#02

 

 惑星ラゴンの地上へ降下したカルツェのシャトルが着陸したのは、『ヒテン』の格納庫でシルバータに告げたキオ・スー城ではなかった。そこはキオ・スー宇宙港に隣接する倉庫街の、小型シャトル専用ポートだ。


 専用ポートにはカルツェの側近クラード=トゥズークが、スェルモル城陸戦隊の小隊長と、さらに皇国貴族院情報調査部のベリン・サールス=バハーザと共に待っていた。バハーザは以前、ノヴァルナの爆殺を謀った人物であり、今回の策謀でも背後からカルツェらに指示を出している。それが大詰めを迎え、自らも指揮下の小隊を率いて出張って来たようである。


 人目を忍ぶため、戦闘用消音モードで降下して来るカルツェのシャトル。それがやや前傾姿勢で専用ポートに着地すると、クラードら三人はシャトルに向け歩を進め、機体の前で片膝をついた。側面の扉がスライドし、カルツェが降りて来る。頭を下げる三人にカルツェは間を置かず、「首尾は?」と尋ねた。無論、現在進行中のノヴァルナ暗殺計画についてだ。クラードが頭を下げたまま応じる。


「ノヴァルナ様はキオ・スー城には、まだ戻られておられません。外食して帰城する旨の連絡があったそうです」


「そうか…」


 まだノヴァルナが生きているという状況に、カルツェは複雑な表情になった。当初の予定では今頃ノヴァルナは城内で死んでいる可能性もあり、そうなっていた場合、混乱に乗じて城に乗り込み、新当主を宣言するつもりだったのだ。些か奇妙ではあるが、カルツェが当主継承権の第一位である現状では、この世界において、そういった手段での当主簒奪も有りなのである。つまりはギルターツ=イースキーが父のドゥ・ザン=サイドゥを討ち、当主の座を奪い取ったのと同じだ。


「ノヴァルナ様の気紛れが、命を長らえさせた…といったところですか」


 立ち上がったクラードは、手にしていたデータパッドに視線を落としながら、皮肉めいた声で言う。そのデータパッドにはどこから撮影しているのか不明だが、ライブ映像らしいノヴァルナとノアの暮らす私室が映し出されていた。


「如何致しますか?」


 バハーザの問いに、カルツェは淡々と告げる。


「誤差の範囲だ。いつでも動けるようにして待つとしよう」


「人質はどのように?」


 クラードが口にしたのは、倉庫に捕えているキノッサの事だ。


「作戦が終われば逃がしてやれ。無用な死人は望まない」


「女の方は、死ぬ事になりましょう…」


 再び問うクラード。だがカルツェにとっては、些末な問題のようだった。今しがたと同じように淡々と言い捨てる。


「そちらは必要な死だ」

 

 ただ淡々としてはいても、カルツェにもあまり余裕は無かった。この計画が失敗すれば、もはや自分に生きる道は残されていないからだ。以前の謀叛の際、次は無いとノヴァルナに許されたカルツェであり、自分も直接手を下す今回の計画は、ノヴァルナが告げた“次”なのである。


 すると不意に、カルツェの懐の通信機が呼出音を鳴らす。それを手に取り「カルツェ・ジュ=ウォーダだ」と応じると、女性の通信相手が焦ったような声で報告して来た。


「カルツェ様! こちらはスェルモル城です。シルバータ様が!…シルバータ様の乗っておられたシャトルが、大気圏突入直前で事故を起こしました!!」


 それを聞いたカルツェは「なにっ! 本当か!?」と言うが、緊迫した口調にはどこか“わざとらしさ”を感じさせる。またカルツェと共にいるクラードやバハーザにも、女性通信士の声は聞こえているが、驚いた様子は無い。


 カルツェは深刻な調子で、「至急、救難隊を出せ。何か分かったら報告せよ」と指示を出し、通信を終えた。そうしてクラード達から目を逸らし、後悔を滲ませる声で言う。


「本当に…ゴーンロッグを殺す必要があったのか…?」


 それに答えたのはバハーザだ。


「シルバータ殿は無骨で直情的な御方ですからね。今この時点で我々の計画を知って、引き返せないとなっても、何をしでかすか分かりません。致し方無い事です」


 さらにクラードも口を開くが、以前の謀叛の失敗以来、ノヴァルナに傾倒して来ているシルバータの存在を煙たがっていただけあって、こちらは他人のバハーザ以上にドライなものだ。


「これも必要な死でございますよ。カルツェ様」


「………」


 無言になるカルツェに、クラードはさらに言う。


「カルツェ様こそをウォーダのご当主に、と支持する者共の思い。此度こたびこそ、その成就の時にございます」


 そう焚きつけるクラードは、この計画がバハーザに半ば脅されて実行しているのを忘れ、まるで自分が立案したような勢いだった。


「わかっている」


 僅かに奥歯を噛みしめて告げるカルツェ。先にも言った通り、野心のままに起こした三年前の謀叛で、死んでいてもおかしく無い自分に、もはや後戻りは出来ないのだ。そして兄ノヴァルナが当主のままでは、ウォーダ家はイマーガラ家に滅ぼされてしまう。ギィゲルト・ジヴ=イマーガラは、傍流のヴァルキスにウォーダ家を継がせて傀儡にするつもりらしいが、それでは滅ぶのと同じであって、矜持が許さない。ならば覚悟を見せるまでだ。


 その時、今度はバハーザの懐で通信機が鳴る。小声で応答したバハーザは、カルツェを振り向いて報告した。


「ノヴァルナ様とノア様が、キオ・スー城へ戻られたそうです」





▶#03につづく

 

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