームも、カマキリ型機械生物の金属製ボディに、僅かな煙を上げただけで弾かれた。

 カマキリ型機械生物はさらに大鎌を二度三度と降り抜く、それを紙一重で回避する三人。戦闘力は高くなくとも、小柄ですばしっこいキノッサが、ここでは面目躍如の動きを見せる。


「今のうちに、シャトルの下へ!」


 キノッサの指示で三人は猛ダッシュ。近くで三機が横並びに固定されている、修理中のシャトルの下へスライディングした。追いかけて来たカマキリ型機械生物が薙ぎ払った鎌が、シャトルの外殻に突き刺さる。並んだ棘がザクリと深く刺さり、鎌が抜けなくなるカマキリ型機械生物。その間にキノッサ達は隣のシャトルによじ登り、さらにもう一つ隣のシャトルに飛び移ろうとした。その先は中央指令室へ向かう通路で、サイズ的にはカマキリ型機械生物の動きを、制限させる事が出来るサイズになる。


「通路へ、急ぐッス!!」


 ところがその時、ひときわ激しい揺れが起こり、キノッサ達はシャトルの上から振り落とされた。“一夜城”に砲撃を加えている、イースキー側の戦艦からの射撃が高出力のまま、エネルギーシールドを貫いたに違いない。

 

 これまでにない激しい揺れに、非常警報が鳴る“一夜城”の中央指令室では、オペレーターが悲鳴に近い声で報告する。


「エネルギーシールドの総出力、大幅にダウン! 戦艦級主砲ビームの威力減少率が、30パーセントを切ります。重巡級の主砲ビームも、貫通の完全阻止は不可能となる模様!」


 キノッサの指揮権を代行しているハートスティンガーは、肘掛けを拳で殴りつけるようにして司令官席から立ち上がり、動力関係のオペレーターに問う。


「対消滅反応炉の回復状況は!?」


 オペレーターは必死に、コントロールパネルのキーボードを叩きながら告げた。


「エネルギー供給システムの再構築中! 見込みではあと二十分弱、必要です!」


「く!…」


 それでは遅い、と思ったハートスティンガーは、拳を握り締める。そして防御システムを担当するオペレーター達に命じた。


「こうなったら、敵の軽巡や駆逐艦は無視し、重巡以上のクラスの艦に、防御砲火を集中させろ!! 一分一秒でも時間を稼げ!!」




 一方でイースキー側の司令官の一人セレザレスは、自身の旗艦が撃った主砲ビームが、“一夜城”に有効打を放った事に気付いて、「よし。やったぞ!」と愁眉を開いていた。

 無論、これは“一夜城”内で起きている機械生物騒動で、エネルギーシールドの出力が下がっている事によるものなのだが、それを知らないセレザレスが、自軍の功績だと考えても仕方は無い。それに“一夜城”の防御力が大きく低下したのは、紛れもない事実だ。そこへ同僚のラムセアルが、通信を入れて来る。


「セレザレス殿。好機だ、ここは一気に!」


 さらに座乗艦への被弾で、一時昏倒していたもう一人の司令官、バムルも通信を入れる。


「そうだ。BSI部隊を使うべきだ」


「バムル殿。大丈夫なのか?」とラムセアル。


「ああ。それよりBSI部隊の出撃を」


 セレザレスは「わかった」と二人の意見に頷いた。実戦経験に乏しいセレザレスス達三武将だが、当然ながら戦術知識は有している。要塞攻略戦において、戦果を拡大できる代わりに戦場が荒れるBSI部隊の投入は、使いどころを慎重に見極める必要があるのだ。

 そしてここまでの戦闘経過を見る限り、敵の“一夜城”には、要塞主砲のような高威力兵器や、BSI部隊の機動兵器も備わっていないようだった。セレザレスは通信参謀に振り向いて命じる。


「後方の空母部隊に連絡。BSI部隊を出させろ!」




▶#32につづく

 

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