#09

 


ドゥ・ザンの厚情―――



 バサラナルムへ帰る御用船の中、ギルターツは老医師のその言葉を思い返して、ああ…そうであったかも知れぬ、と感じ入った。


 食品流通業の経営者であった民間人上がりの父親、ショウ・ゴーロン=マツァールと共に、自分達を引き立ててくれたはずの家老家の、サイドゥ家を内部から侵食して乗っ取り、ついには主家のトキ家まで放逐して、僅か親子二代でミノネリラ宙域そのものを手に入れ、“梟雄”“マムシ”と恐れられたドゥ・ザンである。


 自らを“国を盗んだ大悪党”と呼んで憚らないそのような男が、全くの他人の赤子を自分の子として育て、ドゥ・ザン家の次期当主としたのだ。よほど赤子を哀れと思ったのかも知れないが、およそドゥ・ザンという稀代の簒奪者が、そのような事をするなど、普通に考えればあり得ない事だった。


 ましてや母のミオーラはギルターツが十五歳になった時、SCVID(激変病原体性免疫不全)に罹患してこの世を去った。ドゥ・ザンがリノリラスからミオーラを奪う際に、生まれて来るギルターツの懐妊の真実は秘密にし、サイドゥ家を継がせるとは言ったもののそれは口約束であって、ミオーラが死んだ以上は、そんな約束など“マムシのドゥ・ザン”なら反古ほごにしてもおかしくはない。


 にもかかわらず、ドゥ・ザンはギルターツを次期当主として育て続け、その方針はドゥ・ザンがクローン猶子を二人作り、アルケティ家のオルミラと再婚してその間に二人の実子を儲けても、変わることは無かった。



欺瞞に満ちた我が半生、ドゥ・ザン殿だけが真実だったのではないか―――





 現実に意識を戻したギルターツは、イナヴァーザン城の窓の外に広がる夜景の、遠くに明滅する外宇宙通信用巨大アンテナの赤い光を見詰め、呻き声のようなため息を深くつく。


“我はそのドゥ・ザン殿を…唯一の真実を、自分の手で葬ってしまった”


 自分の出生の秘密を暴き、自分の本当の父親がリノリラス=トキであればよし、万一ドゥ・ザンであった場合も、“父親殺し”の汚名を被る覚悟はあった。それは戦国の世の星大名家当主にとって、あり得る事だからだ。だがそのどちらでもない自分は…これからどのような想いで………


 誰かの言葉を聞きたい…ドゥ・ザン殿の近くにいた誰かの言葉を。だがその全てさえも自分は排除してしまっている。すると軋む心が、一つの名を導き出した。


ドルグ=ホルタ―――


 かつて、ドゥ・ザン殿の腹心中の腹心であったドルグ=ホルタなら、ウォーダ家へ逃れて敵味方となった今でも、会ってくれるかもしれぬ。そう思ったギルターツは、自分が一番信頼を置く側近の一人を呼んだ。半年前の惑星アスモンスへも同行させた、ボディガードを兼ねた側近だ。


「ウォーダ家にいるドルグ=ホルタとどうにか連絡を取り、どこかで会う手配をさせるよう情報部に命じよ。身の安全は保証すると伝えてな…」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げる側近の男に、ギルターツは「うむ。宜しく頼む」と頷き、再び窓の外に眼を遣った………



 

 だがギルターツが最も信頼を置いているはずの側近の男が、ギルターツから受けた命令を伝えたのは、情報部だけではなかった。


 同じイナヴァーザン城の敷地内にある、オルグターツ=イースキーの館。その中に幾つかある通信用ブースの一つで、「オホホホホ」と裏声の笑い声が響く。オルグターツ=イースキーの側近で、女装をしたビーダ=ザイードの声である。


「そう。いつもありがとうね」


 妖しい笑みを浮かべて告げるビーダは、スクリーンに映るギルターツの側近に応じた。NNLを使わずに通信用ブースを使ったのは、内通者専用の秘匿回線ネットワークを構築しているからだ。

 ビーダは手にしていた扇で口元を隠し、ギルターツの側近―――ビーダ達への内通者に、眼を細めて告げる。


「早速、オルグターツ様にお知らせするわ…それと、またいらっしゃいな。丁度新しい子を何人か連れて来て、オルグターツ様のために調教中なの。可愛い男の子もいるから、あなたにもお裾分けして、あ、げ、る」


 相変わらずの腐れっぷりのビーダに対して、内通者の男は「ありがとうございます。では…」と、微笑みと取れなくもない表情で一礼し、通信を終えた。

 ところが策謀の渦はそれで収まらない。通信用ブースを足早に立ち去った内通者の男は、通路の両側に並ぶ太い柱の陰に潜り込んで、懐から小型の暗号変換型通信パッドを取り出すと、ビーダ達とは別のどこかしらに向けて、暗号化した通信を送り始めた………




 そのギルターツの動きが、執務室にいる嫡男のオルグターツ=イースキーの耳に届けられたのは、翌日の昼頃という遅さである。

 ただこれは、内通者からの情報を入手したビーダ=ザイードの怠慢でなく、毎夜の酒と色に溺れた、オルグターツの自堕落な生活によるもので、日によっては昼に起きて食事を済ますと、奥の院に籠ったまま執務室へも入らず、公務関係は愛人で側近のビーダ=ザイードとラクシャス=ハルマに全て丸投げして、また放蕩に耽り始めるという有様だった。


「ドルグ=ホルタぁ?…誰だったけかァ?」


 それがビーダからもたらされた情報を聞いた、オルグターツの第一声である。昨夜の酒が残る赤い眼でそう言うオルグターツに、執務机を挟んで対面に立つビーダは「いやですわ」と苦笑いし、オルグターツの傍らに立つ男装の女性ラクシャスが耳打ちするように、「ドゥ・ザン様の第一の家臣であられた、あの…」と囁く。


「あああァ。ドゥ・ザンのジジイのォ…あのオッサンかァ―――」


 乱暴な物言いをして、オルグターツは小太りの上体を、背もたれに沈める。

 

「だがァ。そんならあのオッサンは今、オ・ワーリにいるんだろォ? 俺の親父はそいつと会って、どうしようってんだァ?」


 首を傾げるオルグターツ。するとビーダが真面目な表情になって告げる。


「それですが、オルグターツ様。これは深刻な事態かも知れませんわ」


「深刻な事態だァ?」


「はい。これは内通者の見解ですが、お館様がホルタ殿を通じて、ウォーダ家のノヴァルナと、和解しようとなさっておられるのでは…と」


「なにィ?」


 ビーダの言葉に、オルグターツの頬の肉がピクリと引き攣った。実はオルグターツはかなり早くから、例の内通者によって、父親ギルターツの出生の秘密を掴んでいた。それはつまり自分も、トキ家の血統でもサイドゥ家の本物の嫡流でもないという事である。

 ただ当初、オルグターツは深刻には考えていなかった。およそ一年半前、ノヴァルナ・ダン=ウォーダが皇都惑星キヨウへの旅を行った頃から、父親の動向をビーダとラクシャスに探らせ、半年ほど前の惑星アスモンスでの、老医師との会見の内容を知った後も本当の血統など意に介さず、自分がイースキー家の跡を継ぐものだと思っていた。


 ところが最近、連絡を入れて来た男以外にもギルターツの身辺に潜ませた、複数の内通者から、気になる情報が追加され始めていた。それはギルターツが自分の血統を恥じ、イースキー家の名跡を返上するのではないか…という懸念である。

 イースキー家とは銀河皇国樹立時から連綿と続く、名門貴族家の一つであった。現在の本家は衰退しているものの、その血統の高貴さは変わらない。ギルターツの母ミオーラは確かにイースキー家の一族だが、自分の出自はその血統を名乗るに相応しくない、とギルターツは感じて来ているというのだ。


「ウォーダ家と和解してェ、どうしようってんだァ?」


 オルグターツが疑問を口にすると、ラクシャスがそれに推論を述べた。


「もしかするとお館様は、リカード様とレヴァル様のいずれかを、ミノネリラへ呼び戻される御所存なのかもしれません」


「なんのためにィ?」


「ミノネリラでサイドゥ家を復活させるため…と考えられます」


「なんで?」


「よもや…とは思いますが、星大名家の地位をサイドゥ家へ返す可能性も」


「なんだとォ!!!!」


 急に激昂しだすオルグターツに、ラクシャスは落ち着き払って応じる。


「あくまでも、可能性の一つです」


 だが自分が次期当主であって当然だと、疑った事もないオルグターツである。可能性の一つと簡単に言われても疑念の心は残る。そして燻り始めた疑念の火は、その後、次第に大きくなってゆくのであった………





▶#10につづく

 

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