#05

 

 BSI部隊を失ったビーダとラクシャスの『ラッグランド58』は、すでに逃走を開始…正確には、四機目をノヴァルナに仕留められた時にはもう、逃げ出していたのであるが。


 だがノヴァルナ達もキヨウへ着くまでの戦闘で消耗しており、二人を追撃する余力は残ってはいない。酷使が続いた『センクウNX』にしても、すでに『クォルガルード』の母艦機能の整備限界を超えて、徹底的なオーバーホールが必要となっていた。ノアを酷くいたぶったビーダとラクシャスには、はらわたが煮えくり返る思いのノヴァルナであったが、今はノアのもとへ帰り、一緒にいてやるのが最優先だ。


 ノヴァルナは『クォルガルード』に帰還すると、すぐさまノアを預けたままの、『サレザード』に移乗して迎えに行った。そのノアはというと、早くも気丈さを取り戻して身なりを整え、笑顔で「おかえりなさい」と、ノヴァルナを出迎えたのである。

 ただすでに相手の事がよくわかる二人であるから、ノアがかなり無理をしている事にノヴァルナが気付くのも容易い。おそらく、一緒にいるソニアの憔悴状況を考えて、自分を奮い立たせているのだろう。


 こうしてノア達の奪還に成功し、イースキー家の討ち手を退けたノヴァルナは、再び皇都惑星キヨウの土を踏んだのであった。




 キヨウに残して来た『ホロウシュ』や、カーズマルス=タ・キーガーの特殊部隊に、アーザイル家の陸戦隊とノヴァルナが宇宙港で合流したのは、それからおよそ五時間後の事である。その中には降伏した、キネイ=クーケンらの部隊もいた。

 クーケン達の事はあとにし、ノヴァルナはまず、カーズマルス隊やアーザイル家の陸戦隊全員の前で、深く頭を下げて礼の言葉を口にする。


各々方おのおのがた、今回は本当に!…本当に世話になった!!」


 宇宙港のロビー全体へ響き渡りそうな大声で礼を言うノヴァルナに、一番驚いたのはアーザイル家の陸戦隊だった。星大名家当主が、自分達のような末端の兵士に頭を下げるなど、およそ今の時代では考えられない事だからだ。ましてや相手は、気性が荒いと噂されている、ウォーダ家のノヴァルナである。

 その一方で、ノヴァルナをよく知るカーズマルスとその部下達は、さもありなんといった表情で眼を細めた。ノヴァルナのこういった面が、彼等をして協力を惜しまなくさせているのだ。それを聞き、カーズマルスが代表する形で、恭しく言葉を返した。


「いえ。ノア姫様方がみなお戻りで、本当にようございました。我等こそ殿下のお役に立てて、光栄にございます」

 

 カーズマルスの言葉に頷いたノヴァルナは、傍らで片膝をついて控えていたキネイ=クーケンに向き直る。


「キネイ=クーケンと言ったか?」


「はっ…」


 畏まって頭を下げるクーケン。


「今回はツキが無かったな」


 気軽に声を掛けるノヴァルナに、僅かに意外そうな顔をしたクーケンだが、すぐに表情を改め、硬い口調で告げた。


「ノヴァルナ殿下をあやめようとした責任は、すべて指揮官たる私にあります。この上は何卒、報いは私一人に。部下達にはどうかお慈悲を…」


 するとノヴァルナは存外、軽い調子で応じる。


「ん?…別に、好きにすりゃいいんじゃね?」


「は?」


 興味なさげに言うノヴァルナの思いも寄らぬ言葉に、クーケンはポカンとして顔を上げた。それに対して代わりに、ノヴァルナが寄り添っていたノアが、淡々とした口調で問い掛ける。


「クーケン少佐、一つだけ訊きます。ギルターツが謀叛を起こした時、イナヴァーザン城を制圧し、我が義弟マグナッシュとキーベイトの命を奪ったのは、あなた方ですか?」


 キネイ=クーケンは三年前、ギルターツ=イースキーがドゥ・ザン=サイドゥに対して腐本を起こした際、ドゥ・ザンの留守中のイナヴァーザン城を襲撃した、オルグターツ麾下の陸戦隊に所属していた。そしてその陸戦隊はドゥ・ザンのクローン猶子で、ノアにとっては義弟となるマグナッシュと、キーベイトを殺害したのである。ノアの問いにクーケンは重々しく答えた。


「我が隊は直接、手に掛けてはおりませんが、お二方がおられた館に突入した部隊に加わっていたのは、事実にございます」


「二人の最期の様子を、知っていますか?」


「は…ドゥ・ザン様のご嫡子、リカード様とレヴァル様のご退去を援護され、御身を盾になされた上での御討ち死に。まこと武人の誉れ、これあり…と」


 それを聞いたノアはおもむろに瞼を閉じ、僅かに顔を上げる。このクローン猶子の二人の犠牲で、直系の弟二人が生き延びたのだが、ノアにとっては分け隔てなく大切な弟達であったのだろう。


「このうえは責は私に、部下達の命ばかりは何卒…」


 その件も含めて全ての責任を自分一人で負い、部下達の助命嘆願をしようとするクーケンだったが、ノアは「わかりました。ありがとう」と言って遮ると、ノヴァルナを振り向いて眼で訴える。頷いたノヴァルナはノアの肩に手を置いて告げた。その口調は、今しがたの砕けたものとは違う。


「クーケン少佐。俺とノアはある恩人に、“復讐者”にはならないと誓っている。真に責を問うならば、それは貴官の主君であるギルターツ=イースキーと、オルグターツ=イースキー。貴官らは、与えられた任務を果たしたに過ぎない。今後の事は貴官らの、思うようにするがいい」


「!!…」

 

 ノヴァルナが口にした“復讐者にはならない”という、誓いの相手…それは三年前に皇国暦1589年のムツルー宙域にノアと飛ばされた際、二人の力になってくれた恩人、カールセン=エンダーと妻のルキナの事である。

 ルキナに重傷を負わせた敵を憎み、復讐を考えたノヴァルナに、エンダー夫妻はまず星大名であるべき事を諭し、個人的な復讐のために、その力をつかうべきではない事を説いたのだ。


 罪は問わない事を示すノヴァルナの言葉に、クーケンは大きく目を見開いた。敵方であっても有力な武将なら、生かしておいて人質にする価値もあるが、武家階級の『ム・シャー』ですらない、自分のような民間人の士官が星大名家当主の殺害を図ったとなると、見せしめに処刑されるのが当然だったからだ。


 言葉を失うクーケンに、同じ陸戦特殊部隊の指揮官として互いに名を知るカーズマルスが声を掛ける。


「クーケン少佐。ノヴァルナ様とは、かようなお方だ。イースキー家に戻り再戦を期されるもよし。このまま出奔されるもよし。よく考えられるがよかろう」


 これがオルグターツ相手なら、自分は間違いなく処刑されていたはずで、ノヴァルナの度量に触れたクーケンは片膝をついたまま、深く頭を下げて「ありがとうございます…」と、絞り出すような声で礼を述べたのであった。





▶#06につづく

 

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