#06
皇国暦1560年2月15日。傷も完治したノヴァルナは、主要な重臣達を集めて、改めて暗殺未遂事件の検証会議を行った。
出席者にはノヴァルナ直属の重臣の他、カルツェとシルバータ、クラード=トゥズーク。旧イル・ワークラン系の主だった家臣。そしてアイノンザン=ウォーダ家のヴァルキスもいる。
まず事件の発生状況と使用された反重力プローブであるが、経緯としては単純である。バイクで惑星リベルテルの巨大農園を走行中に、農園管理用を装った、複数の爆弾搭載反重力プローブによる自爆攻撃だ。
使用された反重力プローブは、市販されているフレクス・インダストリー社の汎用反重力プローブで、農園管理も含め、様々な用途に使用できるタイプのものである。ただ汎用であるがゆえ、自爆テロに使用される恐れがるため、爆発物を搭載するなどの違法な改造が行われると、プローブ自身が違法改造を検知して作動しなくなるように、安全対策が施されていた。
このプロテクトを解除して違法改造を行う事が出来るとなると、フレクス・インダストリー社自体か、星大名家の持つ軍事用解析技術によるプロテクト解除が必要で、それを考えるとやはり、ウォーダ家内部の犯行の可能性が高い。
また捜査の結果、リベルテルの上空を周回する、農園管理用反重力プローブとリンクされている、気象衛星にも非正規のプログラム改変が行われているのが発見され、これが勝手にドライブに飛び出したノヴァルナを出発時から監視して、自爆プローブを操る犯人のもとへ位置情報を送っていたらしく、どこかで必ず勝手に動くに違いない…と、ノヴァルナの行動パターンをよく知っている事が、ウォーダ家内部の犯行の可能性をさらに高めていた。
このような流れで、会議が進むうち、予想された事ではあったが、ノヴァルナ暗殺の犯行を疑われた両派―――カルツェ支持派と、旧イル・ワークラン系家臣が、それぞれ相手こそが犯人だと罵り合いを始めて紛糾した。
「貴殿らこそ、我等にノヴァルナ様暗殺未遂の嫌疑をかけようとしているのは、明らかな事! 正直に吐露されるがよろしかろう!!」
口角泡を飛ばすクラード=トゥズークに、会議室の中に扇型に並べられた座席の向かい側に陣取る、旧イル・ワークラン系家臣達から、一斉に怒号が起きる。
「何を言う!! 我々などであるものか!!」
「我等はイル・ワークラン家に仕えていたと言え、カダールを支持していた者達とは違うのだ!」
「さよう。トゥズーク殿こそ、これまで再三再四、ノヴァルナ様に弓引く真似をなされて来たではないか!!」
「それにカダールに近しかった者達は、トゥズーク殿の陣営に付いていると聞く。疑わしいのは、そちらだろう!!」
「これでは
怒鳴り合うクラードと旧イル・ワークラン系家臣の光景を前に、そう言って軽く首を振ったのは、ノヴァルナの近くに座しているアイノンザン=ウォーダ家のヴァルキスだ。確かに決定的な証拠もないまま罵りあっていても、事態は進展しない。ヴァルキスはさらにノヴァルナへ問い掛けた。
「『アクレイド傭兵団』の仕業という線は無いのですか? キヨウ行きの時、かなりやり合ったのでしょう?」
それに対しノヴァルナは「あまり無いと思う」と応じる。
「連中は意外と、儲けが無い事には手を出さない主義だからな。キヨウの意趣返しで俺の命を狙うとは思えない」
「しかしイマーガラ家やイースキー家が、『アクレイド傭兵団』を雇っているという可能性もありますが?」
「確かにな…だがその可能性も高くない」
「と言いますと?」
「イマーガラ家が上洛軍を進発させようとしているって情報は、アクレイドの連中も知ってるに違いない。そのイマーガラ家の目的はおそらく、皇都を事実上占領してるミョルジ家を排除する事だろう。そしてアクレイドの連中はミョルジ家とかかわりが深い。だから俺を殺して、ミョルジ家と戦うつもりのイマーガラ家に、利するような事はしないはずだ」
「なるほど、敵の敵のは味方…今回の場合は、ミョルジ家と『アクレイド傭兵団』にとって、イマーガラ家の敵であるノヴァルナ様は、味方という事ですか」
「確証があるわけじゃないがな…」
そう告げたノヴァルナは、まだ言い争いを続けているクラードと旧イル・ワークラン系家臣達に、強い口調で言い放った。
「もういい。その辺にしておけ!」
鶴の一声というものでもないが、星大名らしい凛とした口調に、両者の口論はピタリと止んだ。
「捜査は続ける。イマーガラ家の侵攻に備える必要がある今、これ以上の余計な詮索は無用だ!」
「しかし…」
不満げにまだ何か言おうとするクラードに、ノヴァルナはぴしゃりと告げる。
「“しかし”も“かかし”もねぇ! もういいつってんだろ!!」
不承不承といった
今しがた述べた通り、嘘の付けないシルバータであるから、クラードの所業を黙秘しておく事が苦しくなったようであった。
だがこれが発覚すると、クラードの主のカルツェにも責任が及ぶ事になる。以前の謀叛を許した際、二度目は無いとノヴァルナに公言されていたからだ。そこでシルバータは自分の命と引き換えに、すべてを秘密のままにして欲しいと訴えたのである。
ノヴァルナはキヨウへの旅で、味方が誰も死ななかった事から責任を問わず、シルバータも許した。だがそういった自分の“甘さ”が、このような事態を度々招いているのも分かっており、クラードを切り捨てようとしないカルツェの態度の曖昧さもあって、ノヴァルナにとっては悩ましいところであった。
そのクラードは、会議を終えてスェルモル城へ戻っても、まだ苛立っている様子を隠せなかった。今回のノヴァルナ暗殺未遂事件は本当に自分はかかわりが無く、自分達カルツェ支持派に対する疑いは、不本意この上ない出来事だったのだ。策謀好きのクラードだが、自分が誰かの策謀に巻き込まれるのは、お気に召さないようである。
自分用の執務室に入るなり、クラードは椅子の背もたれの上を片手で張り飛ばして、「ええい。忌々しい!」と声を発した。執務室でクラードの帰りを待っていた当直士官が、目を丸くする。
クラードは何が一番面白くないかというと、物的証拠が無くとも誰もが―――おそらく主君のカルツェまでが、自分を主犯だと思っているに違いない、という事であった。無論、これまでの事を考えれば自業自得なのだが。
しかし現実には、“面白くない”だけで済まない問題だった。一年半前のノヴァルナのキヨウ行き行程を、シルバータの執り成しで許された事もあり、しばらくの間は大人しくして、ほとぼりを冷まそうとしていたのが、これでは下手をすれば粛清されてしまう。
すると、クラードが落ち着くのを待っていた当直士官が、様子を窺うように声を掛けて来た。
「トゥズーク様。宜しいでしょうか?」
「うむ。なんだ?」
「惑星ラゴルのベリン・サールス=バハーザという者から、トゥズーク様宛にメッセージが届いております」
「バハーザ…何者だ?」
惑星ラゴルはかつてのイル・ワークラン=ウォーダ家の、本拠地だった惑星だ。不審げな表情で、当直士官からメッセージを封入したデータパッドを受け取ったクラードは、ホログラムではなく、パッドの画面上にメッセージを表示させる。
「………!」
メッセージを読んでいくうちに、細い眼が次第に見開かれていくクラード。そしてその表情はやがて、葛藤に満ちたものとなった………
▶#07につづく
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