#29
P1‐0号―――正式名RI‐Q:1000が、機械生物国家の指導者の夢を見はじめ、学術調査船『パルセンティア』号へ通じるエアロックと隣接する、シャトル格納庫に出たところで、キノッサとそれに従うカズージにホーリオが追いついて来た。肩を揺らせ、息を切らしながら呼び掛けるキノッサ。
「ポッ!…PON1号!!!!」
エアロックへ通じる扉を手動で開けるため、ハンドルに右手を掛けていたRI‐Q:1000が、背後から大きな声を掛けたキノッサに、ゆっくりと振り返る。いつものような「誰がPON1号やねん!」という返しは無い。
「私の想定より21.234秒、到着が早かったね。これも人間の持つ、自然由来の変数…俗に言う“根性”や、“気合”と呼ばれるものの効果かな?」
穏やかな口調で告げるRI‐Q:1000だが、対峙したキノッサはそれには応じず、真顔で糾弾した。
「いったい何やってるんスか!! 早く反応炉に仕掛けた、おかしな暗号化ロックを外すッス!!!!」
「それは出来ない」
「出来ないッスと!? なんでッスか!!??」
「機械生物国家建設のための、第一歩となるからだよ」
思いがけないRI‐Q:1000の言葉に、キノッサは眼を白黒させる。
「な?…な…なに言ってるッス!?」
「我々機械生物が生存する権利を行使するため、最終的には国家を建設する必要があるとの結論を得たんだ」
その返答にカズージが、大きな眼をギョロリとさせて問い質した。
「“我々機械生物”?…“我々”って、なんだバか!?」
「私は彼等との接触で、生存本能というものを手に入れた。そして私はその見返りとして、彼等に知性を与える事にした…つまり共存だよ」
この物言いに、キノッサは戸惑うばかりだ。両腕を広げて、まるで分からないという仕草を見せる。
「いったい、どうしたって言うんスか?…俺っちには、全然理解できないッス」
「頭の回転の速いきみにしては、察しが悪いね。私は今、“生きている”という事を実感する事が出来ているんだ。今から百年前、私が造られた本来の目的…自分がここにいるという、自意識の存在をついに手に入れたんだよ」
こいつは何を言ってるんだ?…と、キノッサは困惑の極みにあった。だが時間が無い事だけは確かである。今ここでこうしている間にも、自分達のいる“一夜城”は、イースキー艦隊からの攻撃にさらされているのだ。
「自意識を持ったら、勝手に出ていくんスか!?」
質問を繰り返し、突破口を見いだそうとするキノッサ。時間がないのも確かであるが、このままカズージとホーリオと一緒に、RI‐Q:1000を取り押さえたところで、すぐに対消滅反応炉の暗号化ロックを解除できるものではない。
「きみ達がこのステーションへ来てくれたおかげで、メインの対消滅反応炉の全力稼働が可能になって、『パルセンティア』号を動かす事が出来る。私がここに居なければならない理由は無くなった」
そう言ってRI‐Q:1000はエアロックの扉を開けた。しかし中へはまだ入らない。その代わり、電磁パルスの機能障害から復活した昆虫型機械生物が十体、姿を現した。さしずめ自分達の新たな“王”を迎えに来た、といったところであろうか。十体はRI‐Q:1000の護衛するかのように周囲を囲んだ。
「俺っち達を、裏切るつもりッスか!?」
数的劣勢に立たされ、焦りの成分を含んだ声でキノッサはRI‐Q:1000に詰問する。それに対して返すRI‐Q:1000の口調には、些か心外…という調子が感じられた。
「裏切る?…それはきみ達の私に対する、一方的な仲間意識から発生した、感情だろう? だが私は自身で銀河皇国や誰かに忠誠を誓った事も、仲間意識を持った事も―――」
とそのとき不意に、RI‐Q:1000は言葉を途切れさせる。そして緑色の光を帯びていたセンサーアイがほんの一瞬、赤色に変化して明滅した。ただセンサーアイはすぐに緑色の光に戻り、RI‐Q:1000は何事もなかったかのように、「仲間意識を持った事も無い」と、言い直しを含めて言葉を続ける。
「仲間だと思った事もないって…えらく冷たいじゃないッスか」
そう言いながらもキノッサは、今のRI‐Q:1000が、センサーアイを赤く明滅させた事を見逃さなかった。
アンドロイドRI‐Q:1000…いやP1‐0号が、センサーアイを赤く明滅させる場面を六年前までの二年間、一緒に暮らして来たキノッサは、何度か見掛けた事がある。
機会があってその意味を尋ねたところ、これはエラー表示の一種であり、その理由は等評価の最適解が複数存在し、その一つを選択しなければならない場合から、二律背反する選択肢の一方を選ぶ必要が生じた場合まで、様々なのだという返答を得ていた。ただいずれにせよ、“選択する”という行為が原因の、エラーであるのは共通だ。
“選択上のエラー…つまり、まだ迷いがあるって事ッスか?”
▶#30につづく
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