#14

 

「撤退を進言致します!!!!」


 爆発の閃光が繰り返し『キョクコウ』の艦橋内を照らす中、カダールに向き直った参謀長は、強い口調できっぱりと告げた。その顔には悲壮感すら漂っている。


「撤退だと!?」


 自分の頭の中に存在しなかった言葉だったのか、カダールはぼんやりとした眼で参謀長を見返した。


「この戦いに、もはや勝ち目はありません!」


 そこまで参謀長が告げると、ようやくカダールは反応を見せる。当然ながら怒りの反応だ。


「勝ち目がないとはなんだぁ!!!!」


「事実を申し上げております!!」


「貴様ァッ!!!!」


 顔を真っ赤にしたカダールは、軍装の懐からハンドブラスターを取り出し、参謀長の胸に突き付けた。しかし参謀長は決意を込めた眼でカダールを見据え、怯える様子は微塵もない。


「お撃ちになりたければ、撃たれたら宜しい。どうせこのままでは、程なく我が艦隊は全滅。殿下も我々も皆、命を失う…結果は同じです」


「む…ぬ…き、貴様…よくもそんな口を…」


 参謀長の言葉に、こめかみに血管を浮かせるカダール。すると他の参謀達も歩み寄って参謀長とひと固まりになった。参謀達も自分達の上官と一蓮托生だという、意思表明なのだろう。「ぬお…」と声を漏らしたカダールは、顔を引き攣らせて銃口を左右に振り、他の参謀達をも脅すが、誰一人怯みはしなかった。パクタ=アクタが「貴官達。カダール様に対して、無礼であろう!!」と傍らで喚声を上げるが、参謀長達は太鼓持ちのカダールの側近など眼中にない。


「撤退命令を、お願い致します」


 再びきっぱりと進言する参謀長。その周りに立つ参謀達とともに、眼力強く見据えられたカダールは、半ば人差し指をトリガーにかけたまま、手にした銃を小刻みに震わせた。


「きさ…きさ…貴様らぁ……」


 カダールが呻くように言うと、合いの手のようにオペレーターの声が響く。


「敵BSI部隊。我が第1艦隊へ接近!」


「敵BSI部隊内に、BSHO『レイメイFS』を確認。キオ・スー=ウォーダ家BSI部隊総監、カーナル・サンザー=フォレスタ殿です!」


 その名を聞き、傍らでウロウロするだけのパクタ=アクタは、「ヒッ!」と声を上げて小さく跳ねた。“鬼のサンザー”とも呼ばれるカーナル・サンザー=フォレスタの名は、ウォーダ家の中で知らぬ者はいない。『キョクコウ』の艦長が、艦に配属されているBSI親衛隊に緊急発艦を命じる。


「撤退のご命令を!」


 もう一度迫る参謀長。さすがに身の危険を感じ始めたカダールは、大きいだけの自尊心との間で逡巡し、何度か目を泳がせたのち吐き捨てるように言った。


「好きにしろ!」

 

 イル・ワークラン艦隊が撤退を始めたのを見て、『センクウNX』のコクピット内に座るノヴァルナは、「へぇ…」と意外そうな声を漏らした。あの無駄に尊大なカダールの事であるから撤退するにしても、もっと被害が拡大するまで、意固地になって踏みとどまると思っていたからだ。無論ノヴァルナは、『キョクコウ』の中で起きていた参謀長達の行動まで、知る由もない。


 ヴァルキス艦隊の参戦で両軍の艦隊数はノヴァルナ側が8個、カダール側が9個となった。だがイル・ワークラン艦隊は下手な戦術で、それまでのノヴァルナ艦隊との戦いに相当数の被害を被っており、現時点の総艦艇数は完全に、ノヴァルナ・ヴァルキス連合艦隊の方が大幅に上回っている。


 そしてカダール側が撤退を始めたからといって、攻撃の手を緩める事はしない。敵の敗走に乗じて追撃をかけ、戦果を拡大するのは、戦いにおいての非情な鉄則だからだ。超空間転移による離脱が可能となる、『ウキノー星雲』の外へ出るまでの間に、イル・ワークラン艦隊の損害はさらに増えた。


 しかもノヴァルナ側の激しい追撃に耐え切れず、星雲を出る前に超空間転移を強行して、不安定な重力バランスのワームホールに突入、未知の宙域に飛ばされた艦や、次元の狭間に落下して行方不明となる艦も続出する。

 その結果、イル・ワークラン艦隊の損害は、ノヴァルナ軍に降伏したものも合わせると、『ウキノー星雲会戦』開始時の六割にも及び、カダールが命からがら本拠地のオ・ワーリ=カーミラ星系へ辿り着いた時には、生還出来た艦も大半が修理を必要とする状況だった。


 ノヴァルナは『ウキノー星雲』を出たところで追撃を終了。散り散りになっていた各艦を再編し、艦隊を立て直すと二日後、シウテ・サッド=リンの第5艦隊を事後処理に残し、オ・ワーリ=カーミラ星系へと進攻した。

 カーミラ星系では、イル・ワークラン家の星系防衛艦隊の迎撃を受けたが、防衛艦隊には明らかに戦意が見られず、形だけの抵抗を見せたあと、防衛艦隊の“やる気の無さ”に気付いたノヴァルナから、武装解除の要請を受けると、素直に応じてしまった。


 するとその防衛艦隊の司令官から、軍によってカダールが、イル・ワークラン城内で監禁状態に置かれたという情報が告げられた。城のある第三惑星ラゴルに帰着するや否や、戦場を放棄して勝手に撤退したという理由で、参謀長以下総旗艦に乗り込んでいた、参謀達全員の処刑を命じたところ、これまでの様々な悪政に対する不満もあり、激昂した軍幹部達の反発を買ったらしい。

 

 星系防衛艦隊が降伏するとほどなくして、イル・ワークラン城からも降伏の申し入れが、ノヴァルナ艦隊にもたらされた。ノヴァルナもこれ以上の無用な血が流れる事を好まず、申し出を受諾。全軍の武装解除と開城を指示した。


 オ・ワーリ=カーミラ星系第三惑星ラゴルはその名の響きの通り、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家の本拠地、オ・ワーリ=シーモア星系第四惑星ラゴンと、語呂を合わせて命名されている。


 これは二つの星系が同時に発見され、同時に開拓が始まった事による。そもそも両星系は距離が約1.5光年と近く、シーモア星系の二重恒星タユタとユユタに対し、カーミラ星系の主恒星ユタタは伴星の関係にあるという説もある。そしてこの居住可能惑星を有する二つの星系の近さが、オ・ワーリ宙域を銀河皇国内でも、経済力の高い宙域に成長させた要因となっている。


 武装解除した星系防衛艦隊を露払いにする形で、ノヴァルナ艦隊は惑星ラゴルの衛星軌道上に進入した。惑星ラゴルは大きさもラゴンに近いが、陸地と海洋の比率がほぼ五対五となっている。

 惑星を覆う白い雲の隙間から、緑と黄土色のモザイク模様をした陸地が広がる光景を眼下に、ノヴァルナの総旗艦『ヒテン』が、四隻の直掩戦艦に囲まれて悠然と進んで来た。その左右を雁行のフォーメーションを組んだ、BSIユニットと攻撃艇の中隊が幾つも並走する。


「戦闘可能なイル・ワークランの艦艇は指示通り、武装を解除してラゴルの裏側へ移動。ウォルフベルト様の第4艦隊とサンザー様の第6艦隊が、見張りについております」


 副官を兼任するラン・マリュウ=フォレスタから報告を聞き、司令官席のノヴァルナは前を向いたまま「おう」と応じる。さらにそこへ、シャトルに乗って格納庫にいるササーラから通信が入った。


「陸戦隊、これより降下を開始致します」


「おう。抜かるなよ、ササーラ」


「御意」


 ササーラは『ホロウシュ』六名を引き連れ、第1艦隊の大型艦に配属されている陸戦隊と共にイル・ワークラン城へ降下するのだ。目的は降伏を受け入れた城に、ノヴァルナが入る前の臨検であった。



“思った以上に呆気なかったもんだぜ…”



 ラゴルへ降下し始める二十機近い陸戦隊シャトルの姿を眺め、ノヴァルナは残っていた、もう一つのウォーダ宗家の滅亡を儚く思った。百年のイル・ワークラン、キオ・スーの両家による統治も、暗愚な当主を得たがために一瞬で終わるのだ。


「俺も気をつけねーとなぁ…」


 そう独り言ちたノヴァルナに、言葉の意味までは分からずに、傍らのランは小首をかしげた………

 




▶#15につづく

 

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