#11

 


イマーガラ家に勝つ―――



 バハーザによって改めて言葉として聞かされると、カルツェもクラードも改めて絶望的な気分になる。いや、この二人だけではなく、ウォーダの一族とそれに仕える者なら誰しもが思う事だ。

 トーミ宙域、スルガルム宙域の二宙域を領地とし、さらにミ・ガーワ宙域までも事実上支配するイマーガラ家の国力は、戦国最強と謳われ、周辺の星大名は皆、イマーガラ家の顔色を窺って動いているような状況だった。そんな中で唯一敵対し続けて来たウォーダ家である。今後の見せしめのためにも、キヨウへの行きがけの駄賃に滅ぼそうとするのは、むしろ理に適っていると言える。


「わ…我等は、イースキー家と友好関係を結んで―――」


 クラードは口ごもりながら、カルツェ支持派がイースキー家と連携している事を述べようとする。だがバハーザはいとも簡単に、その望みを断ち切った。


「イマーガラ家もイースキー家と手を組んでいます。イースキー家がどちらとの友好関係を重視するかは、明白でしょう」


「!………」


 ギリ…と奥歯を噛むクラード。言い返す言葉が無いと判断したバハーザは、諭すように些か口調を柔らかくして告げる。


「…しかしながらギィゲルト様ご自身は、傍流のまた傍流となるヴァルキス様が、ウォーダ家の跡目を継がれる事に対し消極的になられております。血統から考えると、カルツェ様の方が上…我等にご協力頂くならば、貴族院がカルツェ様をウォーダ家次期当主として、ギィゲルト様に推挙致しましょう」


「………」無言を続けるカルツェ。


「今後ウォーダ家は、銀河皇国行政府に一切関わらない…それが、ご協力頂いた上での、推挙の条件となりますが?」


“こういう事を恐れていた!”


 バハーザの言葉を聞き、カルツェの思考は臍を噛む思いだった。“銀河皇国行政府に一切関わるな”…それはつまり星帥皇テルーザと、それを取り巻く上級貴族との一枚岩とは言えぬ溝に、兄のノヴァルナは皇都キヨウへ行った際、足を踏み入れてしまったに違いない。

 事実カルツェも、兄ノヴァルナのキヨウでの行動を記した報告書に眼を通したのだが、それによると、兄は星帥皇テルーザには拝謁したものの、皇国貴族には誼のあるゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナとしか会っておらず、他の上級貴族とは誰一人として顔も合わせなかったのである。

 極端な行動パターンを取る兄の事であるから、今の皇国で何の力も持たないように見える貴族など、会うに値しないと考えたのだろうが、それがこのような軋轢を生んでしまっていたのだ。



 

 カルツェの懸念した皇国貴族との軋轢は、同じ頃の皇都惑星キヨウ、皇国中央行政府『ゴーショ・ウルム』において、その貴族間でも表面化していた。


 謁見の間。玉座に座る星帥皇テルーザ・シスラウェラ=アスルーガは、金色の頭髪を苛立たしげに手指で撫で付けている。

 そんなテルーザの視線の先にいるのは、皇国貴族院筆頭議員バルガット・ツガーザ=セッツァー。これまで何度か見かけられた、『ゴーショ・ウルム』の最下部などで他の上級貴族らと密談を交わしていた男だ。その背後には、他の上級貴族達も三十名ほどが並んでおり、中にゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナの姿もある。


 さらにテルーザの玉座の左側には僅かに距離を置き、銀河皇国関白のサキーサ=コーネリアが立っていた。関白は星帥皇と貴族間の政務の取次や、星帥皇の裁可のもと、その代理として政治を執り行う権限を持っている。


 セッツァーは演劇の主役を張っているような、少々大袈裟な身振りを交えて発言していた。


「…でありますから、これまでにも申し上げて来た通り、イマーガラ殿の上洛はあくまでも、彼等の自発的なこころざしによるものでございましょう」


 それは関白コーネリアからの、イマーガラ家が上洛軍を準備しているという情報に対し、貴族院のセッツァーらの派閥が、強い働きかけを行ったのではないかという、疑念の表明に対する答弁である。


「志…と言うが、イマーガラ家のこれまでの方針はタ・クェルダ家、ホゥ・ジェン家との三国同盟を堅持し、トーミとスルガルムの両直轄宙域の経営を第一としていたはず。それがここに来て、急に中央進出を志し始めたというのか?」


 なおも疑念の眼を向けるコーネリアに、自分達はイマーガラ家とは無関係だと主張しているセッツァーは、事も無げに言う。


「さて、それは我等もあずかり知らぬ事。ギィゲルト殿ご本人に尋ねてみるしか、ないと思われまするが…」


 このやり取りに玉座に座るテルーザは、不毛だ…と思った。関白のコーネリアも筆頭貴族のセッツァーも、上辺だけで議論している。セッツァー派の貴族達が、イマーガラ家に上洛を要請し、支援している事はすでに公然の秘密だった。コーネリアがそれを知ったうえで質疑しているのは、テルーザからイマーガラ家討伐の勅命が欲しいからに他ならない。勅命が出たとなると周辺の星大名にも号令し、イマーガラ家を迎え撃つ事が可能になるからだ。

 それというのもコーネリアは、現在の皇都惑星キヨウを事実上支配している星大名、ミョルジ家の後押しで関白の地位に就いたからである。もしイマーガラ家がキヨウまで攻め上り、ミョルジ家を排除した場合、自分も関白の地位を奪われるのは明白であり、とどのつまりは自分自身の保身のためだった。

 

 この謁見の間に集まる者―――星帥皇、関白、そして貴族達には、それぞれに後ろ盾になる星大名がいる。関白コーネリアにはミョルジ家、貴族院筆頭セッツァーにはイマーガラ家、そしておよそ一年半前、それまで後ろ盾もなく双方の思惑に翻弄されるだけであったテルーザにも、ウォーダ家という支援者が現れた。


 だがウォーダ家の実力はまだ、ミョルジ家にもイマーガラ家にも遠く及ばない。セッツァーと彼の派閥以外の貴族達も、このイマーガラ家の上洛についてどちらに加担すべきか迷っている者が多いようだが、テルーザと共にウォーダ家を後ろ盾にしようとしているのは、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナと彼の縁者が、数名いる程度であった。

 このような状況で現実的に考えれば、自分の支援者であるウォーダ家を守ってやるためにも、テルーザとしてはイマーガラ家討伐の勅命を出したくもある。しかしそれには正当な理由がない。イマーガラ家は荒廃した皇都を立て直し、国政を壟断するミョルジ家を、中央から排除する事を大義に掲げているからだ。


 それに…と、テルーザは思う。


 そう長くはない時間だったが腹を割って話し合い、自分の友と認めたノヴァルナが、イマーガラ家討伐の勅命を出して援助の手を差し伸べても、喜びはしない事…それどころかむしろ、またずけずけと文句を垂れるであろう事は間違いない。



あいつはそういう奴だ―――



 余に大口を叩くのであれば、自分で何とかしてみせよ…頭の中に思い浮かべた不敵な笑みのノヴァルナに語り掛け、テルーザは関白コーネリアと貴族たちに向け、おもむろに告げた。


「余はイマーガラ家討伐の勅命は出さぬ―――」


 それを聞いて眉間に皺を刻むコーネリア。一方のセッツァーはニタリと唇を歪めるが、テルーザの言葉は終わっていない。


「―――だが、イマーガラ家に上洛の勅命も出さぬ」


 今度はセッツァーが頬の肉を引き攣らせ、他の貴族達は顔を見合わせた。ただ一人、ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが僅かに頷くのを除いて。


「謁見は以上だ、ご苦労だったツガーザ卿。皆も下がってよい」


 そう言い捨ててセッツァーの反応も見ずに玉座を立ち、退出しようとするテルーザの耳に、貴族の誰かの「この期に及んで、日和られるおつもりか…」と囁く声が聞こえて来る。だがこれはテルーザにとって、ミョルジ家とイマーガラ家の争いに日和るのではなく、ノヴァルナの勝利という大穴に掛けた、一世一代の大博打なのだ。その強い気持ちにテルーザの心は、誰かの陰口などで動揺するものではなかった………





 場面は戻ってオ・ワーリ宙域は惑星ラゴルの銀河皇国行政府領事館内。皇国貴族院情報調査部のベリン・サールス=バハーザの、兄ノヴァルナが貴族達の不興を買い、イマーガラ家に滅ぼされる事を望んでいるという話により、カルツェ・ジュ=ウォーダは決断を迫られていた。


“いずれにせよウォーダ家を存続させるには、兄上を亡き者とし、その遺骸を差し出してイマーガラ家に従うしか、道は残されていない…”


 その“いずれにせよ”の意味は、もう一方のヴァルキス=ウォーダが、ウォーダ家当主となる事…つまり、カルツェ自身も兄ノヴァルナと、運命を共にするという事を含んでいる。そこへ隣に座る側近のクラード=トゥズークが、小声で声を掛けて来た。


「カルツェ様…これは…もはやこの機会を、利用するしかないかと」


 カルツェが振り向いた先には、こちらを向くクラードの顔がある。ただその顔には切羽詰まった感じはなく、むしろ野心の輝きが見えた。自分達が利用されている事に、当初は腹を立てていたクラードだがそのじつ、根っからの機会主義者でもあるこの男は、あえてバハーザの口車に乗ろうとしているのだろう。


「………」


 無言のカルツェをそのままに、クラードはバハーザに問いかけた。


「我等が貴殿の計画に賛同し、協力したとして、貴殿が提示した見返りは、保証されるのだろうな?」


「無論の事です。筆頭貴族バルガット・ツガーザ=セッツァー様と、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラ様の連名の誓書を、すぐにでもご用意致しましょう。格式を重んじる貴族にとって誓書の持つ重要性は、トゥズーク様もよくよくご承知のはず」


「む………」


 バハーザの言う通り、貴族の発給する誓書は世間が思う以上に、重要な意味を持つ。事実、ノヴァルナのウォーダ家はかつて、和平協定に基づく誓書によって、およそ三年の間、イマーガラ家と休戦していたのだ。そしてこれがイマーガラ家から破棄された、今回の上洛軍の侵攻についても、ノヴァルナが誓書を直接交わした旧領主のカーネギー=シヴァ姫を、オ・ワーリ宙域から追放した事で、誓書が効力を失った事が要因の一つでもあるのだ。そう思えば誓書を破棄させたヴァルキスは、この日が来る事を睨んで動いていたのかも知れない。


「カルツェ様」


 クラードに促され、カルツェは一つ頷いた。これまで散々クラード達の謀叛話に乗って来た事で、今更…とも思う。重い…重い決断だが、今回はウォーダ家そのもの存亡にかかわる、ひと際思い決断だ。カルツェはひと言ひと言を、確かめるようにバハーザに告げた。




「よかろう…どのようにせよと言うのか、話を聞こう」





▶#12につづく 

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