#04

 

 キノッサが目標にしたのは、自分と同じように単機行動をしているイマーガラ軍のASGUL、『ゼラ・ランダン』であった。ウォーダ軍はキノッサが搭乗している『ルーン・ゴート』と、その先代の『アヴァロン』を併用しているが、イマーガラ軍は二十年ほど前から、『ゼラ・ランダン』をバージョンアップしながら使用し続けている。

 ただその過程で『ゼラ・ランダン』は二つのタイプに分かれていた。一つは赤を基調に塗装された、火力重視の『バスター』。もう一つは青を基調に塗装された、機動性重視の『スレイヤー』である。キノッサの目指すは赤い塗装の『バスター』だ。『スレイヤー』は対BSIユニットとして機動性を上げているため、あまり相手にしたくないという気持ちもある。


“上から行くッス!”


 キノッサはスロットルを全開にして、機体を加速上昇させた。形状は攻撃艇形態のまま、一撃離脱戦法を仕掛ける。ASGUL同士の戦闘ではセオリー通りだ。


 上空から一気に間合いを詰め、照準センサーのモニターにロックオン表示がなされた直後、キノッサはトリガーボタンを押し込んだ。機体右舷に装備されたブラストキャノンが、ビームを連続発射する。

 ところが敵の『ゼラ・ランダン』は命中の直前に、機体を横滑りに錐揉みさせ、キノッサ機のビームを回避と同時に人型へ変形すると、ブラストキャノンを装備した右腕を突き出した。


「!!」


 敵の思わぬ素早い反応に驚いて、咄嗟に操縦桿を引くキノッサ。その機体後部を敵の『ゼラ・ランダン』が放ったビームが掠めて、僅かながら破片と火花を飛び散らせる。


「マズいッス!」


 火力重視の赤タイプの機体とは思えない敵機の俊敏さに、キノッサの背筋に戦慄が走った。つまりはそれだけの技量を持つ、パイロットが乗っているという事になるからだ。キノッサは機体を再加速し、反撃して来ようとしている『ゼラ・ランダン』を引き離しにかかる。だが『ゼラ・ランダン』も再び、一瞬で攻撃艇形態に変形すると、猛然とキノッサを追撃し始めた。


「んなぁあああ!!」


 ヘルメット内にロックオン警報が鳴り、キノッサは機体を右へ左へ、必死に不規則蛇行させる。敵は熟練パイロットが何らかの理由の結果として、単独飛行となっていただけで、未熟なせいで味方とはぐれたわけでは無かったようだ。


“ツッ…ツイてないッスーーー!!!!”


 心の中で叫ぶキノッサの眼前に飛び出して来る、イマーガラ軍の駆逐艦。その迎撃火器がキノッサ機の方を向く。どうやら駆逐艦は、キノッサが攻撃して来ると勘違いしているようだ。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとちょっと!!」


 前方に迫る駆逐艦からもロックオン反応を受け、キノッサは猿顔を強張らせた。自分には主君ノヴァルナは無論の事、『ホロウシュ』に比肩するような操縦技術は無い事を、自覚しているキノッサである。そんな自分に出来る事と言えば、叫びながらとにかく操縦桿を動かすだけだ。


「ひえええええええ!!!!」


 ノヴァルナの配下となって約五年。役職名もない単なる雑用係から、事務補佐官という肩書の雑用係まで“出世”する一方、ASGULのパイロットとしても実戦の経験を積んだが、技量は大して向上していない。戦果もASGULが通算五機、平均すれば一年に一機の撃破数しかない。

 だがそれでも何より重要なのは、生き延びているという事だった。正規のBSIユニットに乗るパイロット―――特に親衛隊仕様機以上のパイロットからすれば、雑魚扱いのASGULだが、それを操縦するのは生きている人間である事に変わりはない。彼等は彼等で戦い、自らの技量と運の狭間で、生き延びる事に死力を尽くしているのだ。


「死んでたまるかッスーーー!!!!」


 駆逐艦のビーム砲連射を紙一重で躱すキノッサ。幾つかのビームはその機体の表面を削っていく。すると追撃して来た『ゼラ・ランダン』は、同士討ちを恐れたのかコースを変えて離脱した。次の瞬間、キノッサは『ルーン・ゴート』が装備していた、二発の対艦誘導弾を発射する。

 だがその二発は駆逐艦の舷側に命中する直前に、迎撃のビームを受けて爆発を起こし、敵艦に損害はない。ただこれは危機を脱するため放った、キノッサの牽制であり、対艦徹甲弾への迎撃で火力が鈍った駆逐艦の艦底部を、『ルーン・ゴート』は速度を落とさずくぐり抜けていく。


「手柄を立てて、ネイを迎えにいくんスからぁ!!」


 と思った瞬間、潜り抜けた駆逐艦の向こう側にいたのは、イマーガラ軍BSIユニット『トリュウ』の三機であった。しかもそのうちの一機は親衛隊仕様機の『トリュウCB』だ。中隊長以上の指揮官機に違いない。それを見てキノッサは絶望感で頭の中が真っ白になる。

 別のウォーダ軍部隊へ、遠距離射撃を行っていたと思われる三機の『トリュウ』は、不意に飛び出して来たキノッサの『ルーン・ゴート』に、“なんだ、雑魚がこんな所に”と言わんばかりで量産型の一機が、面倒臭げに超電磁ライフルを向けて来た。


「お…終わりッス…」


 呟くキノッサ。しかしその量産型『トリュウ』は、突如として銃口を別方向へ向ける。そして爆発。キノッサを狙っていた『トリュウ』は、トリガーを引く前に砕け散った。続いてキノッサの耳に届いた通信音声は、トゥ・シェイ=マーディンである。


「下がれ。キノッサ!!」





▶#05につづく

 

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