#15

 

 総旗艦『ヒテン』の中で、それから丸一日考えた結果、ノヴァルナは監禁状態にあったカダールを、辺境の開拓惑星へ追放。イル・ワークラン城は廃城とし、軍事指揮機能を持たないキオ・スー家直轄の、行政府を新設する旨を決定した。

 これによりイル・ワークラン家は、『オーニン・ノーラ戦役』後およそ百年続いた、ウォーダ一族の総宗家としての命脈を断たれる事となったのである。


 やがて翌日、イル・ワークラン城に入城したノヴァルナは、謁見の間ではなく執務室で、軍幹部に捕らえられたカダールと対面した。

 通常なら、敗軍の将とはいえ一国の主君であるから、それなりに丁重な扱いで遇されるのだが、カダールは捕えられる時も往生際悪く散々抵抗したらしく、そのカダールが最も憎む、ノヴァルナに引き合わされるとあって、ノヴァルナ側よりもむしろイル・ワークラン側がカダールの激発を心配し、厳重な警護を要請する有様である。


 そして実際ノヴァルナの前に引き出されたカダールは、手首に手錠を嵌められ、両側をごつい体格の、四人の陸戦隊員に固められていた。しかもノヴァルナの姿を見た途端のカダールの反応は、予想通りのものだ。


「ノヴァルナ!! 貴様ァッ!!!!」


 喚き声を上げて、ノヴァルナに飛び掛かりそうになるカダールの両肩を、陸戦隊員が背後から素早く取り押さえる。一方のノヴァルナは手元にある、データパッドに目を落としたままだ。そのパッドにはカダールがこれまでに行って来た、家臣に対する横暴な振る舞いの訴えが、大量に列記されていた。


「おい貴様! その席は俺の席だ! 貴様のような薄汚い奴が、決して座っていい場所ではないのだぞ!!」


「………」


 陸戦隊員に肩を押さえられたまま、なおも罵声を浴びせるカダールを、ノヴァルナは一瞥しただけで、再びデータパッドに目を遣る。


「どうした!! 俺の顔も見れんのか!? 必ず貴様に復讐してやる! 必ず貴様をなぶり殺しにしてやるぞ!! 俺を生かしておいた事を後悔させてやるぞ!! 聞いているのか、何とか言え!!!!」


 するとノヴァルナはデータパッドを執務机の上に置き、カダールを見据えて無表情に素っ気なく言った。



「なんとか」



 まるで小学生のような対応。途端に逆上するカダール。


「がぁあああああ!!!! きッ!…貴様ァああああ!!!!」


 なんでこの人はこう、自分を嫌う相手の神経を、わざと逆撫でするような事を、一番嫌なタイミングで言うんだろう…と、ノヴァルナの傍らに立つランは、困った眼を主君に向ける。その先では暴れ出したカダールを、陸戦隊員四人が必死に取り押さえており、仕事を増やされた彼等にとってはいい迷惑だ。

 

「殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやる!!殺してやるぞ!!!!」


 喚き続けるカダールを冷めた眼で眺めたノヴァルナは、「はいはい…っと」と適当な返事と共に、椅子の背もたれに上体を沈めた。どうやらこんな奴と理性的な話は、するだけ無駄だと諦めたらしい。愚者には愚者の対応をするだけだ。


「BSHOで出て来なくて正解だったな。出て来てりゃ俺の手で、てめーは今頃、あの世で喚いてる事になってたろうからな」


「なんだとぉ!!!!」


「ま。てめーを引き留めた家臣達に、感謝するこったな。てなわけで、てめーは生かしたまま、辺境の植民惑星に追放だ。惑星の名前は…ん?…あれ?…えーと…」


 本当に失念したのか、それともわざとなのかは分からないが、カダールを追放する惑星の名を思い出せない様子をするノヴァルナは、副官のランに振り向いて「なんだったっけか?」問い掛けた。ランは無表情で「サレクシスです」と答える。


「ああそうそう、サレクシスだとよ」


「ぐく…ふざけおってぇ。必ず復讐してやるからな!!」


「おう。まぁ裸一貫、一から頑張れや」


 互いの捨て台詞の応酬が終わると、ノヴァルナは陸戦隊員にカダールを退出させるよう、手で合図した。連れて行かれるカダールは執務室の扉が閉まっても、その向こうで「必ず、必ず復讐してやるからな!…必ずだぞぉぉ…」と喚き声を、段々小さくしていった。


 その声が聞こえなくなると、ランとは反対側に立つササーラが、今のカダールの態度に食傷気味となったような表情で問い掛けた。


「本当に復讐する気なんでしょうか?」


 それに対しノヴァルナは、「ふふん…」と鼻でせせら笑い、ササーラに僅かに振り向いて答える。


「ゼロから始めて、そこまで来れるような奴なら、イル・ワークラン家をこんだけボロボロにしたりしねーよ」


 ノヴァルナにそう言われて、ササーラも「なるほど…」とため息混じりに、納得顔をする。どのみちノヴァルナ達とは、いずれ戦う事になったであろうイル・ワークラン家だったが、カダールが暗愚でなければ、ヴァルキス=ウォーダがこちら側に寝返っても、これほど容易く勝利する事はなかったであろう。

 するとそこに執務室の扉をノックする音と、女性の「失礼致します」の声が外からあり、『ホロウシュ』のキスティス=ハーシェルが扉を開けて告げた。


「イル・ワークラン家宇宙艦隊の、参謀長をお連れしました」


 キスティスの言葉にノヴァルナは居住まいを正し、入室するよう命じる。この若者にとってはカダールより、こちらを招く方が重要だったからだ。

 

 キスティスに「どうぞ」と促され、イル・ワークラン宇宙艦隊の参謀長は姿勢良く執務室に入って来た。ノヴァルナは『ウキノー星雲会戦』において、カダールに命懸けで撤退を進言した参謀長の存在を知り、謁見を要求したのである。


 参謀長は四十代半ばと思われるヒト種。黒髪のスリムな体型で、意外と武人らしさは感じられない。ノヴァルナの前に進み出た参謀長は、敬礼と共に自らの官姓名を名乗る。


「イル・ワークラン軍宇宙艦隊参謀長、ユンカース=マーティ少将。ノヴァルナ殿下のお呼びにより、参上仕りました」


 うん、ちゃんとしてるぞ…若いながらも星大名の地位にいるノヴァルナは、人物評価の眼は確かだった。先程までのカダールへの対応とは打って変わり、ノヴァルナも真面目な表情になる。

 軍において少将という“階級”を持っているという事は、この男性は民間人上がりという事だ。この世界では武家階級の『ム・シャー』は、軍人としての階級を持たず、『ム・シャー』という階級で統一されており、民間人から登用された兵士や士官にのみ、軍としての階級が与えられる二重構造となっている。そして少将以上の将官にまで昇格すると、希望すれば『ム・シャー』の地位を得る事が、出来るのである。


「マーティ少将か、よく来てくれた。貴官には会いたいと思っていた」


「はっ」


「撤退中の貴官らの艦隊に対し、追撃を仕掛けた事は、これまた戦国の世の習い…許してほしい」


「は…了解しております」


 そう応じながらも、まず追撃で被害を拡大させた事を詫びるノヴァルナに、マーティ参謀長は早くも、目の前の若者に対する世間の噂が、やはり噂でしかない事を確信した。


 マーティ参謀長の返しに、小さく頷いたノヴァルナは話を進める。


「それにしても貴官は、よく命懸けでカダールの暴走を引き留めたな。宇宙艦隊の参謀長になって長いのか?」


「いいえ。今回の『ウキノー星雲会戦』直前より、現職を拝命致しました」


「じゃあ、前任の参謀長は?」


「解任されました。カダール様のご不興を買われて…」


「なるほど…」


 そういう事か…とノヴァルナは思う。情報ではカダールの周囲には、イエスマンしかいないという話であった。その中で命懸けでカダールに撤退の進言をした、参謀長という人物がどんな人間か知りたかったのだが、新任の参謀長なら、その行動も腑に落ちるというものだ。しかしそうだからと言って、カダールの苛烈な性格は知っているはずであり、このマーティという参謀長の胆力に対する評価を、低くするものではない。そこでノヴァルナは自分の考えを告げた。


「では単刀直入に言う。俺の部下にならないか?」






▶#16につづく

 

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