#14

 

皇国暦1560年5月19日 銀河皇国標準時間14:38―――



 ウォーダ軍第4艦隊第5戦隊戦艦『オストロード』で、その爆発は突然起きた。


 戦場を絶え間なく飛び交う、主砲の反陽子ビームや対艦誘導弾。そしてBSIユニットなどの機動兵器は一見すると無秩序のようだが、実際にはそれらが狙っている艦では、自分を狙って来る攻撃は、エネルギー反応や照準センサーの照射反応を捉えて、全て察知できている。

 ところが戦艦『オストロード』で起きたその爆発には、それらの事前反応が全くなかったのである。何の警報も無いままに、艦全体を激震が襲う。


「左舷第3主砲制御室及び、第2傍受通信分析室付近で爆発発生!」


「第18から第22区画まで喪失!」


 予期していない爆発と大損害に、それを報告するオペレーターの声も、自然と上擦った。ダメージコントロールを担当する副長が、眉を吊り上げて問い質す。


「被弾したのか!! 監視班、被弾予測警報はどうした!!??」


「それが、反応は何も!!」


「反応無しだと!? 事故だとでも―――」


 その言葉を副長が言い終わる前に、『オストロード』の艦橋は爆発の真っ白な光に包まれた………




「一番観測艦より報告。当機第二弾、目標敵戦艦艦橋付近に着弾。行動不能に陥った模様」


 通信も兼任する機関士の言葉に、ギィゲルトは「うむ…」と頷く。この二人に機体の操縦を担当する操縦士を加えた三人が、大型BSHO『サモンジSV』の運用メンバーだった。

 艦長と副長もろとも艦橋を破壊され、指揮機能を失った『オストロード』が、初弾の命中した個所から、さらに大きな爆発を起こして引き裂かれていく光景には目もくれず、ギィゲルトは次の目標の選定を始める。


「試し撃ちは、これでもうよかろう。敵の第1艦隊を狙撃する」


「は…」


 ギィゲルトの言葉に応じ、操縦士は小惑星デーン・ガークのクレーターの縁で、銃身を支えさせていた『サモンジSV』の超大型ライフル、『ディメンション・ストライカー』の向きを僅かに変えた。


 『ディメンション・ストライカー』は超電磁ライフルの一種であるが、射撃方式は通常の超電磁ライフルとは大きく違っている。通常の超電磁ライフルは、銃身内の超電磁コイルが重力子と反転重力子の交互誘導を生じさせ、亜光速まで加速した銃弾を発射する方式だが、『D‐ストライカー』は銃身内に、さらに強力な超電磁誘導を発生させて重力子を高密度圧縮、ワームホール状態にして銃弾を超空間転移させるのである。

 

 銃撃方式は原理的には、恒星間航行に使用する超空間航法のDFドライヴと同じなのだが、宇宙空間へ超高圧縮した重力子を投射する方式ではなく、銃身内でワームホールを発生させて銃弾を転移させるため、DFドライヴのように宇宙空間を大きく歪める事はなく、星系内でも使用できる。


 また銃弾自体は通常の超電磁ライフルの銃弾より小型なのだが、目標内に転移・実体化する事で同位相爆発を引き起こし、通常のライフル弾よりも大きな威力を発揮するのも特徴で、対艦徹甲弾への弾種変更も必要としない。


 ただこのように記すと無敵の超兵器のようだが、実際の『D‐ストライカー』には欠点も多い。まず第一にエネルギー消費が膨大である事。事実『サモンジSV』には、小型の対消滅反応炉が五つも搭載されており、そのうちの三つが『D‐ストライカー』専用、あとの二つは機体制御と兼用なのだが、それでも『D‐ストライカー』を使用する際は、そちらへほとんどのエネルギーを供給するため、ほぼ操縦が不能となってしまうのだ。


 次に重力子の高密度圧縮機能を持つ銃身の寿命が短い事。複雑な構造でとてもコストの高い銃身だが、その寿命は十五発が限度で、それ以上の射撃を行う場合は、銃身を交換する必要があった。


 兵器にとって重要であるのは威力だが、工業製品である以上、生産性とコストパフォーマンスも重要な要素である。

 この『D‐ストライカー』は元々、銀河皇国軍の兵器開発部が開発した新兵器であり、これには皇国貴族でもあるイマーガラ家も協力していた。だが開発に成功したものの、上記の欠点とコストパフォーマンス性から正式採用は見送られて、その試作版をイマーガラ家が引き取り、独自の改良を加えた上で、『サモンジSV』の兵器としたのである。


 その独自の改良というのが、今しがた『オストロード』を狙撃した、射程の大幅伸長だった。通常の場合の射程でも戦艦並みの4千~5千万キロはあるが、これは『D‐ストライカー』本体の射撃用照準センサーを使用した場合で、標的近く配置した複数の観測艦から諸元データを得れば、惑星間の距離の狙撃も可能となっているのだ。無論その分、さらにエネルギーが必要であり、今の『サモンジSV』は、バックパックの一部を帆のように広げ、総旗艦『ギョウビャク』から陽電子照射のエネルギー補填を受けていた。


 ギィゲルトはこの惑星間狙撃機能で、ウォーダ家の第1艦隊を狙撃し、第五惑星の宇宙要塞に潜んでいると思われる、ノヴァルナ直卒の別動隊を誘い出そうと考えていたのだ。

 

 射撃体勢を解いた『サモンジSV』はクレーターの縁で立ち上がり、僅かに位置を変えて再び膝をつく。真空状態の中、大型小惑星デーン・ガークの表面に積もっていた砂粒が、白い埃となってゆっくりと舞い上がった。


 コクピットのギィゲルトは戦術状況ホログラムを展開し、ウォーダ艦隊を半包囲している味方艦隊の中から、ウォーダの第1艦隊の各艦を測的するのに、最適な位置にいる戦艦三隻を選択。それらに対して同時に通信を入れる。


「こちらはコードG。測的艦、諸元データを送信せよ」


 “コードG”の符牒は無論、ギィゲルトの事である。主君の命令に、選定された三隻の戦艦から「御意」の応答と共に、ウォーダ軍第1艦隊の戦列と、各艦の位置データが送信され始めた。先程ギィゲルトに撃破された、ウォーダの戦艦『オストロード』が狙撃の初弾を受けた際、オペレーターが敵からの射撃照準センサーを受けていなかったと報告したのは、『サモンジSV』の惑星間狙撃には、測的を行った戦艦が射撃用照準センサーではなく、通常の接敵哨戒センサーを使用して、そのデータを基に狙撃照準諸元を、数学的に算出していたからである。


 三隻の測的戦艦から、ウォーダ家第1艦隊各艦の狙撃用位置データ転送を受け終えたギィゲルトは、「ふん…」と軽く鼻を鳴らした。ウォーダの総旗艦『ヒテン』の周囲には、護衛の艦が密集しており、それが妨げとなって完璧なデータが得られないのだ。数億キロも離れた位置からの狙撃であるから、コンマ数百分の一以下の照準角度のズレでも命中は期待できない。


“これは…ノヴァルナの身代わりを務めている者は、余程ノヴァルナめに心酔しておるか。あるいは几帳面極まりない者に違いあるまい…”


 ギィゲルトはウォーダの総旗艦『ヒテン』と、それを守る艦の状況を見て、面識はなくとも、総司令官代理を務めるナルガヒルデの人物像を、的確に判断した。

 ノヴァルナの身代わりは自身の身を守るためではなく、あくまでも『ヒテン』にノヴァルナ本人が座乗しているていを通すため、護衛の艦を『ヒテン』の周囲に密集させているのだろう。そしてそれに呼応する護衛艦の艦長達も、同じ気持ちを共有しているに違いない。その演技はおそらく、自らの命が尽きる瞬間まで続くはずだ…


“あのような忠勇の臣が周りに集まるところを見るに、やはりノヴァルナめは巷で言う、大うつけで無い事は明白…それを一目見て見抜いたタンゲンの慧眼、流石と言ったところであろうか―――”


 今は亡き師父セッサーラ=タンゲンへの賛辞を胸に、ギィゲルトは超空間狙撃砲『ディメンション・ストライカー』をウォーダ第1艦隊へ向けさせながら、続く思いを言い放った。


「…だが、その忠勇さが、我の狙いとなるのじゃ」






▶#15につづく

 

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