#17
皇国暦1560年5月19日 銀河標準時間15:22―――
ウォーダ軍の哨戒艦隊旗艦『ヴァルゲン』が発した、大型小惑星デーン・ガーク付近で謎のエネルギー反応を検出したという電文は、当然の如くそのデーン・ガーク上にいる、イマーガラ艦隊総旗艦『ギョウビャク』でも傍受されており、『サモンジSV』に乗るギィゲルトのもとへも知らされた。
タイミング的には折りしも、ウォーダ軍の艦隊が一斉に動き始めていた時と、重なる形だ。これに対し“むしろ好都合”とほくそ笑むギィゲルト。おそらく、狙撃による第1艦隊の損害に耐え切れなくなって、本陣のへの突撃を強行する事を決したのだろう。
「程なく、第五惑星の要塞から、ノヴァルナめも出撃して来るに違いない。今のうちに、『D‐ストライカー』の銃身を交換しておく」
「御意」
ギィゲルトの指示に従い操縦士と機関士は、狙撃を中断した『サモンジSV』を操作し、通常の超電磁ライフルの銃身の五倍はある、三十メートルもの『D‐ストライカー』の長大な銃身の交換作業に入る。後方上空に静止する総旗艦の『ギョウビャク』から、新しい銃身の入った細長いケースを両側から支えた、二機の親衛隊仕様『トリュウCC』が降りて来た。
銃身交換は部下達に任せ、『ギョウビャク』と連絡を取ったギィゲルトは、周辺の哨戒情報のデータ更新を行う。
こちらの狙撃時の重力子圧縮反応を感知して通報したと思われる、ウォーダ軍の仮装哨戒艦は民間貨物船の芝居を続け、そのままの航路で遠ざかっていくようだ。
そして別方向から接近して来ようとしている小船団が三つ。これらもウォーダ軍の仮装哨戒艦と見ていい。素知らぬ顔で近くを通り過ぎ、より詳細なデータを収集するつもりだと予想できる。
せいぜい情報収集するが良いわ…とギィゲルトは内心で嘲りの呟きを発し、戦術状況ホログラムの表示位置を、両軍艦隊が戦っている主戦場へ切り替えた。本陣突撃を決めたらしいウォーダ軍は、それまでの半球陣を、先端をやや緩やかに尖らせた円錐形に変化させつつある。
だがこれも想定通りだ。予め与えておいた戦術で対応できるはずで、経験豊富な家臣達に任せておけば良いだろう。すべては想定の範囲内で、満足そうな眼になるギィゲルト。ただその表情は余り時間でついでに見た、オ・ワーリ宙域内からの報告書によって怒りへと変化した。占領したウォーダの植民星系の幾つかで、イマーガラ軍の兵士による略奪と、領民への暴行事件が発生しているというのだ。ギィゲルトは即座に通信で、『ギョウビャク』の参謀長を呼び出した。
肥満体である事と、普段の貴族じみた鷹揚な態度から感じさせるイメージに反して、ギィゲルトは神経質なところがある男であった。イマーガラ軍の一部の兵士達がオ・ワーリ宙域の植民星系で、暴行略奪を始めたという報告に、その太った体を巡る血液はたちまち圧力を跳ね上げる。
「参謀長!!」
「はっ!!」
呼び出しに応じた参謀長はギィゲルトの声の調子に、何か不興を買ったのを察して、通信ホログラムスクリーンの中で息を吞み、直立不動の姿勢となった。
「なんだ、この報告は!? 我が占領下においた植民星系の複数で、領民への略奪暴行を働く兵が、出現しておるそうではないか!!」
「は…ははっ! どうもそのようで、すぐに事実関係を―――」
「たわけ!!!!」
主君の性格を知り抜く、モルトス=オガヴェイやシェイヤ=サヒナンであれば、決して口にしないであろう参謀長の迂闊な物言いに、ギィゲルトの血圧はさらに上昇する。
「このような話が裏付けも無しに、総司令部の我がもとまで上げられるものか!」
「申し訳ございません!」
「植民星系に配置した兵は、治安の低下を防ぎ、我等の占領政策を円満なものとする事を目的としている。であるから、暴行略奪の類は厳禁とすると、これまでの会議で口を酸っぱくして、申しつけておったはずではないか!!!!」
「仰せの通りにて…」
戦国の世において、敵宙域に侵攻し、占領した植民星系を略奪する事は、比較的珍しい話ではない。だがそれは専ら、一時的侵攻が目的の場合である。これは敵対する星大名家を滅ぼす事までは考えていない侵攻で、敵対星大名家の経済力の低下や、統治能力に対する領民の不信感を煽るため、植民星系への略奪行為はむしろ許容されていた。
ところが今回の場合のギィゲルトの目的は、ノヴァルナのウォーダ家を一度滅ぼし、そのあとで自分達に寝返ったヴァルキス=ウォーダに、オ・ワーリ宙域を統治させる長期的戦略の確立であった。そのため、植民星系の治安維持のために置いたはずの兵が、略奪行為を行ったり領民に暴行を働いて、非難の的になる事だけは、ギィゲルトにとって絶対に、許容出来ない犯罪行為だったのである。
そこに『サモンジSV』の操縦士が、『ディメンション・ストライカー』の銃身交換が終了した旨をギィゲルトに伝える。ウォーダ家にとどめを刺すという現実に引き戻されたギィゲルトは、吐き捨てるように参謀長へ命じた。
「ともかく。事件に関与した者は全て、本来の所属部隊の指揮官と共に、厳罰を与えるようにせよ。そして再度、略奪行為などは行わないよう、全部隊の厳命しておくのじゃ。よいな!!!!」
気を取り直して再び『ディメンション・ストライカー』の狙撃態勢に入る、ギィゲルトであったが、その神経の一部は今しがたの、イマーガラ兵達によるオ・ワーリ領民への略奪行為の処理を、どうするかへ張り付いたままだ。
“下賤の者どもめ…腹立たしい事じゃ”
新しい銃身と交換された『D‐ストライカー』の最終調整を行いながら、ギィゲルトは内心で舌打ちする。こういう略奪や暴行を行うのはほぼ決まって、徴兵した一般領民であった。
決して暴君ではなく、むしろ自分の統治下の宙域では、善政を敷いているギィゲルトだが、元来が星帥皇の血に連なる皇国の名門貴族家でもある事から、一般領民とは少々距離があった。そしてそれは時として、必要以上の偏見を持って、ギィゲルトを苛立たせる要因となっている。
占領地に対する略奪などは戦国において、ある程度は許容される事ではあった。兵力不足に伴って軍に徴用された民間人の、鬱屈した欲望の捌け口として、軍上層部も見て見ぬふりをするのは、どこの星大名でも暗黙の慣習となっている。
だが今回のイマーガラ家の上洛は、銀河皇国全体に秩序を取り戻す事を最終目標にした、ギィゲルトからすればいわば“聖戦”であった。そのためにこれまでのような、欲望に任せた行為は許さず、圧政者のノヴァルナから人民を解放する、高潔な軍隊である事を命じたのである。ところが厳しく禁じたはずであるのに、略奪と暴行が発生したのだ。
これであるから志を持たぬ者は…と、批判的な眼をして照準モニターをのぞき込むギィゲルト。だがこの集中力の切れた間の時間が、思わぬ隙を生んだ。もし時空次元を支配する神がいたとすれば、現時点では余計な事に気を回さず、もっと周辺の哨戒情報―――新たに出現した貨物船団に神経を集中するよう、助言したに違いない………
しかし現実には、いま起きている事以上の事は、勝利を確信しているギィゲルトすらも、知りえなかった。そのいま起きている事は、『ヒテン』を総旗艦とした、ウォーダ軍艦隊が第1、第2、第6を後方に置き、トンネル状の陣形を組んで、イマーガラ艦隊の包囲陣形を貫通させようとしている状況だ。トンネル状の陣形の中を通過し、三つの艦隊がギィゲルトの本陣を襲撃する態勢である。
だが数で二倍以上のイマーガラ艦隊は、ウォーダ艦隊のトンネル陣形を外側から包み込むようにして、激しく攻撃を加え始めた。爆発が連続して発生し、ウォーダ軍の宇宙艦が次々と火球に包まれていく………
▶#18につづく
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