#16

 

 ノヴァルナからのキオ・スー=ウォーダ家の直臣への登用を、一度は断ったユンカース=マーティだったが。再度の説得によって翻意した。

 断った理由は、カダールの命令に従ったためとはいえ、『ウキノー星雲会戦』で多くの兵を死なせた事に、責任を感じていたからだ。そしてその気持ちを変えたのがノヴァルナの、「それなら兵を、無駄に死なせないようにするため」の仕事を、してくれという言葉―――つまり外交関係のポストを任せる、という発言があったためである。


 現在キオ・スー=ウォーダ家では、外務担当家老としてテシウス=ラームと、元サイドゥ家の武将コーティ=フーマの二人がいるが、ノヴァルナはこの先の構想を考えるにあたり、外交能力も上げたいと思っていたのだ。カダールとも対峙するだけの胆力を持つマティスなら、他の星大名や皇国貴族との外交交渉も、上手くやるだろうという、ノヴァルナの判断だった。


 一方でノヴァルナは、イル・ワークラン家の家老達は容赦なく職を解任し、閑職へ回した。カダールのイエスマンなど、何人いようが使えはしないからだ。




 あとの戦後処理について、大まかな指示を出したノヴァルナは、一度ラゴンへ戻る事を周囲に伝達した。向こうは向こうで、謀叛を起こそうとしたカーネギー=シヴァ姫一党へ対する、裁可を下さねばならないのだ。

 しかしすぐにまたラゴルへ来る事になるのは必至で、当分は行ったり来たりを繰り返す事になりそうであった。


「ウォルフベルト殿とサンザーの艦隊は、引き続きラゴルの衛星軌道上へ留まり、両司令官には当面の軍政を任せる」


 そう通達を出したノヴァルナは、翌日には早くも第1艦隊と、『ウキノー星雲会戦』で損害を受け、修理が必要な他の艦隊の宇宙艦を率い、ヴァルキス=ウォーダのアイノンザン星系艦隊とともに、ラゴンへ向けて出発した。




 ラゴンを離れた総旗艦『ヒテン』の私室区画で、ソファーに寝そべったノヴァルナは、「んんー…」と背中を伸ばして大きく息を吐く。結局のところイル・ワークラン城は他人の城であり、どこに居ても息が抜けない部分があったため、今は『ヒテン』の私室の方が、のんびり出来るというわけである。


「なーんか、忙しくなりそーで、いやっぽいぜ」


 ノヴァルナがそう言うと、同じ部屋の中でネイミアと共に事務処理をしている、キノッサが口を開いた。


「でも、良かったじゃないッスか。ラゴルの住民達にもノヴァルナ様は、概ね好意的に見られてるみたいですし」


 キノッサのそんな言葉に、ネイミアも同調する。


「そうですよ。これもこの前の、“世直し旅”のおかげですね」


 ネイミアにそう言われて、ノヴァルナは苦笑いしながら手指で頭を掻いた。

 

 “ノヴァルナの世直し旅”…それは紛れもなく、先日のノヴァルナのキヨウ行きの事であった。


 皇都惑星キヨウを自分の眼で見聞し、星帥皇テルーザに拝謁する事が目的であったあの旅だが、その途中の行きがかりで、惑星ガヌーバの温泉郷救済や、中立宙域に勢力圏を張っていた『ヴァンドルデン・フォース』の撃破。さらには皇都での、現在の妻であるノア姫の救出劇などが、最近になってオ・ワーリ宙域内のNNLの情報サイトなどで話題になり、“ノヴァルナの世直し旅”として領民達の間に広まり始めていたのである。


 そもそもナグヤ=ウォーダ家時代から、ノヴァルナは重臣達や世間の評判は悪くとも、裏表のない接し方で、前線で戦う一般兵からの人気は悪くなかった。そして当然、その評判は一般兵の家族や知人も共有し、潜在的にノヴァルナを評価する声はあったのである。

 それがやがて三年前より、NNLの情報コミュニティーサイトの大手『iちゃんねる』の『星大名・政治板』において、それまでノヴァルナ批判スレばかりであったのが、“ノヴァルナ擁護スレ”なるものが立つようになり、星大名ノヴァルナを再評価する流れは、世間の水面下に存在するようになっていった。それが今回の、“ノヴァルナ世直し旅”で顕在化し始めたのだろう。


 この評価の上昇と、イル・ワークラン家の惑星ラゴルでは惑星ラゴンのように、昔のノヴァルナの“悪行”を実際に目の当たりにした市民もいない事から、今回のカダールを追放したノヴァルナの行為を、多くの市民が“暴君から自分達を解放してくれた”と良い方へ解釈していたのだ。


 ただノヴァルナは、その“世直し旅”話の出処に心当たりがあった。ソファーに寝そべったまま、それとなく“容疑者”に声を掛ける。


「…ったく、どっかの誰かがSNSで複アカ使って、そんなヨタ話をバンバン流しやがるから、面倒な事だぜ」


「まったく、誰なんでしょうなぁ…」


 すっとぼける容疑者その1。


「ですよねぇ…」


 と同調する容疑者その2。


「そういうのってさぁ…情報操作ってヤツじゃね?」


 二人のどちらへともなく、暢気な口調で問い掛けるノヴァルナ。しかし二人の容疑者は気にする風もなく、適当な返事をする。


「そうなんスか?」


「ノヴァルナ様。コーヒーが入りましたよぉ」


 ノヴァルナはやれやれ…と、もう一度手指で頭を掻きながら体を起こし、ネイミアが淹れたコーヒーの入るカップを受け取った………






▶#17につづく

 

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