#21
玉座を立ったテルーザは気安い空気を身に纏うと、ノヴァルナを先導する形で、謁見の間の脇にあった別の出入り口へ向かおうとする。星帥皇自らが、拝謁に来た者との公式な会見も早々に切り上げ、どこかへ連れ出そうとするのは極めて異例であり、前代未聞といっていい。
“ふーん。変わってるな…”
テルーザに歩み寄りながら、ノヴァルナは相手の個性をそう評価した。銀河皇国を統べる者にしてはフットワークが妙に軽く感じる。もっとも“変わってる”という評価なら、ノヴァルナも星大名としては相当なものだが。
「さ、ついて参れ」
ノヴァルナを促すテルーザは、二人に付き従おうとした三人の側近と四人の女官に、笑顔で静かに告げる。
「済まぬが今日は、遠慮してくれ」
テルーザの命に恭しく頭を下げる側近達。側近の男三人はどこにでもいそうな、役人風の中年男性だったが、四人の女官は全員が半端でない美女で、通り過ぎかけたノヴァルナも思わず二度見した。
時を同じくして、ノアとソニア達が乗った反重力タクシーが、目的地である立体庭園の入場ゲート前に到着する。キャビンのドアが開くと、海が近いために、揺らぐ風が潮の香りを運んで来た。その風がタクシーを降りたノアの白い頬を撫でてゆく。
庭園は植物園も兼ねており、惑星キヨウの生息植物だけでなく、銀河皇国領域内の惑星から、特徴的な植物が集められていた。それらは内部を生息惑星の環境と同じにした、透明の立方体ケースへ個々に収められており、そのケースが広大な庭園に立体的に配置されている。
この辺りは『ゴーショ・ウルム』の間近という事もあって、皇都の荒廃の影はほとんど見当たらない。ゲートの周辺にもそれなりの数、来園者の姿が見られる。そしてその来園者に紛れて配置されていたのが、イースキー家のキネイ=クーケン少佐率いる特殊部隊の兵士だった。
女性四人のノア達に対し、クーケンの部隊は五十名。アンソルヴァ星系第五惑星ルシナスでノヴァルナを襲撃した際、四名の死者を出して三十二名に減っていたのだが、その後ラクシャス=ハルマとビーダ=ザイードが連れてきた、追加の陸戦隊員十八名を合わせて、当初より兵力は増加している。
しかしこの十八名は特殊部隊ではなく、一般兵であり、クーケンは予備兵力として温存していた。練度も違う一般兵を単純に加えても、かえって使いにくくなるだけだからだ。
それにノアを狙うのであれば、数が増えても一般兵ではリスクがある。それはノアの護衛についている、メイアとマイアのカレンガミノ姉妹の存在だった。かつては同じサイドゥ家の家臣であったクーケンは、主君のノア姫を守って戦う際の、この双子姉妹の並外れた戦闘力はよく知るところだからだ。一般兵を姉妹の相手に向かわせて、いたずらに味方の損害を増やしたくはない。
そんなクーケンの兵士が紛れ込んだ立体庭園の中を、ノアとソニアは立方体の透明ケース内に植えられた異星の植物を眺めながら歩いてゆく。
緩やかな階段を昇っていく先にある透明ケースを、ソニアは指さした。
「ほらあのケース見て。ノアの故郷の星だって」
「バサラナルム…ほんとだ」
近づいてケースの中を見ると、湿地帯が多い惑星バサラナルムの北半球でよく見かける、“サンショクスイレン”と“ムラサキアシビキ”などが、小さな池の上で可憐な花を咲かせていた。“サンショクスイレン”はその名の通り、花弁の一枚ずつが桃色・黄色・薄水色の三色と色違いになっており、“ムラサキアシビキ”は水面で渦巻状に伸びた蔓に、濃い紫の小さな花がいくつも並んで咲く水草で、“アシビキ”というのは、池の中を歩いていると、その頑丈な蔓に足を取られて転倒する事が多いところから来ている。
“イナヴァーザン城の池でも、咲いてたっけ…”
そんな風に昔を懐かしむ眼をするノアの横顔に、ソニアが囁くように言う。
「ねぇ、ノア。故郷に帰りたいと思うこと…ない?」
テルーザがノヴァルナを案内したのは、謁見の間から専用通路を少し行った先にある、星帥皇宮の広大な庭園を百八十度以上に亘って見渡す事が出来る、半円状の展望室であった。
展望室自体の照明は控え目で、壁の大半を占める大窓が、外の光をたっぷりと取り込んでいた。広いフロアには数組の貴族がおり、逆光の中でシルエットとなって何かを話し合っている。そのような所への星帥皇の登場は予想外だったらしく、居合わせた貴族たちは皆、唖然とした顔で振り返った。
一斉にお辞儀をする貴族達に、ノヴァルナを従えたテルーザは軽く手を上げて、緩やかに左右へ示す。席を外してくれ…という合図だ。貴族達が目を伏せてそそくさと展望室を立ち去って行くと、大窓の近くまで進んだテルーザは、庭園に視線をやりながら、ため息を一つついた。そして砕けた口調で言う。
「つまらんものだ…」
「?」
小首をかしげるノヴァルナに、振り向いたテルーザは柔和な表情で告げた。
「あらためて、よく来てくれたウォーダ。ここからは普段通りの喋り方でよい」
眉をひそめるノヴァルナ。
「はぁ?」
「この前、“腹蔵なく”と言ったのは、そなただろう。遠慮は無用だ」
その物言いを聞いて、ノヴァルナはなるほど…と思った。さすがに今回は相手が星帥皇という事で、様子見をしていたノヴァルナだが、テルーザという人物は自分や、あの皇国暦1589年のムツルー宙域で親友となった、ダンティス家の若き当主マーシャルと“同じ側”に属しているらしい。
「じゃ、お言葉に甘えて」
そう言ったノヴァルナは、表情にいつもの不敵な笑みが宿すが、それでもテルーザへの気遣いは忘れず言葉を続けた。
「まずはこの前の模擬戦。あんたやっぱスゲーわ。対等の条件で、俺があんだけボコられたのは、初めてだった」
普段通りの言葉遣いで…と言ったが、ノヴァルナの普段通りの言葉遣い(それでもまだ控え目にしているのだが)と、いきなりの誉め言葉でテルーザは一瞬、ポカンと口をあけた。ただそのどちらもが、テルーザには好印象だったらしく、屈託のない笑顔をノヴァルナに見せた。
「そうか。そうであったか!」
二面性がある奴だな…とノヴァルナは思う。BSHOに乗っている時に会話した印象では、冷徹そうな感じだったが、今の誉められた時の反応は、まるで純真な子供のようである。そしてその両方に演技性は感じられない。しかしまぁ、パイロット…いや武将という生き物には、多かれ少なかれそういった面があるものだ。
褒められたテルーザは、子供がとっておきの玩具を自慢するような眼で、自分の専用機『ライオウXX』についてノヴァルナに教える。
「実はな、あの『ライオウ』には、AES(アサルト・エクステンデッド・システム)という、NNLで遠隔操作できる戦術支援兵器もあるのだ」
AESとは『ライオウXX』を
三年前の星帥皇室のキヨウ脱出戦で、出撃したテルーザがこのシステムを使用して戦い、追撃して来たミョルジ軍に大打撃を与えたのは、かつて述べた通りだ。
「へぇ、そいつはスゴイじゃん」
ノヴァルナが感心してみせると、テルーザはニコリと笑みを零して告げた。
「うむ。だがそなたも相当強いな。一対一で余を本気にさせたのは、兄弟子のトールボルト殿ぐらいであろうか」
トールボルトとはイーセ宙域星大名キルバルター家の当主、トールボルト=キルバルター。テルーザと共に、伝説のパイロットヴォクスデン=トゥ・カラーバの弟子として、その腕を研鑽した仲である。
「ウォーダ。今度、あらためて模擬戦をやろうではないか」
普段“ウォーダ”などと呼ばれる事が少ないノヴァルナは、苦笑いを浮かべて、「俺のことはノヴァルナでいい」と言うと、眼差しを真剣なものに変えて続けた。
「それで、あんた…もうBSHOには乗るな」
▶#22につづく
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