#07
そして翌日―――
惑星ラゴンへの帰還を開始する当日。ノヴァルナとノア達は、宇宙港のメインロビーで別れの挨拶を交わしていた。
ナギ・マーサス=アーザイルには、損害を受けさせてしまった『サレドーラ』の修理費の全額負担と、ノア達の救出協力に対する相応の謝礼を申し出る。固辞しようとしたナギだが、ノヴァルナの妹のフェアンからも、受け取るよう強くお願いされては、ナギも断り切れなかった。
ナギへの別れの挨拶の残りはフェアンに任せ、次はカーズマルスである。彼等にも充分な謝礼を約束し、引き続きキヨウと周辺宙域の情報収集を依頼した。さらにいずれ機が熟せば、正式にノヴァルナの家臣になる方向で、話もまとまった。彼等のような、経験豊富な陸戦特殊部隊が加わるのは、ノヴァルナにとって頼もしい限りだ。
そしてノヴァルナがその件についてカーズマルスと話をしている間にノアは、見送りに来ていたキヨウ皇国大学の先輩、ルディル・エラン=スレイトンの前に進んだ。
「スレイトン先輩。お見送り、ありがとうございます」
声を掛けるノア。ただその表情はキヨウへ来て再会し、かつての憧れを蘇らせていた時のものとは異なっている。
「ノアくん。今回の事件では…何の力にもなれなくて、申し訳ない」
「いえ。先輩だけでも巻き込まずに済んだのは、幸いでした」
それは皮肉などではなく、ノアの偽らざる気持ちだった。自分の友人というだけでソニアをあれだけ巻き込み、酷い目に遭わせたのだ。スレイトンだけでも無事であったのを喜ぶべきであろう。それに言い方は悪いが、温泉育ちの貴族の三男坊の彼に、何かができたとは思えない。
「あの………」
何かを言おうとするスレイトンに、ノアはゆっくりと首を左右に振った。その意を汲み、スレイトンは眼を細めて“わかった”と小さく頷く。
するとそこにソニアを連れた、ランとササーラがやって来る。ソニアは右手に女の子、左手に男の子を引いていた。二人とも五、六歳ぐらいに見え、話にあったソニアの幼い妹と弟に違いない。背後を歩くランとササーラが、大量のバッグやケースを運んでいる事から、見送りとは思えない。
その姿を見たノアは笑顔でソニアに歩み寄った。
「ソニア。いいんだよね?」
「うん…ごめん。ありがとう」
応じるソニアも微笑みはしているが、どこかに硬さがある。ビーダの話術に乗せられてノアを陥れた事を、まだ気に病んでいるのだろう。そんなソニアをノアは、彼女の妹と弟と共に、ラゴンへついて来るよう説いたのである。
「…でも、ノア。本当にいいの?」
「当たり前よ。私の方こそ、急がせてごめん」
ノアはそう言うと腰を低くかがめて、ソニアの幼い妹と弟の目線の高さになる。そして二人に優しく挨拶した。
「こんにちは。おなまえは?」
「リアナ」と、はっきり答える妹。
「ラ…ライル」と、躊躇いがちな弟。
笑顔で頷いたノアは「そう。私はノア、よろしくね」と応じる。急な提案と説得だったが、ソニアと家族を今キヨウから連れ出さなければ、次の機会が何時になるか、分からないからである。
三人にはキオ・スー市で住居を与え、ソニアにはちゃんとした職を斡旋すると、ノアは決めていた。貴族の地位を捨てさせる事になるが、何の意味も無くなった肩書きなど足枷にしかならない。それに星大名の姫の友人だから優遇された…と批判されるかもしれないが、そういった場合もノアは批判の矢面に立つ覚悟だった。そのような事で見捨てていい理由は無いからだ。
そんな強い意志で訴えたノアの申し入れを了承したソニアは、ランとササーラと共にアパートへ戻り、妹と弟を連れ、必要最低限の荷物だけ持って、宇宙港へやって来たのだった。
「ソニア。これからの事は全部、私に任せて。もう絶対、あなたをつらい目には遭わせないって、約束する」
背筋を伸ばしたノアは、凛とした口調でソニアに告げ、ソニアは言葉に詰まりながら礼を言う。その眼には光るものがある。
「あり…がとう」
笑顔でソニアの肩に手を置いたノアは、ランとササーラに目配せして、ソニアたちを『クォルガルード』へ促した。
またイースキー家のキネイ=クーケンとその部下達。さらに追加増援された陸戦隊の生き残りは、イースキー家を出奔する事になったようである。本国へ帰っても当主ギルターツはともかく、嫡男のオルグターツがクーケンだけでなく、彼の部下や陸戦隊の兵士にまで、懲罰と称して危害を加えるのは明白だったからだ。
まだ正式に決まったわけではないが、クーケン達はキヨウにとどまり、カーズマルス達と協力して、彼等の自治支配地区『デノアンカー』の、治安維持を分担する話が進み始めたらしい。
ノアがノヴァルナのもとに戻ると、最後に今回の旅を手配してくれた皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナに、二人揃って厚い礼の言葉を述べた。
ゲイラはテルーザから話を聞いていたのか、「陛下におかれましては、大層お喜びのご様子で…」と告げられ、「これからもよろしくお願い致します」と丁重に頭を下げられて、さしものノヴァルナも恐縮した。
そしていつまでもナギ話し込むフェアンに、「そろそろ帰っぞ!」と声を掛けたノヴァルナは、もう一人の功労者マリーナの頭を二度三度片手で撫でる。不意の出来事にびっくりし、顔を真っ赤にして振り返るマリーナに、「アッハハハハ!」と高笑いを残し、ノヴァルナはノアと共に『クォルガルード』へ向かっていった。
▶#08につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます