#16

 

 それから過ぎる事、およそ十分後。小惑星帯フォルクェ=ザマ周辺を航行している、民間貨物船を改造したウォーダ軍哨戒艦の一隻、『ファイアフライ18』が、小惑星の一番密度の高い個所―――大型の小惑星デーン・ガークの重力場に捕らえられた、他の小惑星が集まっている辺りから、膨大なエネルギーが断続的に放出されているのを感知していた。


「なんだ、このエネルギー反応は?」


 哨戒センサーのモニター画面を覗き込む、『ファイアフライ18』指揮官の問いに、オペレーターは首を捻りながら返答する。


「わかりません。およそ三十秒ごとの間隔で発生していますが、あまり見た事のない反応です。今のところの解析情報はこれです」


 オペレーターがコントロールパネルを操作し、モニター画面を切り替えると、奇妙なエネルギー反応の構成分析の結果が表示された。


「なんだこれは…重力子の集中と、微弱な空間位相のゆらぎ? 超空間転移に近い感じだな」


 呟くように言う指揮官に、オペレーターが応じる。


「はい。しかしこんな自然現象は、付近にブラックホールでも無い限り、発生するようなものではありません」


「マイクロブラックホール…とは考え難いな。それにイマーガラ軍の本陣がある位置だというのも気になる」


 艦長の言葉のように、この『ファイアフライ18』を含む、十隻近い哨戒艦が民間の貨物船を装って、小惑星帯フォルクェ=ザマの中の、イマーガラ軍の本陣が置かれていると思われる付近を低速で航行していた。

 軍用の長距離哨戒センサーと通信装置を装備したそれらに与えられているのは、イマーガラ軍の本陣にいる総旗艦、『ギョウビャク』の位置を探り出すという、この戦いの勝敗を左右する重要な任務だ。


「思い切って、もう少し接近してみるかい?」


 やや砕けた調子て問い掛けたのは、『ファイアフライ18』の本来の船長であった。この哨戒艦は民間の貨物船を一時的に徴用しているものであり、ウォーダ軍の指揮官はいるが、艦の運用自体は本来の船長や船員が行っているのだ。


 船長の申し出に、ウォーダ軍の指揮官は感謝の笑みを浮かべながらも、首を左右に振って断りの言葉を口にする。


「いえ。そうでなくとも危険な任務に協力して頂いている民間の方々を、不用意に危険度の増す行動に巻き込まぬよう、我等指揮官一同、ノヴァルナ様よりきつく命じられていますので、このままの航路で結構です。ありがとうございます」


 ほぅ…と称賛の眼を向ける船長の視線の先で、指揮官はオペレーターに命じた。


「現状、得られた限りのデータを、隊司令へ送れ」



 

 哨戒艦『ファイアフライ18』からの、奇妙なエネルギー反応の情報は、哨戒艦隊の旗艦を務める重巡航艦『ヴァルゲン』に座乗する、マッサーツァ=ヤ・ナーダ准将のもとへ届けられた。ヤ・ナーダはヒト種と似ているが、頭髪が鳥の羽毛のような形状をしているバディアル星人である。


「この『ファイアフライ18』からの情報、どう思われますか?」


 参謀の一人がもたらした、大型小惑星デーン・ガーク付近で発生している、奇妙なエネルギー反応の報告。そしてそれに対する問い掛け。ヤ・ナーダ准将はバディアル星人特有の仕草―――鳥のような首の傾げ方をすると、逆に自分の参謀達へ意見を求めた。


「君たちはどう思うかね?」


 准将に問われ、参謀達は意見を述べていく。


「不確かな情報ですね。『ギョウビャク』の位置だと判断するのは危険かと」


「ですが反応が、本陣の中心近くであるのも、気になります」


「そもそもこれが、何のエネルギー反応かも不明…罠かも知れません」


「しかし主戦場において我が軍は、すでに圧倒的に不利な状況。不確実でも入手した情報は、総司令部へ転送すべきでは?」


「評価も判断もなくか? それでは丸投げになるぞ」


 そこで参謀達の言葉が途切れる、ヤ・ナーダはそこまででいい…と右手を軽く挙げて頷いた。そして落ち着いた口調で告げる。


「古来より、“兵は巧遅より拙速を尊ぶ”と言う。それは情報においても同じのはずだ。丸投げと批判されてもいい、位置座標と“デーン・ガークに謎のエネルギー反応あり”の電文を即時、総司令部と宇宙要塞『ナガンジーマ』へ送ろう!」




 同時刻、『サモンジSV』から三度目の狙撃を受けた、第1戦隊の戦艦『エデルダート』が、総旗艦『ヒテン』の真横で爆発を起こす。


「エ!『エデルダート』完全破壊!」


 相次ぐ被害に報告するオペレーターの声も、次第に上擦って来ていた。それ以上にヒステリックになる艦隊参謀達。


「なぜだ!? なぜエネルギーシールドが通用しない!?」


「いやそれよりも、潜宙艦の反応が全く無いのはどういう事だ!?」


「ニーワス司令。ここは一時後退しましょう!」


「………」


 無言で平静を通すナルガヒルデだが、内心ではさすがに焦りを感じ始めている。潜宙艦の反応が全くないのは、新たな隠蔽機能を持つ新型潜宙艦なのか、それとも未知の新兵器なのかのどちらかだろう。

 それはともかく、ノヴァルナがこの艦に乗っているという建前を通すなら、ここでただ攻撃を受け続けていて良いのか…という迷いが生じていたのだ。


“ノヴァルナ様の命令に従って、ここで待ち続けるべきか…それとも『ギョウビャク』の位置は不明でも打って出るべきか…”


 するとそんなナルガヒルデのもとに通信が入った。第2艦隊を指揮するノヴァルナの義兄、ルヴィーロ・オスミ=ウォーダからである。

 

「ニーワス司令。意見具申、いいかな?」


 ルヴィーロ・オスミ=ウォーダは、落ち着いた口調でナルガヒルデに告げる。ノヴァルナの父ヒディラスのクローン人間のルヴィーロだが、その性格はクローン主のヒディラスより、かなり温厚であった。クローンであっても、成長に伴う人格の形成には、後天的な影響が大きいという事の典型だろう。


「もちろんです。お聞かせ下さい」


 対するナルガヒルデの口調も落ち着いたもので、『サモンジSV』の狙撃で窮地に陥っている状況には、とても見えないやり取りになる。


「司令。ここは打って出るべきでは、ないだろうか?」


「ルヴィーロ様もそうお考えですか?」


 その間にもさらに、戦艦一隻に爆発が起きたという報告が入る。


「うむ。この攻撃…潜宙艦のものとは思えない。よしんば新型の潜宙艦を投入したのだとしても、現在位置で攻撃を受け続けるのは良くない」


「ですが、ノヴァルナ様からのご命令を待たずに、艦隊を動かす事になります」


 ナルガヒルデの言葉に、通信ホログラムスクリーンの中のルヴィーロは、微笑みを見せた。彼女に迷いを生じさせているその辺りの胸中も、察しているという事なのだろう。


「私が責任を負う」


「ルヴィーロ様?」


「私がルヴィーロ・オスミ=ウォーダの名で、命令を下した事にしよう。さぁニーワス司令。陣形を組み直し、前進を指示してくれたまえ」


 ルヴィーロはかつてイマーガラ家に捕らえられ、深層意識に洗脳処理を施された事で、ヒディラスを殺害した人間である。その時から“自分はいつ死んでもいい”と思っている節があった。そのために、独断行動に対する咎めをあとで受ける事になっても、一向に構わないと考えているのだろう。ただやはりそれに甘えられるような、ナルガヒルデではない。


「ありがとうございます。しかし、背中を押して頂けるそのお気持ちだけで充分。これは私が果たすべき責務にございますれば」


「わかった」


 ナルガヒルデの言葉に、ルヴィーロは穏やかな表情で頷く。司令官席で背筋を伸ばしたナルガヒルデは、指揮下の艦隊全てに命令を発した。


「これより第1、第2、第6艦隊は、小惑星帯フォルクェ=ザマに置かれた敵本陣への、突撃を開始します。陣形再編。円錐陣にて敵中央に火力を集中。突破口を開いて下さい!」


 そしてその直後の事である。哨戒艦隊旗艦の『ヴァルゲン』から、小惑星帯フォルクェ=ザマ内の大型小惑星デーン・ガークに、謎のエネルギー反応が発生しているという情報が、ナルガヒルデのもとに届いたのは。






▶#17につづく

 

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