#22

 

 BSHOにはもう乗るなという、不躾なノヴァルナの提言に目を丸くするテルーザ。無論、いきなりそのような言葉を口にされても、冗談としか受け取れない。


「できの悪い冗談だな、ノヴァルナ。笑えぬ」


「………」


 だが無言で見返すだけのノヴァルナにテルーザは、それが冗談ではない事に気付いて、視線を険しくした。


「本気で言っているのか?」


「でなきゃ、あんた。いつか死ぬぞ」


「余は皇都を荒らす者共を、民のために成敗しているのだ」


 それを聞いてノヴァルナは、ゆっくりと首を左右に振る。


「それこそ、できの悪い冗談だな」


「なに?」


 不機嫌そうな声で反応するテルーザ。いくら普段通りの言葉遣いを許したとはいえ、不快になる発言まで許した覚えはない…そう思いかけて、しかし、自分自身を押しとどめた。ゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが述べた通りなら、ノヴァルナの煽るような物言いは、相手の器量を試しているという事である。


「わかった。まず聞こう。思う事を言ってみよ」


 ふぅ…と軽いため息をついたノヴァルナは、説くように告げた。


「民のために成敗とは聞こえはいいが、そのじつ、あんたは自己満足で戦っているだけ…悪く言やぁ、趣味で悪党どもを殺しているだけだ。民にためって理由を、自分に対する言い訳にしてな」


「!…」


 歯に衣着せぬノヴァルナの、“趣味で殺している”や“自分に対する言い訳”といった言葉に、思う事を言ってみよ…と言ったはずのテルーザも、さすがに嫌そうな顔になる。こういった面がノヴァルナの、敵を無用に作り過ぎるという欠点にも繋がるのだが、当人にそれを改める気が無い以上、どうしようもない。それを承知のうえで、ノヴァルナは言葉を続けた。


「悪党退治もいいが、皇国中央部と皇都のこの有様はなんだ? あんたにゃほかにもっと、やんなきゃなんない事が、山ほどあるんじゃないのか?」


「ムッ!…」


 “ほかにやらなければならない事が山ほどある”…それはテルーザにとって、一番触れられたくない部分であった。銀河皇国全体を統べる星帥皇と一宙域の星大名という身分の差は別にしても、同年代の相手に初顔合わせからそこまでずけずけと言われると、いくらなんでも我慢できない。つい声を荒げて言い返してしまう。


「自由な発言を許したが、そこまで言うならやはりBSHOで再戦だ。余に勝てば続きを聞いてやる!」


 するとノヴァルナも声を荒げて…あっけらかんと拒否した。


「やなこった! 勝てねーもん!」


 盛大な肩透かしに唖然とするテルーザの前で、ノヴァルナは胸をそらせ、久々にお得意の高笑いを放つ。


「アッハハハハハ!!」

 

 この突然に高笑いを発するノヴァルナの奇人ぶりに、テルーザは不意に、それまで抱いていた怒りの感情を忘れてしまう。だが不快な感じは無い。さらにノヴァルナは不敵な笑みで言い返して来た。


「どうしてもやるってんなら、今度はシミュレーターを使った艦隊戦で、勝負しようじゃねーか」


「!」


 そう言われてテルーザは眼を見開く。そしてその言葉の裏にある―――ノヴァルナという星大名の意思を知った。


「ふ…ふはははは…」


 乾いた笑いを漏らし、テレーザは目を伏せる。そして今しがたのノヴァルナの言葉をそのまま返した。


「やめておこう…勝てぬからな」


 BSIパイロットとしての技量であれば、ノヴァルナに負けるはずもないテルーザだったが、艦隊の指揮能力…つまり一軍を率いての戦い方の才能は、凡庸でしかない事は、自分自身でもよく理解できていたのである。そしてそれは、政治的才能に通じるものでもある事も。


 腹立たしいほどの自分のさらけ出し方も、このノヴァルナという奴の、友とするべき相手への接し方なのだろう…そう見抜く事ができたテルーザもまた、ノヴァルナが期待する資質を備えていたという事だった。

 それまでよりさらに砕けた様子になったテルーザは、つい先ほどのわだかまりもなく、親しげにノヴァルナに言い放つ。


「言いたい放題で、ひどい奴だな。おまえは…」


 それに対し「おう」と頷いたノヴァルナは、きっぱりと応じた。


「だが俺はツレに対して信義は通す!…んで、あんたも俺のツレだ」


 ツレ…それが“友人”という意味の俗語である事は、テルーザも知っている。万事において極端な一面を持つノヴァルナであるから、友人になるのは難しい。初めて逢った相手でも平気で、課題のようなものを与えて試すような事を仕掛ける、迷惑千万な人間である。だがそれを知ったうえで友誼を求めて来た相手には、友としての信義を惜しむことは無い。


「余が、そなたの友人…」


「おう。あんたが良ければ、だがな」


 不敵な笑みを大きくして応じるノヴァルナ。おそらく星帥皇本人を目の前にしていながら、ここまで不遜な態度をとれる者はいないだろう。気分を害したテルーザが人を呼んで軽く合図するだけで、ノヴァルナは命を失い、下手をすればウォーダ家そのものが朝敵として処断される可能性すらある。

 しかしそれを承知のうえで、ノヴァルナは友人になろうと言って来たのだ。これもまた、BSHOで命懸けの模擬戦を戦った相手同士ならではの、感覚の共有なのだろう。かつて皇国歴1589年のムツルー宙域でノヴァルナと戦い、短期間で無二の親友となった、マーシャル=ダンティスのように。


 ノヴァルナの不躾だが穏やかな言葉に、テルーザは嬉しそうな眼で頷いた………





▶#23につづく

 

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