#15

 

 ウォーダ軍戦艦『オストロード』の爆発は、その原因がイマーガラ軍のBSHO『サモンジSV』が持つ、新兵器によるものだと判断される事も無く、増大する損害報告の中に埋もれてしまっていた。


「戦艦『ラベリアン』『フレイガス』『オストロード』『ニケロス』爆発。『ゴルドレン』『ミュレンジア』航行不能―――」


 オペレーターの報告の一部に過ぎなくなったのでは、『ヒテン』で指揮を執るナルガヒルデがいかに有能であっても、気付くはずはない。


「全艦隊による半球陣を5パーセント圧縮。各艦の相互支援を強化するよう、伝えてください」


 ナルガヒルデは損害が続出する味方艦隊の穴を埋めるべく、各艦の間隔を詰め、僅かながら陣形を縮小して、防御力を高めるよう指示を出した。民間徴用した貨物船やタンカーを改造した哨戒艦部隊が、小惑星帯フォルクェ=ザマに本陣を置いた敵軍第1艦隊の総旗艦、『ギョウビャク』の正確な位置を報告して来るまでは、何としても踏み止まらなければならない。一点突破でイマーガラ家の主君ギィゲルトを斃さない限り、どう足掻いても自分達に勝ち目はないからだ。


 と、その時だった。第1艦隊の外殻を固めていた、重巡航艦の一隻が突如として閃光を放つと、大爆発を起こした。その光は『ヒテン』の艦橋からも見て取れる。


「重巡『エフマレク』爆発! 完全破壊の模様!」


「!?」


 第1艦隊は陣形の中心にあって、まだイマーガラ艦隊と直接交戦はしていない。それでありながら、突然の爆発は異様だった。眉をひそめるナルガヒルデの傍らにいる参謀の一人が、オペレーターに確認を命じる。


「被弾したのか? BSIの侵入を許したのか!?」


「原因は不明。ですがBSIの反応はありません!」


 オペレーターがそう答えた直後、今度は一隻の戦艦に爆発が発生した。総旗艦の『ヒテン』からは左舷およそ百万キロ。秒速数万キロ単位で行動する宇宙での戦闘では、そう遠くない距離だ。


「第2戦隊戦艦『バラム・ケルン』に爆発!」


「なに?」


 別のオペレーターが報告すると、参謀は顔を引き攣らせて振り向いた。爆発を起こしたのが重巡一隻だけなら、事故という線もあり得るが、それが立て続けとなると、やはり敵の攻撃の可能性が高くなる。そしてまず思い浮かんだのが、高々度ステルス艦―――“潜宙艦”からの魚雷攻撃である。ナルガヒルデは第1艦隊に、潜宙艦への対抗策を指示し、各艦の距離を詰めさせた。


「艦隊周囲の質量体検知スキャンを強化。各艦の距離をさらに詰めて下さい」

 

 ギィゲルトのBSHO、『サモンジSV』が装備している『ディメンション・ストライカー』に、惑星間狙撃能力がある事を知らないナルガヒルデとウォーダ軍首脳部が、戦闘に参加していない戦艦と重巡の突然の爆発に対し、既存の知識に基づいてイマーガラ軍の潜宙艦隊が、第1艦隊の付近に潜んでいるものと判断したのは当然だった。

 第1艦隊を構成する宙雷戦隊の中の、軽巡航艦と駆逐艦達が一斉に動き出し、通常のセンサー類では探知できない、ステルス状態の潜宙艦を発見する事が可能な、質量を持つものを検出する『質量体スキャナー』を作動させる。


 しかし無論のこと、この攻撃を行っているのは潜宙艦ではない。数分後、『D‐ストライカー』の狙撃を受け、今度は第1艦隊後方で爆発光が輝く。


「第3機動戦隊空母『ルーコール』爆発! 艦載機損害大なり!」


「!!」


 全く別方向にいた航宙母艦の爆発。この報告に多くの参謀が、自分達第1艦隊の周囲に、複数の潜宙艦が潜んでいるものと誤断した。『ヒテン』の艦橋内に慌ただしさが増し、参謀達がの命令の数も多くなる。


「索敵急げ!!」


「探索駆逐艦の数を増やせ!」


「敵潜宙艦の射点特定はまだか!?」


 それらの言葉が交差する中、無言で戦術状況ホログラムを見詰め続けるナルガヒルデ。そこへBSI部隊などの機動戦を担当する参謀がやって来て進言した。


「艦載機を空母に搭載したままでは危険です。一旦すべて発艦させて、待機させては如何でしょう?」


 これは難しい判断である。宇宙会戦における空母の運用は、かつての惑星上で行われていた水上戦闘での航空母艦のように、遠距離から艦載機で攻撃を仕掛けるものではない。宇宙艦と機動兵器にあまり速度差はなく、ビーム砲や亜光速の迎撃誘導弾の威力を考えれば、遠距離をBSI部隊だけで移動する戦術は、あまり有効とは言えないからだ。


 少しの間、考える眼をしたナルガヒルデは、慌てる様子もなく告げた。


「いま何百機ものBSI部隊を発艦させてしまうと、周囲に混乱を招くだけです。もう少し待ちましょう」


 この判断が吉と出るか凶と出るか、現時点では不明である。ただナルガヒルデはこの空母の爆発から、自分が最初に考えた通りの潜宙艦の襲撃なのか?…と、早くも疑問を持ち始めていたのだ。

 敵の潜宙艦が一隻であれ複数であれ、ここまで第1艦隊へ肉迫したのであれば、この『ヒテン』を狙うのが一番、理に適った戦術のはずなのだが、周囲の艦ばかりを狙っているのは、どうも腑に落ちない。ナルガヒルデ=ニーワスの冷静さが、真に問われる局面だった。

 

 狙撃中の『サモンジSV』の操縦士は、射手であるギィゲルトの、補佐を務める事になっている。その操縦士がここまでの三発の狙撃結果を数値化し、ギィゲルトの照準モニターへフィードバックしていた。

 惑星間狙撃は距離があり過ぎて、通常の照準センサーでは狙いが付けられない。そのため、複数の艦からの接敵哨戒センサーのデータを基に、照準諸元を算出するのだが、今回の場合は総旗艦の『ヒテン』を守る事を目的として、多くの艦が周囲に密集している事で、個々の艦の判別がつけ辛くなっていた。つまりどの艦が『ヒテン』なのかが、分からないという事である。


 そこでギィゲルトは『ヒテン』を囲む艦の中から、まず狙撃の基準点となる三つの目標に対して銃撃を行った。それが重巡の『エフマレク』であり、戦艦の『バラム・ケルン』であり、宇宙空母の『ルーコール』だったのだ。そしてこの三点を結ぶと、当然三角形が出来上がる。そこでギィゲルトは「これで次は…」と、『D‐ストライカー』の照準モニターへ新たな数値を入力した。それに従って『サモンジSV』は、自動的に『D‐ストライカー』の銃身を少しだけ上へ向ける。


「照準数値251038-18331…発射する」


 ギィゲルトはそう言って、『サモンジSV』にトリガーを引かせる。すると次の瞬間、『D‐ストライカー』の銃口から白い光が放たれた。しかし弾丸そのものは銃身内で超空間転移したため、銃口から飛び出しはしない。すぐに操縦士が結果を報告する。


「251038-18331、命中。効力射ゾーンが形成されました」


 四つ目の目標に着弾したで、照準モニター内にウォーダ艦隊の中心部に、いびつな三角錐の立方体が出現する。これは“効力射ゾーン”と呼ばれ、本来の狙撃目標である総旗艦『ヒテン』は、この三角錐のゾーンの中にある、十隻ほどの艦の反応のどれかまで絞り込む事が出来たのだった。照準モニターの画面に、リスト化された各敵艦の照準数値が列記されて表示される。


「よし。ここからが本番ぞ」


 ギィゲルトは最初の数値を入力した。『サモンジSV』は再び僅かに銃身を動かして、その数値が示す位置へ銃口を向ける。


「発射」


 一瞬後、『ヒテン』の前方近くにいた戦艦の外殻が、内側から膨れ上がった火球によって、大きく弾け飛んだ。


「第1戦隊戦艦『ザルドヴァス』に爆発発生!」


 眼も眩むような閃光が、後方の『ヒテン』の艦橋を襲う中、オペレーターの報告を聞くナルガヒルデの唇は真一文字に結ばれていた………






▶#16につづく

 

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