#04

 

 傍から見るとイチャつき始めた夫婦の光景。それを避けるかのようにカレンガミノ姉妹は、今度はいつもの銀河皇国公用語で、「では私達も、これで引き上げさせて頂きます」と告げ、ランにも目配せを送る。三人が退出すると、広いリビングにはノヴァルナとノア。そして…ネイミアだけになる。


 紅茶を淹れ終えたネイミアはティーポットをトレーに置くが、その顔は死人のように青ざめていた。一度、顔を上げノヴァルナとノアを振り向くネイミア。ノアに膝枕されたノヴァルナが、不敵な笑みで何かを言っている。その様子を確かめたネイミアは、ポケットから試験管状の容器を取り出し、震える手でその封を解いた。そして何度も逡巡を繰り返してからティーポットの蓋を開け、容器から薄緑色の液体を一滴…紅茶の中に落とす。



カチャカチャカチャ―――



 ノヴァルナとノアのもとへ向かうネイミアが持つトレーの上、ティーカップの触れ合う小刻みな音は、彼女の心模様そのものだった………





体を起こして警戒心もなくティーカップを口にするノヴァルナ―――



ノアはまだカップを手にしたまま―――



音声は無いが何かの言葉を交わすノヴァルナとノア―――



するとノヴァルナがカップを落として床に倒れる―――



驚いたノアはノヴァルナに身を寄せて何かを言う―――



しかし動かないノヴァルナ―――



誰か来て!―――



ノアの口がそう叫ぶ形になる―――



ドアが開いてカレンガミノ姉妹が飛び込んで来た―――



視界に銃を握る“自分の”右腕が現れてノアに銃口を向ける―――



間髪入れず双子姉妹のどちらかがこっちに向けて銃を構えた―――



そして発砲されたところで映像は途切れる―――





「どうやら上手くいったようですぞ。カルツェ様!」


 倉庫の中で映像を監視していたクラードは、上擦った声を上げた。呼び掛けられたカルツェは口を真一文字にして、映像の途切れたデータパッドを見詰めたままとなる。まだ信じられないといった気持ちと、とうとうやってしまったという気持ちが、カルツェの中でない交ぜとなっているのだろう。


「だが確認が必要だ」


 カルツェは冷静な口調で告げて、皇国貴族院情報調査部を名乗るバハーザに眼を遣る。軽く頷いて応じるバハーザ。


「あの女がノア姫様に銃を向けるとは、意外でした。撃たれたせいで、左眼に埋め込んでやった監視カメラが、使えなくなりましたからね。早速城内に潜ませた私の部下に、情報を収集させます」


 彼等の言葉は、拘束されたまま倉庫の片隅に放置されている、キノッサの聴覚にも届く。話の断片から状況を知って憔悴を極めたキノッサは、呻くように呟いた。


「ノヴァルナ様……ネイ!…」

 

 程なくしてバハーザの通信機へ、キオ・スー城内に複数いると思われるこの男の部下から、数分おきに連絡が入り始める。それらに応答したバハーザは取りまとめて、カルツェとクラードに報告した。


「ノヴァルナ様の生死は不明ですが、親衛隊の『ホロウシュ』に緊急呼集がかかったとの事。またノヴァルナ様の私室区画周辺は封鎖。続いて筆頭家老シウテ・サッド=リン様をはじめ、重臣方も急ぎ登城を始められたとの事です」


 それに対してクラードは咳き込むように尋ねる。


「典医は? 医師団などは!?」


 映像の中でノヴァルナは毒の入った紅茶を口にし、床に倒れていた。毒の効力を考えればほんの僅かの量でも、ノヴァルナは死んだはずである。だがそうであったとしても、また万が一命を取り留めたとしても、真っ先に医師が呼ばれるはずなのだ。しかしクラードの問いに、バハーザは軽く首を振って応じた。


「それはウォーダ家としても、最も秘匿すべき動きですので、今すぐ情報を得るのは難しいでしょう」


 クラードは「なるほど」と告げ、カルツェに向き直った。状況から推測すると、やはりノヴァルナは死んだと考えるのが筋であろう。


「カルツェ様」


 見識を同じくするカルツェは、クラードの呼びかけに頷いた。


「わかった。これよりキオ・スー城へ乗り込む。沖合の潜水艦にも連絡し、増援の陸戦隊と家臣団も城へ向かわせよ」


 ウォーダ家は惑星ラゴン防衛用の移動拠点として、潜水艦を何十隻か保有している。カルツェはそのうちの数隻に自分の支持派の家臣達と、スェルモル城陸戦隊の大半を乗せて、キオ・スー市の沖合に待機させていたのだ。「御意!」と応じて通信機を取り出すクラード。カルツェはさらに、いつもより幾分強い口調で陸戦隊の小隊長に命じた。


「装甲車を回せ。小隊を集めよ」


 今の戦国の世の星大名家では、正当な理由のもとで、継承権第一位の者が現当主を殺害または追放し、その座を奪う事は珍しい事ではない。そして現当主がそれを阻止できなかった瞬間、当主交代は成立してしまうのだ。

 もしそれで旧当主の家臣が新当主の妨害をするようなら、それはすでに謀叛人扱いとなる。カルツェがそれでも陸戦隊を同行させるのは、ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』だけは、主君に殉じて抵抗する可能性が高いためである。


「潜水艦隊より“了解”の返答あり。キオ・スー城前にて合流の予定」


 クラードが、沖合の潜水艦隊からの報告を声高に告げ、カルツェは一見すると普段通りに見える、夜のキオ・スー城に眼を遣った………






▶#05につづく

 

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