#08
皇都惑星キヨウを離れた『クォルガルード』の中で、ノヴァルナとノアの二人がまず向かったのは医務室だった。ビーダ達に麻薬の“ボヌーク”を打たれた、メイアの見舞いである。
「メイア。もういいの?」
ノアの問いに、ベッドの上で上体を起こしたメイアは「はい。申し訳ございません…」と、うつむき加減に詫びを入れる。メイアの乗るベッドの傍らには、双子の妹のマイアが、椅子に座ってついていた。
解毒ユニットのおかげでメイアはすでにほとんど回復していたが、これには皇国暦1589年の世界からノヴァルナが持ち帰った“ボヌーク”を、ウォーダ家の化学部門が解析し、データを取っていたのが大きい。
だが問題は“なぜここにボヌークがあるのか”という事だ。ビーダ達に捕まっていたノアが、“ボヌーク”を『アクレイド傭兵団』が開発中である事を聞き、驚愕したのと同じ反応を、これを知ったノヴァルナもしたのは当然だった。自分とノアが飛ばされたあちらの世界では、“ボヌーク”は豚のような頭部を持つピーグル星人が、銀河皇国領内に持ち込んだとされていたからである。
メイアにもう少し安静にしておくよう告げ、医務室を出たノアとノヴァルナは、寄り添って通路を歩きながら、この件について意見を交わした。
「ドクターが言ってた、メイアに打たれた“ボヌーク”は、私達があっちの世界から持ち帰った“ボヌーク”との整合率が、75パーセントだったって話…ノヴァルナはどう思う?」
「おまえが聞いたっていう、“ボヌーク”はまだ開発中だって話と、リンクしてるんじゃね?…それが1589年には完成してるんなら、むしろ辻褄は合うだろ」
船医がメイアに打たれた“試作ボヌーク”を解析した結果、ノヴァルナ達が未来から持ち帰った“ボヌーク”よりも、依存性が軽度である事が判明している。未来で知った完成型の“ボヌーク”はたった一度の摂取で、相手を完全な依存症にする作用があったのだが、現在の“ボヌーク”との整合率の残り25パーセントが、その依存性の差になっているのだろうと思われた。
「でも、どういう事なのかしら? あっちの世界じゃ、『アクレイド傭兵団』の名前なんか一つも出なかったのに…」
訝しげに言うノアの言葉にノヴァルナは、ノアに尋ねておかなければならない事があるのを思い出した。それはウォーダ家と関係が深いガルワニーシャ重工キヨウ出張所の社員を装って、皇都周辺の情報を収集している元『ホロウシュ』筆頭の、トゥ・シェイ=マーディンが口にした、『グラン・ザレス宙運』という恒星間運輸会社の名である。
「そうだノア。お前に聞きたい事があったんだけど」
「なに?」
「『グラン・ザレス宙運』って名前、どこで出てきたか覚えてるか?…たぶんおまえとあっちの世界に飛ばされてた時に、聞いたか見たかしたと思うんだけど。俺、思い出せなくてな」
「『グラン・ザレス宙運』?…」
『グラン・ザレス宙運』は、ムツルー宙域のシーフェン星系に本社を置く恒星間運輸会社だが、今回の旅でノヴァルナが調べようとしていた植民星開発会社、『ラグネリス・ニューワールド社』を密かに傘下にしているらしい。
マーディンからこれを聞いたノヴァルナは、自分もその名を知っている事に気付きはしたものの、どこで知ったかを思い出せずにいたのだ。
「グラン……ザレス………」
ノヴァルナの問いに、ノアは遠い眼をして記憶を辿った。自分もその名に覚えがあるのだろう。そして何かに思い当たったらしく、ハッ!…と顔を上げ、ノヴァルナに振り向く。
「あれよ、あれ」
「どれだよ?」
「あの未開惑星から脱出する時に密航した、古い貨物船の胴体に書かれてあった、会社名じゃない!」
それを聞いてノヴァルナは「あっ…」と声を漏らした。その瞬間、様々な事案が繋がった気がしたのだ。これは立ち話で済ましている場合ではないと、ノアと手を繋いで告げる。
「ノア。続きは部屋ですっぞ」
不意に大きな声で言い、ノアの手を引いて早足になりだすノヴァルナに、通路で主君に道を開け、両側で敬礼していた『クォルガルード』の乗組員達は、唖然とした表情になる。明らかにノヴァルナの行動と物言いに、おかしな勘違いをしているのだろう。若い女性乗組員などは頬を染めている。
「ちょっと! 誤解を招くような言い方は!―――」
迷惑そうな顔をしてついていくノアだが、同時に“ああ、また日常が帰って来たんだ…”と実感した。思い立ったら人目もはばからないノヴァルナ。そしていつも最初に巻き込まれる自分…ただそれは、ノヴァルナにとって自分が必要とされている証しでもあると思いもし、どこか心地いい。今更ながら、二人の心が離れていた事が不思議だった。
もう、しょうがないなぁ…とノヴァルナに手を引かれるまま、ノアは二人専用の船室へ入る。中にはキノッサとネイミアがいたが、こちらもノヴァルナとノアが手を繋ぎ、急いで入って来た事に目を丸くする。
そそくさと出て行こうとするキノッサとネイミアに声を掛けたのは、ノヴァルナだった。
「どこ行くんだ、キノッサ?」
「え? だってこれからお二人で、イチャイチャされるんじゃ…」
「しねーよ。真面目な話しだ。ついでにおまえらも聞け」
▶#09につづく
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