#10

 

 皇国暦1560年2月22日。クラード=トゥズークは、主君カルツェ・ジュ=ウォーダと共に、旧イル・ワークラン=ウォーダ家の本拠地、惑星ラゴルを秘密裡に訪れていた。およそ一週間前に、クラード=トゥズークへメッセージを送って来た謎の人物、ベリン・サールス=バハーザと会うためだ。


 指定された会談場所は意外にも、銀河皇国行政府の領事館だった。群雄割拠する戦国のシグシーマ銀河系だが、星大名達は争い合ってはいても、全て名目上は銀河皇国星帥皇の家臣であり、その領地となる宙域は星帥皇室から統治権を委託された者である。したがって各星大名家の本拠地惑星には、銀河皇国直轄の領事館が置かれて、星大名と中央行政府との取次ぎを行っているのであった。


 人目を忍ぶため月の裏側で、領事館が派遣したシャトルに乗り換えたカルツェとクラードは、宇宙港から民間の車で領事館へと向かった。


 天然木をふんだんに使用した一室で、バハーザはカルツェとクラードを待っていた。グレーのスーツ姿の眼光鋭い男…そういう方面に詳しいクラードは、一目見てバハーザを、諜報関係の人間だと見抜く。そのバハーザもクラードの視線の意味に気付いたらしく、軽く笑みを浮かべてから、「どうぞ…」と二人に椅子を勧めた。そして自分も対面に腰を下ろし、初っ端から正体を明かした。


「ご足労ありがとうございます。皇国貴族院情報調査部ベリン・サールス=バハーザと申します…いえ、ご紹介には及びません。カルツェ様、クラード様の事はよくよく存じ上げておりますゆえ」


 やはり…という顔をするクラードを隣に、カルツェが落ち着いた声で問い質す。


「クラードから、貴殿らが先日の我が兄ノヴァルナの、暗殺未遂犯だと聞いた。それがなぜ、我等との共闘を申し出て来た?」


 先日のクラードへ届けられたバハーザのメッセージは、自分達がノヴァルナ暗殺未遂事件の実行犯である事を明かし、その上で次の作戦にカルツェら、反ノヴァルナ派の協力を求めるという、言ってしまえば厚かましいものだったのだ。


 カルツェの問いにバハーザは事も無げに答えた。


「これも最初から計画の内だからです」


「なに?」


 眉をひそめるカルツェ。バハーザはさらに続ける。


「もし爆殺に失敗した場合、次善の策のためこれを利用して、カルツェ様を味方に引き込む算段でしたので」


「よくも、ぬけぬけと申すものよ」


 面の皮の厚さではウォーダ家で他者の追随を許さないクラードも、これには呆れた口調で言い放った。

 

「当たり前のように言うが―――」


 バハーザの厚顔無恥な言葉にカルツェは、抑揚のない言い方で詰問する。


「貴殿はクラードに送ったメッセージを証拠に、我等が貴殿らを捕えて兄上に突き出す事は、想定していないのか?」


 だがそれに対し、バハーザは至って冷静であった。


「もしそうなされると、カルツェ様もウォーダ家と共に、イマーガラ家に滅ぼされるのみ。ウォーダ家の当主の座も露と消える事になる…カルツェ様もクラード様もそれが分かっておられるから、二人だけでここへおいでになったのでしょう?」


 バハーザの物言いは正しい。カルツェ達も当然、イマーガラ家があと三カ月も経たずして、皇都惑星キヨウへ向けた上洛軍を進発させるであろう話は知っている。それもあって、ノヴァルナ排斥の企みを控えていたクラードだったのだが、どう考えてもイマーガラ家に勝てる見込みは無く、自分達だけでも生き残る方策を探っていたのだ。


 一方でクラードはバハーザの問いには答えず、逆に質問を返す。今後の自分達に関わる事であるから、訊かずにはいられない。


「それよりも、貴殿のメッセージ…皇国貴族院が、ノヴァルナ様の死を望んでおられるという話。間違いないのであろうな?」


「はい」と短く答えるバハーザ。


 バハーザの返答を聞き、カルツェは「意外だな…」と呟くように言う。それを受けてクラードがさらに問うた。


「ノヴァルナ様はおよそ二年前。星帥皇テルーザ陛下より、上洛軍編制の許可を頂いておられる。それでありながら貴族院はノヴァルナ様の存在を、疎ましく思うている…という事か?」


「その辺りは詳しくは申せません。ですが貴族院はノヴァルナ様ではなく、イマーガラ家のギィゲルト様の軍こそ、御上洛に相応しいと考えております」


「ほう…」とカルツェ。


「それで、貴殿らと共闘したとして、その見返りは?」


 クラードが問い質すとバハーザは背筋を伸ばし、事務的な口調で告げた。


「ギィゲルト様がオ・ワーリ宙域を平らげたのち、カルツェ様をウォーダ家当主として、御家を安堵する…というのは、いかがでしょう?」


 これを聞いてクラードがまず反応する。


「カルツェ様をご当主に、ウォーダ家を存続!? そのような事が―――」


「可能です」とバハーザ。


 カルツェはバハーザの言っている事を、冷静に分析して口を開いた。


「それはつまり、ミ・ガーワ宙域のトクルガル家のように、イマーガラ家の傀儡となれ…と、そういう事か?」


「さすがはカルツェ様。噂に違わぬ明晰さであらせられますな」


 あからさまにおだてる言葉をバハーザから投げかけられても、カルツェの表情の無さは変わらない。

 

 ミ・ガーワ宙域星大名トクルガル家は、旧領主キラルーク家の弱体化で独立志向を高めた独立管領の中で、いち早く勢力を拡大し、星大名へ道を歩みだしていたのだが、当主ヘルダータが新興宗教のイーゴン教徒に殺害された事で、隣国のイマーガラ家に半ば吸収され、跡を継いだ若き当主イェルサス=トクルガルは、イマーガラ家によるミ・ガーワ宙域支配の傀儡と化している。バハーザはそのトクルガル家と同じ道をカルツェが歩む事を見返りに、共闘を求めて来たのだ。


「無論、お気に召さねばお断り頂いても結構。ノヴァルナ様にご通報頂いても一向に構いません。貴族院の差し金だと知られても、一星大名に手出しは不可能でございますれば」


「………」


 バハーザの物言いに無言のカルツェ。理屈は分かっていても、納得は出来ないのだろう。バハーザは構うこと無く、さらに追い込む。


「カルツェ様が拒否され、ノヴァルナ様と運命を共にされると言われるのならば、当初の予定通り、アイノンザン=ウォーダ家のヴァルキス様を、御当主に据えさせて頂きますので」


 これを聞いたクラードが、驚きの表情で甲高い声を上げる。


「ヴァルキス様!? 当初の予定!!??」


「はい。ヴァルキス様はナルミラ星系に駐留しておられる、イマーガラ家の重臣モルトス=オガヴェイ様と懇意になされており、そのご縁で、再興したウォーダ家の御当主に推挙される予定となっております」


「ヴァルキス様はノヴァルナ様を、裏切るおつもりなのか!?」


 クラードの詰問調の声にバハーザは僅かながら、出来の悪い冗談を聞かされたような顔をした。“これまで散々裏切っておいて、どの口が言う”という事だろう。


 ヴァルキスがイマーガラ家と独自の外交パイプを持っている事は、ノヴァルナ達も知っており、一年半前のカーネギー=シヴァ姫のクーデター未遂事件以降、このヴァルキスの外交パイプによって、イマーガラ家との不戦協定が成立していた。

 今回のイマーガラ軍のキヨウ上洛に伴うオ・ワーリ宙域侵攻は、ヴァルキスとの不戦協定をギィゲルトが、上洛の大義のため一方的に破棄したものと考えられていたが、実はそうではなく、ヴァルキスはイマーガラ家への服従の道を選んだのだ。


「言っておきますが、この事をノヴァルナ様へお知らせになっても、事態は何も変わりませんので。ヴァルキス様がノヴァルナ様に討たれて、そのノヴァルナ様もイマーガラ軍に討たれ、ウォーダ家が滅亡した場合は、オ・ワーリ宙域はイマーガラ家の重臣のどなたかのもとで、直轄領となるだけです―――」


 淡々と告げたバハーザは、一拍置いて続けた。


「―――そう。ノヴァルナ様がイマーガラ家に、勝てぬ限りは…」





▶#11につづく

 

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