#06

 

 この日の話し合いは、『クォルガルード』と『サレドーラ』が宇宙港へ到着したのが、夕刻だったこともあり、まずは救い出したノア達のケアを優先させるため、ここまでで終了した。


 軽症のソニアとメイアは、『クォルガルード』の医務室へ運ばれて、安静状態に置かれた。特にメイアは麻薬の“ボヌーク”を打たれており、鎮静剤を投与された上で、解毒ユニットが取り付けられていた。

 ホテルへ戻ったノヴァルナとノアは、当然のように同じ部屋へ入る。二人共あまり言葉を交わしはしなかったが、無論、一昨日までのようなわだかまりなど、今は微塵もない。

 部屋着に着替え、向かい合わせに食事を済ませると、シャワーを浴びてから、ソファーに二人並んで腰かけた。普段は食事を運んだ後も、二人の身の回りの世話をしているキノッサとネイミアだが、さすがに空気を読んで今夜は姿を消している。


 しんとした広いリビング…ノヴァルナが肩に右手を置き、抱き寄せると、ノアは身を任せてノヴァルナの肩に頭を預けた。そしてノヴァルナの空いている左手へ、右手を絡めて“恋人繋ぎ”にする。

 しばらく無言の間が続き、ノヴァルナは何から話を切り出そうか…と、傷を負ったノアの気持ちを気遣いながら考えた。すると、ノアの方から静かな声で問い掛けて来る。


「ね…ノヴァルナ」


「ん?…」ノヴァルナも今は静かに応じる。


「テルーザ陛下への拝謁…どうだった?」

 

 ノアの問いに、ノヴァルナは「ああ。上手くいった」と言い、自分が見て来た中立宙域の混乱と皇国中央の荒廃への懸念…そしてテルーザと友誼を交わし、皇国の再興に力を合わせる事…さらに上洛軍編成の許可を得た事といった、会談の内容をノアに伝えた。


「そう…よかった」


 するとノヴァルナは少し逡巡して、「それからな―――」と付け加える。


「陛下がな、俺の助力で皇国の実権を取り戻す事が出来たら…俺を関白に取り立ててもいい、と言ってな。まぁ、冗談だろうが…」


「え…」


 それを聞いて、ノアの眼に不安の光がよぎる。理由はノヴァルナが不安に思ったのと同じ、“因果律の揺り戻し”だった。ノヴァルナが銀河皇国関白へ登り詰めていた皇国暦1589年の未来では、ノアは死んだ事になっていた、例の話をノアも思い出したのだ。

 とその直後、ノアの表情を見たノヴァルナは不意に感情の高ぶりを覚え、ノアを抱きしめて、仰向けにソファーに寝そべった。


「ちょっと!?…ノ、ノヴァルナ!?」


 頬を染めて戸惑うノア。対するノヴァルナはリビングの天井を見詰めて、「決めた!」と強い口調で言う。


「決めた…って、何を?」


「俺は、関白にはなんねぇ!」


「え!?」


 また妙な事を言い出したと、ノヴァルナの腕の中で目を白黒させるノア。


「俺が関白にならなきゃ、おまえを失う事はねぇ! だからテルーザ陛下に協力はしても、関白にはならねぇ!!」


「でも冗談だって、いま自分で…」


「冗談だろうが、本気だろうが、ならねぇ!!―――」


 そう言ってノヴァルナは、ノアを抱きしめる腕に力を込めた。


「おまえを失う事になるってんなら、冗談だろうが本気だろうが、関白の座なんざクソ喰らえだ!!」


 それはいかにもノヴァルナらしい、些か極端な思考ではある。しかし同時に今のノヴァルナの、嘘偽らざる本心であった。“ノアがいなくなったら、俺は今の俺ではいられなくなる…”自身のこういった極端さを知るからこそ、ノヴァルナは自分を恐れたのだ。

 クーケンにはああは言ったが、ノアを怯えさせた事への、相応の報いを与えてやりたいと思う自分がいるのも確かだった。そしておそらく三年前に、ノアという存在と出逢っていなければ、自分はそういった報いを、当然のように受けさせる人間になっていたに違いない…と思えてしまう。


 そんな想いが形となったのであろう。ノアは自分を抱きしめているノヴァルナの体が、僅かに震えているのを感じた。その震えはノア自身の、取り戻したように見せていた気丈さの陰に潜む気持ちを、表面にさらけ出させる。自分もノヴァルナの体を強く抱きしめて、愛するひとの名を呼んだ。


「ノヴァルナ!―――」


 ノアも自分自身で抑圧していた思いを…恐怖を、ノヴァルナにぶつけた。我儘であっても、無理難題だったにしても構わない。今はただ、自分の本心をノヴァルナに告げたいだけだ。このひとは、それを受け止めてくれるから―――


「怖かったのよ! ばか。どうしてもっと早く、助けに来てくれなかったの!!」


 蘇る恐怖とともに溢れ出る涙に任せ、ノアはノヴァルナに縋りついて、思うままに泣きはらした。それは今回の事だけではない…二年前にも拉致されそうになった時…三年前に両親を戦いで失った時…そして故郷を遠く離れたムツルー宙域で、ノヴァルナを助けるため、自分の身を引き換えにした時に、心の奥底にしまい込んでいたものすべてであった………


「ひどいひと! あなたが!…あなたが何でも、受け止めようとするから…優しすぎるから…私も強くいなくちゃって、思っちゃうじゃない!」


 ありたけの感情を露わにして、ノアは想いの丈を口にする。



「私だって、あなたがいなくなったら―――」



 するとノヴァルナは体を入れ替えて、ノアをソファーの上に寝かせ、彼女の長い黒髪をひと撫ですると、自分の唇で唇を塞ぐ。


「!………」


 少しだけ強引な求め方のノヴァルナに、刹那の抵抗のノア。しかし絡め合った舌と指は、すぐに二人の心を溶かし、混ざり合わせてゆく………


 長く、深いくちづけを交わし、ノヴァルナとノアは見詰め合った。


「ノア………」



ノヴァルナの指先が愛おしげに滑る―――




ノアの紅潮した頬を………



艶やかな髪を………



形のいい顎を………



細い首筋を………



そして………




 戦いが、策謀が、いつこの絆を引き裂くかもしれない。自分達はそういう世界の住人なのだ。それでも…いや、そうであるからこそ、この絆を守っていきたいと、二人は見詰め合い続ける。


「ノヴァルナ…大好きだよ…」


 自分を求めるノヴァルナの指の動きに身を委ねながら、ノアは涙の滲む眼で微笑みかけ、そして囁く………




「忘れさせて………」




 やがて二人は唇を重ね…肌を重ね…ひとつとなっていった………






▶#07につづく

 

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