#07

 


 ミノネリラ宙域首都惑星バサラナルム。イナヴァーザン城―――


 ウォーダ家内がノヴァルナ暗殺未遂事件検証会議で揺れている頃。夜のとばりが降りたイナヴァーザン城では、当主ギルターツ=イースキーが私室で一人、懊悩の表情を浮かべて、城下に広がる夜景を大窓から眺めていた。



“まさか、そのような事が………”



 自分の出生の秘密…およそ半年前にその真実を知って以来、もう何千回と繰り返して来た思いが、今夜も頭を巡る。


 ギルターツ=イースキーはかつて、前星大名ドゥ・ザン=サイドゥの長男とされていたが、実は旧ミノネリラ宙域領主であった、トキ家の当主リノリラスの子ではないかという説を利用し、母方のイースキー家を名乗ってドゥ・ザンを討った。


 このリノリラス=トキの子ではないかという説は、ギルターツの母でありドゥ・ザンの前妻ミオーラが、リノリラスの妻であったのをドゥ・ザンによって略奪された際、すでにギルターツを身籠っていたという話がもとになっており、また略奪されたミオーラ自身もギルターツに、「あなたは本当はリノリラス様の子よ」と言い聞かせながら育てて来た事による。


 無論、ギルターツが誰の子であるかは、遺伝子を解析すれば簡単な事であるが、なぜかドゥ・ザンはその情報を開示せず、厳重に封印。そしてギルターツが謀叛を起こした際、この遺伝子に関する情報は全て、ドゥ・ザンのイナヴァーザン城脱出時に消去されたのだった。


 ドゥ・ザンを倒した前後はギルターツ自身も、自分がトキ家の嫡流であると信じていた。だがミノネリラの宙域統治が落ち着きを見せ、政権が確立されて来るにつれ、自分の出自の真実が気になり始めたのである。

 だが再度遺伝情報を得ようとしてもドゥ・ザンはこの世になく。妹のノアと二人の弟リカードとレヴァルはウォーダ家におり、比較する遺伝子情報は入手困難だ。


 この状況に比してギルターツの思いは日に日に大きくなり、ついには自分の母ミオーラの出産に関わった者を捜し出すよう、情報部に最優先任務の一つとして命じたのだった。


 そしてその結果、およそ一年半前に辺境の植民惑星で、当時の医師が独立して開業しているという情報を掴んだのだが、これは実は生前のドゥ・ザンが仕掛けておいた、将来的な事実の捜査に備えた欺瞞情報であった。

 死してなお巧妙な“マムシのドゥ・ザン”に舌を巻いた情報部だったが、逆にこれを糸口にさらに捜査を続け、半年前に今度こそ事実を突き止めたのである。




だがその事実はギルターツにとって、受け入れ難いものであった………



 

 ギルターツ=イースキーの出生の秘密を知る者…それはミノネリラ宙域辺境の、アスモンスという惑星にいた。アスモンスは銀河皇国の植民惑星ではなく、銀河皇国に加盟する昆虫系種族のアスモンス星人の住む星である。高い科学力を持ち、恒星間航行技術も有するアスモンス星人だが、他の多くの異星人と違い、信仰する宗教の観念から自分の惑星から出ることは無い。その孤立性が、ギルターツ出生の秘密を知る者の存在を隠すのに、好都合であったのだろう………




 その老医師は、惑星アスモンスの大半を占める砂漠の中にある、オアシス都市の一つで小さな医院を開いていた―――




 砂塵が舞うそのオアシス都市を、民間人の安っぽい衣服を身に着け、お忍びでギルターツが訪れたのは半年前。情報部が真実を知る人間の本当の居場所をようやく突き止め、その報告を受けた即日の事だ。


 僅か三名の護衛を連れ、無尽蔵の砂漠の砂を加工して壁にした医院の、木製の扉を開く。そこにいたのは、砂を含んだ乾いた風に長年晒されて来たせいなのか、皺だらけのヒト種の老人男性だった。


「元トキ家の典医、ドル―――」


「これはギルターツ=イースキー様。このようなところまでようこそ…」


 老医師はギルターツがその名を口にする前に、砂漠の風と同じような乾いた声で挨拶の言葉を述べ、さらにすべてを察しているかの如く、傍らにいる翅が小さく退化した蛾に似たアスモンス星人の看護師に告げた。


「済まんが、臨時休業の札を出しておいてくれ。どうせ今の季節は、マヒューサ病の患者も少ないからな」


 それを聞き、アスモンス星人の看護師は「キィキィ」と、金属的な声を出して医院の出入口へ歩いて行く。そして自分に向き直った老医師に、ギルターツは訝しげに尋ねた。


「我が来る事を知っていたのか?」


 すると老医師は「いいえ」と首を振り、続ける。


「しかしながら、もう何十年も前より、ドゥ・ザン様より言付かっておりました」


「ドゥ・ザン殿から?」


 眼を見開くギルターツに、老医師は昔を懐かしむように応じた。


「はい。アスモンスに隠遁している私を見つけ出したなら、ギルターツ様はさほどに真実を知りたくなった…知る必要が出来たという事であろうから、その際は包み隠さず、真実を教えてやれ。と…」



“真実はここにあった!”



 そう思いギルターツはゴクリ…と喉を鳴らす。そしてやがて、かつてギルターツの出生に立ち会った医師は真実を語り始めた………






▶#08につづく

 

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