#23

 

 一度その良さを知ってしまうと、相手はどんどん魅了されていってしまうのも、ノヴァルナの特徴である。しばらく言葉を交わすと、ノヴァルナとテルーザは旧来の友人のように打ち解けあっていた。ただそれでもノヴァルナは、星帥皇テルーザに対する気遣いを残しており、その口調は他の友人に対するよりきつくはない。


「…は? なんだあんた、『ムシャレンジャー』知らないのか?」


「う…うむ。それはそれほど面白いものなのか?」


「そりゃ人生損してるって。今じゃ俺の妹も大ファンさ」


 ノヴァルナが皇国歴1589年のムツルー宙域からこの世界へ戻る時、手土産にマーシャル=ダンティスがくれた『閃国戦隊ムシャレンジャー』のソフトは、今ではノヴァルナの三人のクローン猶子だけでなく、妹のフェアンもお気に入りとなっていたのだった。


「そうなのか? 余も観てみたいものだ」


「探させりゃ、見つかるだろ? あんた、星帥皇なんだし」


「そんな事に、星帥皇の権威を使うのか?」


 権威…と聞いて、ノヴァルナの口元は皮肉っぽく歪む。


「権威は夢幻の如くなり…ってな。いいんじゃね?」


「そのような言葉、権威の権化である星大名のおまえが、口にするのか?」


 呆れたように言うテルーザに、ノヴァルナは軽い口調で応じた。


「権威なんてものは、政治を執り行うための道具さ。それを偉いと思って畏まるかどうかなんざ、人それぞれってもんだ」


 ノヴァルナのこの発言に、テルーザは眼を逸らして告げる。


「権威は政治のための道具か…それなら余には、その権威すら無いな」


 そう言ってテルーザは、今の自分をノヴァルナに吐露した。


 二年前のはじめに事実上ミョルジ家に降伏し、その傀儡の身となって銀河皇国の全NNL制御を始めたのも、これ以上ヤヴァルトとその周辺宙域の民に、内乱による苦難を与えたくないという気持ちからであった。

 だが意に反し、ミョルジ家は内乱による荒廃を修復しようとせず、テルーザに最低限のNNL制御しか行わせなかった。それどころかミョルジ家から酒色を勧められ、怠惰な飼い殺し生活を強いて来たのである。拝謁の時、ノヴァルナが思わず二度見した絶世の美女の女官達も、ミョルジ家がテルーザに与えたものだ。


 政治から隔離されてしまったテルーザは、女官達には丁重に接しはしたものの、自分を見失わないがために、皇都を荒らすようになった略奪集団に対し、自らが討伐に出るようになり、今ではのめり込んでしまっていたのである。


「ミョルジ家が欲しているのは、NNLを維持するための、余の遺伝子情報…星帥皇の血統だけなのだ。自分達が困らないためのな」


 ミョルジ家が星帥皇テルーザを庇護下に置いているのは、ミョルジ家と彼等の同盟者達にも必要なインフラ、NNLの維持のためだった。そしてそれを維持するためには、NNLシステム開発者でもあるアスルーガ一族の、直系遺伝子情報が必要であったのである。

 

 アスルーガの直系遺伝子を持つ者は、NNLのセンターコアと限界深度までサイバーリンクすることが出来る、いわゆる“トランサー”の能力を有している。ただそれだけでは、NNLの全てを掌握する事は不可能だった。星帥皇として登録されたアスルーガの直系者の遺伝子だけに、NNLのセンターコアの方からリンクコードが書き込まれるのだ。

 上級貴族のほか、ノヴァルナなどの一部の人間の中にも稀に、“トランサー”能力を持つ者が現れるが、彼等では星帥皇にはなれないのである。無論、完全になれないわけではないが、そのためにはNNLのシステム自体を改変する必要があり、それにかかる膨大な費用と時間を考えると、今の銀河の状況でそれが可能な存在がいるとは考え難い。


 だがテルーザが自嘲的なのは、今の自分の立場についてだけではなかった。展望室の大窓の間近まで進んだテルーザは、外の景色を眺めながら、背後のノヴァルナに向けて沈んだ声で言う。


「…それにおまえが言うように、余は政治が下手だ」


 星帥皇の座に就いたテルーザは、自分が政権を取り戻した場合の、皇国の政治経済の立て直しをシミュレートし、NNLのセンターコアに診断させた事があったらしい。ところがその診断結果は、“Cマイナス”…可もなく不可もないが、評価できる点は少ないと、テルーザ自身も自分にがっかりする内容だったのだ。


 憂国の思いと再興の志だけでは補えない自らの才の不足を知り、テルーザはそして自分自身を孤立させていった。

 そのうえ、星帥皇の施政を支援すべき上級貴族―――“トランサー”能力を代々受け継げる者達は、自己の保身を第一に考えているらしく、ミョルジ家の顔色ばかりを窺っており、テルーザの反抗心に気付いた今では、距離を置くようになっていたのである。


「上級貴族達も、余の才能の無さを見抜いたのだろう。余が下手に動いて巻き添えになるのは、御免というわけだ」


 嘆息交じりに言い捨てるテルーザに、ノヴァルナは「ひでぇ連中だな」と、珍しく同乗の言葉を口にした。それに対しテルーザは「いいや―――」と言って、首を左右に振る。


「ミョルジ家が三年前、この皇都に攻め込んだ際に抵抗の意を示した貴族は、下位の者も含めて悉く、財産を没収された上に、着の身着のままで平民街に放逐されたのだ。あれを見、次は我が身やも…と一度慄けば、保身を第一に考えても、致し方あるまい」


 上級貴族の態度に理解を示すテルーザだったが、彼等が密かにミョルジ家の排除を計画している事は知らされていない。それは皇都宙域周辺で最強と思われる、イマーガラ家に軍を率いての上洛を促し、ミョルジ家を撃破させるというものだ。



 

 その上級貴族達は丁度、ノヴァルナとテルーザがいる『ゴーショ・ウルム』内の別の場所―――、最上層部とは真逆の最下層部の展望室に集まっていた。円形の展望室は巨大な『ゴーショ・ウルム』の陰の部分の中心となっており、そこから見下ろすゴーショ湾の海面は大部分が暗い。


 高い“トランサー”能力を有している上級貴族であれば、NNLを通じての密談も可能なのだが、ミョルジ家に監視されている可能性も、完全には否定できない。となるとやはり、昔ながらの直接会っての密談の方が安全というものだった。無論、公には単なる経済施策会議という事にはなっている。


「陛下はまだ、ウォーダ殿とうておられるのか…」


 瀟洒な衣装に身を包んだ上級貴族の男性が、小ぶりなホログラムスクリーンを見ながら、僅かに苛立たしく言う。スクリーンには星帥皇宮の展望室で語り合う、テルーザとノヴァルナの映像が映し出されていた。


「ずいぶん親しげなご様子…ウォーダ殿がお気に召されたようだな」


 そのスクリーンを覗き込む、別の上級貴族が面白くもなさそうに応じる。


「ウォーダのノヴァルナと言えば、名うての乱暴者で、オ・ワーリの領民も難儀していると聞く…陛下と要らぬ縁を持たれては困るな」


 そう言う別の貴族は、巷で流れるノヴァルナの悪評のまま、テルーザとの会見に否定的な言葉を述べる。


「オ・ワーリの星大名と言うても、あそこは家中で争い続けており、一国の統一すら出来ておらぬらしいではないか」


「そもそも、なぜあのような者の、陛下への目通りを許したのか? 関白殿が許可を出されたのか?」


 関白とは、状況により星帥皇に代行して政務を執り行う役職で、銀河皇国ではナンバーツーの地位になるが、特に“トランサー”能力は求められていない。現関白のサキーサ=コーネリアはミョルジ家から推された人物で、あからさまな傀儡であった。したがって当然ながらこの場にはいない。


「いいや。陛下が直接、謁見の手配を、お命じになられたらしい」


「面倒なことだ…」


「さよう。ウォーダ家は、我等が頼みのイマーガラ家の宿敵…そのような者と、陛下がよしみを通じられると、何かと厄介だぞ」


 口々に不満を述べていく上級貴族達。すると最初に発言した上級貴族が、「まあよい―――」と言いながらホログラムスクリーンを消し、双眸を陰湿に光らせて言葉を続けた。


「いずれイマーガラ家がキヨウに向け上洛の軍を起こせば、ウォーダ家などひとたまりもなく圧し潰されるであろう。陛下が和議を求める間も無く、な………」






▶#24につづく

 

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