#03
キオ・スー城の巨大なアーチ型の門をくぐり、公用の出入口の前までリムジンを乗り入れさせたノヴァルナは、『閃国戦隊ムシャレンジャー』の主題歌を鼻歌で歌いながら、侍従をの手を待つことなく、自分でドアを開いて降りた。そして後ろを振り返ると「ん」と言って手を伸ばし、ノアの降車を手伝ってやる。
ただノアは「ありがと」と言ってリムジンを降りると、すかさずノヴァルナに言葉のカウンターを喰らわせた。
「今日は別々に寝るから」
「はぁ? なんで!?」
「だってあなた、ニンニク臭いんだもの」
ノアと合流した際に、“肉をガッツリ喰いたい”と言っていたノヴァルナは、キオ・スー市で新しく開店した、焼肉料理店を選んでいたのである。
「いやいやいや。何のためにニンニクもガッツリ喰ったと思ってんだよ? 夜頑張るために決まってんじゃねーか!」
「そういう事を、人前では言わない!」
無節操なノヴァルナの放言に、ノアは困り顔の頬を赤くして叱りつけた。酒に弱いくせに店で珍しくビールを注文し、酔っているらしい。同行していたカレンガミノ姉妹とランは無表情を貫いているが、ササーラは激しく眼を泳がせる。しかも城の出入り口には、ウォーダの家臣や関係者も多くおり、みんなノヴァルナとノアのやり取りで、表情を引き攣らせていた。それに気付いたノアが声をひそめて詰る。
「ほらもぅ! みんな呆れてるじゃないの!!」
しかしノヴァルナはいつものペースだ。あっけらかんとして、ずんずん城の中へ歩いて行く。
「こまけー事は気にすんな」
「細かくないっ!」
時間的には午後の十時に近い時間だが、城の下層部ではまだ人の往来も絶えておらず、向こうから肩で風を切ってやって来る若者が、自分達の主君である事に気付くと、驚いて道を開け、お辞儀をする。それに対してノヴァルナは、まるで中年サラリーマンのように“手刀”で答礼しながら、メインエレベーターへ向かった。
メインエレベーターホールには十基ものエレベーターがあり、ノヴァルナ達は当主とその身内だけが使用できる、主君の居住エリア直通エレベーターに乗る。重力子駆動の高速エレベーターなら、地上からおよそ二百メートルの高さにある、本丸の主君居住区までは一瞬だ。
到着し、扉が開く。そこでお辞儀をして出迎えたのは…ネイミアだった。
「お帰りなさいませ…」
頭を下げたまま出迎えの言葉を口にするネイミアに、ノヴァルナは軽く辺りを見回して問い掛けた。
「おう、
ノヴァルナが怪訝そうにするのは理由があった。トゥ・キーツ=キノッサは要領のいい男であり、多少サボっていても、こういった主君の出迎えを欠かす事は非常に稀だからだ。ノヴァルナの問いにネイミアは、頭を上げずに答えた。
「キ…キーツは、ナイドル様の御用で、外出しています」
次席家老のショウス=ナイドルは内務関係の責任者で、事務補佐官の肩書を持つキノッサは、ノヴァルナの“使いっ走り”であっても、厳密に言えばナイドルの部下である。一応ネイミアの言っている事は理には適っていた。
「はぁ? こんな時間に外出させるたぁ、ナイドルの爺も何の用があるってんだ」
ノヴァルナはそう言い放つと、特に深く気に留める様子もなく、上着を脱ぎながらノアと共にリビングへ向かおうとする。そして行儀悪く、脱いだ上着を無造作にソファーの背もたれに投げかけた。
「こら、ノバくん。行儀悪い」
叱るノアに、ノヴァルナは「ノバくん言うな」と返して、ソファーの背もたれに体重を預ける形でドカリと座る。ノアは面倒臭そうに脱ぎっぱなしのノヴァルナの上着を手に取り、クローゼットへ向かおうとした。だがそれをネイミアが「これは私が…ノア様の上着もどうぞ」と言って受け取る。
「ありがとう」
礼を言って自分の上着も預けるノア。ネイミアはそそくさと二人の上着をクローゼットへと運んでいくが、そんな彼女の後姿をノアは違和感交じりに見遣った。いつも朗らかなネイミアにしては大人しいな、と思ったのだ。ただノアもそう深く考えることは無い。
“留守の間に、キノッサと喧嘩でもしたのかしら…”
そう判断し、直後にノヴァルナが「おおぃ。ノア~」と呼んだため、ノアはそれ以上深く考える事をやめた。クローゼットに二人の上着を収めたネイミアは、表情を硬くしてキッチンへ向かう。そんなネイミアに気を留めないノヴァルナとノアだが、一方で帰着してから終始、ネイミアの動きを追っている眼があった。ノヴァルナの副官兼護衛役のラン・マリュウ=フォレスタと、ノアの侍女兼護衛役であるカレンガミノの双子姉妹である。
ノヴァルナとノアを出迎えた時から、ランとカレンガミノ姉妹はネイミアの挙動不審な振る舞いが、単に個人的理由ではないように感じ取られていたのだ。万が一の場合に備えて、妹のマイアとアイコンタクトを取ったメイアは、軍装の懐に手を伸ばし、ホルスターのハンドブラスターに手を掛けた。この二人にノアを守る事への躊躇いは無く、何かあれば誰であろうと即座に射殺する用意がある。
メイアとマイアは雑談をする振りをして、オープンキッチンの中でいつも通り、紅茶と茶菓子を用意し始めるネイミアに、視線を送り続ける。一方でササーラは、野太い声でノヴァルナとノアに挨拶をした。
「それでは、私どもはこれにて失礼致します」
ササーラの言う“私ども”には、当然ながらランが含まれている。しかしランはササーラに振り向くと、「私は明日の事で、少しノヴァルナ様にご確認して頂く件がある。おまえは先に戻れ」と告げた。「そうか」と応じ、ノヴァルナとノアに一礼し、先に退出するササーラ。
ササーラはネイミアの様子がおかしい事には気付いていないようだが、これは身辺警護を最優先にしているカレンガミノ姉妹やランが鋭敏なのであって、ササーラだけが特に間抜けというわけではない。
その間にも“雑談”の振りをしていたメイアとマイアは、向き合ったままで、マイアが懐から取り出した、小型のスキャンモジュールを作動させた。周囲のエネルギー源や信号発信源を走査する装置だ。バッテリー駆動式のハンドブラスターや爆発物などが室内にあれば反応が表示される。
視線を落としてモジュールの表示結果を見たメイアとマイアは、一卵性双生児ならではの感覚なのか、見詰め合った一瞬で意思疎通を交わして小さく頷いた。そしてメイアはさりげない調子で、ノアへ向けて聞き慣れない言葉を口にする。
「シェスハ・ノア・マグシュ・サスフ」
それを聞いてピクリと僅かに肩を震わせたノアは、同じ言語で返事をした。
「ナシェ・ハン・ソラシュ?」
聞いた事の無い言葉に、オープンキッチンで紅茶の準備をしていたネイミアも顔を上げ、二人の会話に視線を送る。
「スハラシュ・マサッシュ・ネーミアシェ・スァハ・アキューセム」
柔らかな口調で告げるメイアに、穏やかな笑顔で応じるノア。
「サンハル・ラシュ・メベッシュ」
「セハルサ・マシュ・アスカルシュ・メッハ・キャルシュ・ムシュ・ハス」
さらに何かを告げるメイアに、「アハシュ」と頷いたノアは、彼女にしては意外な行動を取った。隣にいるノヴァルナの袖を力任せに引き、命令口調で言う。
「ちょっと来なさい!」
「なにすんだ!?」
抗議の声を上げるノヴァルナだったが、その頭が置かれたのは、ノアの柔らかな太腿の上である。思いも寄らぬ膝枕に、ノヴァルナは目を丸くして問い掛けた。
「は?…なんのご褒美だよ?」
そう言うノヴァルナにノアは上体をかがめ、耳元で囁く。だがその言葉は夫婦の睦言などではない、深刻なのものだった。
「危機が迫ってる。言う通りにして…」
▶#04につづく
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