#22
その奇妙な影を、『ギョウビャク』の上方光学見張り員が発見したのは、半ば偶然であった。
光学見張り員とは実のところ閑職である。要は光学センサー…つまりカメラが映し出す、艦の周囲をエリアごとに区分けした拡大映像を監視し、異常を発見すれば報告するのが任務なのだが、実際には長距離警戒センサーや近接警戒センサーなどのセンサーや、空間スキャナーが先に異変を検出して艦の担当部署へ伝達。光学センサーはそれらの映像確認が要請された場合のみ、状況を捕捉するだけで、それも通常は見張り員の手を借りる事無く、艦橋からの操作で自動的に行われる。要は見張り員とは、光学センサーの映像が正しく映っているか…の、機械側の確認のために配置されているようなものだったのだ。
このような部署であるため、兵の士気は上がっていない。『サモンジSV』こそ艦の外に出て狙撃を行っているが、『ギョウビャク』は第二種戦闘配置のまま、小惑星デーン・ガークの地表近くに浮かんでいるだけであって、士気が上がっていないのは尚更である。
そんな中、戦闘配食のホットドッグにかぶりつきながら、二人の見張り員の若い男が雑談を交わしていた。
話題は前の休暇の際、故郷の星のアパレルショップで、気になる女の子を見つけた事…弟がこの秋、商船学校への入学が決まった事…今度モデルチェンジした、反重力車のスペックの事…
そうこうしているうちに、話し相手のつまらない冗談で噴き出した見張り員が、それまで見ているようで見ていなかったモニター画面に、大きく開いた口からマスタードを飛ばした。
そして「くっだらねぇ…」と笑いながら、画面に就いたマスタードを親指で拭き取ろうとしたその時、『ギョウビャク』の真上付近、画面の中に映し出されていた小惑星の幾つかに、複数の黒い影が走ったのだ。
「なんだこれ? 偵察機か何かか?」
話し相手であったもう一人に尋ねる見張り員。画面を覗込んだもう一人は、首を傾げて応じた。
「んー?…いや…待て。これ、影しか映ってないぞ。機体はどれだ?」
「さぁ?…艦橋や監視指揮所から何か言って―――」
それでもまだ、どこか緊張感の無い二人だったが、次の瞬間、攻撃態勢に入るため光学迷彩をはじめとするステルスモード解除した、七機の人型機動兵器が何もない宇宙空間から実体化するように頭上に出現すると、咄嗟に艦橋直通の非常用インターコムに飛びついて、悲鳴のような通報の声を上げざるを得なかった。
「てっ!…敵BSI! 本艦直上より急降下ぁ!!!!」
「全機、この期に及んで、ビビんじゃねーぞ!!」
「り、了解!!」
「行っくぜぇええええええ!!!!」
声を張り上げたノヴァルナは躊躇う事無く、スロットルを全開して垂直急降下を開始、眼前に迫る総旗艦『ギョウビャク』を目指した。コクピットの相対距離計が視界の片隅で、目まぐるしく数値を減らし始める。フォルクェ=ザマの小惑星が幾つも、立て続けに『センクウNX』の機体を掠めるが、今は些末な事だ。そして最後尾で急降下に入った、ジョルジュ・ヘルザー=フォークゼムへ命じる。
「ジョルジュ。ト連送!!」
「はっ!!」
ノヴァルナの命令でフォークゼムは、キーボードで“ト”を連打し始めた。それを全周波数帯通信により、戦場全体へ伝達させる。本陣への突撃の“ト”である。
対するイマーガラ軍総旗艦『ギョウビャク』も、艦長が急降下して来るノヴァルナ達へ即座に対空戦闘を命じた。オペレーターが艦表面をカバーする、エネルギーシールドを起動させる。だが遅い。表面を覆い始めたエネルギーシールドが出力を上げる前に、急降下して来た『センクウNX』が超電磁ライフルを撃ち放つ。弾種は無論、対艦徹甲弾だ。ドカドカドカ!…と『ギョウビャク』の上部に、八つの穴が穿たれる。
「敵だと!!??」
敵機急降下の警報にギィゲルトが真上を向く。『D‐ストライカー』の銃身交換の際にそれを運んで来て、そのあと警護についた親衛隊の『トリュウCB』八機が、『ギョウビャク』艦長の“対空戦闘”の命令に素晴らしい反応を見せ、すでに超電磁ライフルを上空に向けて、連続発射を開始している。
「これは、ノヴァルナか!!」
急降下して来る敵機がノヴァルナの専用機である事に気付いて、驚きの声を上げるギィゲルトの視界の中、超電磁ライフルを一弾倉分連射した『センクウNX』はさらに機体を捻らせた。『トリュウCB』からの射撃を躱しながら、艦上部に爆発が連続する『ギョウビャク』の舷側ギリギリを掠め、小惑星デーン・ガークの表面に、片膝を立てた形で着陸する。そのままおよそ、二百メートルほどもスライディング。真空宇宙に白い砂埃が舞い上がった。
その頃には、ノヴァルナに後続していた六機の『シデンSC』も、『ギョウビャク』に対艦徹甲弾を全弾叩き込んでいる。彼等の攻撃は艦上部の後方へ集中しており、四十八発の対艦徹甲弾を喰らった『ギョウビャク』は、重力子推進機能を失って、デーン・ガークの地表へ墜落した。
大型と言ってもデーン・ガークは小惑星であり、重力レベルは0.6Gほどだ。しかしそれでも墜落すれば、いかに総旗艦級戦艦であっても大損害を受ける。巨大クレーターの縁に艦体を打ち付ける形になった『ギョウビャク』は、艦全体に歪みが生じ、すべての対消滅反応炉が緊急停止してしまった。
『ギョウビャク』の墜落で大量に舞い上がった砂埃だが、大気とそれに伴う気流もない小惑星であるから、すぐにその砂塵の舞いは静まる。そして砂埃が静まったデーン・ガークのクレーター内では、ギィゲルトの『サモンジSV』と対峙する、『センクウNX』の姿があった。両機の背後にはそれぞれ、親衛隊の機体が並んでいる。示し合わせたように、ノヴァルナとギィゲルトは通信回線を開いた。
「ギィゲルト殿。BSHOで出ていたとはな…」
さしものノヴァルナも、ギィゲルトがすでに『サモンジSV』で、総旗艦の外へ出ているとは考えていなかった。『ギョウビャク』を活動不能にすればどうにか出来ると考えていたノヴァルナにとっては誤算である。
そしてそれはギィゲルトにとっても…いや、ギィゲルトの方が誤算の度合いは大きい。ギィゲルトは自分が狙撃していた別動隊にノヴァルナがいると、手の内を読み切った気でいたからだ。
「ノヴァルナ! 貴公、なぜここにいる!?」
苛立ちを隠せない口調のギィゲルト。ノヴァルナはいつもよりやや硬めの、不敵な笑みで応じる。
「もちろん。あんたのお命を、頂戴するためさ!」
「小賢しい!! やれ!!」
『サモンジSV』は左腕を突き出し、親衛隊の八機の『トリュウCB』へ命じると、自らは反重力ホバリングで後方へ下がった。その前に横並びになった『トリュウCB』はポジトロンパイクを構え、一斉にノヴァルナ達に突進して来る。
「てめぇら! ここが正念場だぜ!!」
もはや後戻りはできないノヴァルナである。今はどのような運命が待っていようと、前へ進んでそれを掴むだけだ。『ホロウシュ』を引き連れたノヴァルナの『センクウNX』も、ポジトロンパイクを手に前へ出る。間合いが詰まり、各々で切り結んだポジトロンパイクが、火花を散らす。
「第1艦隊。出せるBSIを全て出せ。ノヴァルナめを討ち取るのじゃ!」
後方に下がったギィゲルトが、直卒する艦隊にBSI部隊の増援を命じる。一方のウォーダ軍もノヴァルナ隊が発した“ト連送”に、全軍が動きに激しさを増す。『ヒテン』を預かるナルガヒルデは、普段通りの冷静な口調の中にも闘志を込め、命令を発した。
「第1、第2、第6艦隊。敵本陣へ吶喊開始。損害を顧みず、ノヴァルナ様の援護へ向かって下さい」
【第24話につづく】
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