#05
丸目ゴーグルの男がノヴァルナ達に興味を示すと、エテルナはノヴァルナ達の前に割り込んで、事務的な口調で告げる。
「こちらは当旅館のお客様です。失礼の無いようにして下さい」
「ほう?…今どき団体のお客様ですか。これはお珍しい」
丸目ゴーグルの男はそう言うと、エテルナを押しのけるようにして、ノヴァルナ達の前に進み出た。いかにも胡散臭げな男の態度に、ノヴァルナは首を傾げて挑戦的に誰何しようとする。
「あ?…な―――」
そこまで言いかけた時、隣にいたノアが咄嗟にノヴァルナの脇腹をつねった。思わず跳び上がってノアを振り向き、抗議するノヴァルナ。
「―――ってぇなっ! なにすんだ!?」
ノヴァルナにいつものように、気に食わないからといって初見から「あ?…なんだ、てめーは?」と横柄な応対をさせてしまうと、また不要な揉め事を起こしかねない…そう思ったノアの行動だ。その隙にすかさずキノッサが一番前に進み出て、丸目ゴーグルの男に問い掛けた。
「恐れ入ります。あのぅ…貴方がたは、どのような…」
丸目ゴーグルの男は手の平を上に右腕を差し出すと、身分証明章のホログラムを浮かばせて頭を下げる。
「これは申し遅れました。はじめまして。わたくし、ザブルナル市旅館組合の組合長をしております。レバントンと申します」
「はぁ、どうも…」
中途半端な挨拶を返すキノッサに、レバントンと名乗った丸目ゴーグルの男は、作り笑いを浮かべて尋ねる。
「お見受けしたところ、さぞやご身分のお有りになる方々…宜しければ、どなた様かお教え頂けますでしょうか?」
そこでキノッサは、ノヴァルナを偽名であるガルワニーシャ重工重役の子息、ノバック=トゥーダと紹介、その婚約者と妹達を連れて旅行中だと告げた。これを聞いたレバントンは、「おお。それはまた…」と作り笑いをさらに大きくして、キノッサに持ち掛ける。
「いかがでしょう? 天光閣にお泊りになる前に、わたくし共の組合にご相談頂くというのは?…お客様のプランに合った、ザブルナル市で一番コストパフォーマンスの良いお宿を、ご紹介させて頂きますよ」
それを聞いて商売っ気の強いキノッサは、レバントンに歩み寄ると、口元を手で隠しながらヒソヒソ話をし始めた。
「ちなみに、ウチの予算は―――」
「それでしたら、団体割引にてこちらで―――」
「マジっすか! で、場所は?」
「ザブルナル市の西地区になります」
「ああじゃあ、ザブルナル市へ引き返さなきゃ」
「では、その分も割引という事で、こちらで―――」
「マジっすか!?」
目を丸くして輝かせたキノッサは、ノヴァルナの所へ来て、レバントンが提示した概算の宿泊費を小声で伝える。後ろで聞き耳を立てていたヨリューダッカ=ハッチが、“マジ?”という表情になった。相当に格安のようである。
だがその額を聞いたノヴァルナは、視線を外したままでいるエテルナの後ろ姿を一瞥し、腕を組んだまま胸を反らして言い放つ。
「やなこった!」
同時に“えっ!?”という表情になるキノッサとレバントン。驚いた表情で振り返るエテルナ。“あーあ…結局、こうなるのね”という、少々諦めの表情で額に指先をあてるノア。
誰もが飛びつくであろう、相当に安いはずの提示金額を突っぱねられたレバントンは、作り笑いを引き攣らせてノヴァルナに問い掛けた。
「お…お気に召しませんか? これでもかなりお得だと思いますが…」
「別に金には困ってねぇ!」
そう言いきってノヴァルナはますます胸を反らせる。確かに星大名家当主…いやこの場合、偽装であるガルワニーシャ重工重役の子息にとって、旅行費の高低などは些末な問題だ。しかし今はそんな事を論じているのではない。
「では、なにか他の形でサービスを―――」
「いらねー!」
言い終わる前にノヴァルナの拒絶の言葉に遮られたレバントンは、表情は作り笑いのままだが、こめかみに太い血管を浮かべた。キノッサはその場を取り繕おうとしてノヴァルナに「あの…」と呼び掛けようとするが、その途端、ノヴァルナに睨み付けられて竦み上がる。つい調子に乗って自分の若き主君の、押してはならないスイッチを押してしまった事に気付いたのだ。
「どこに泊まるか、決めるのは俺だ。俺はここの景色が気に入った。だからここに泊まる。以上だ!」
「………」
口を真一文字にしたレバントンとその取り巻き達の表情に、一瞬ドス黒いものが
「申し訳ございません。どうやらご子息様は、長旅で少々お疲れのようで…引き返さずに、こちらで早くひと休みされたいご様子。折角のお申し出は大変ありがたいのですが、今回は当初の予定通りという事で…」
キノッサの慇懃な態度に、レバントンは表向きは気にしていない素振りを見せ、丁寧に応じる。
「いえいえ。こちらこそ差し出がましい事を、申し訳ございません。もちろん、天光閣様も良いお宿でおすすめです。どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい」
レバントンはそう言ってお辞儀をした。上げた顔は口元は笑っていたが、丸目のゴーグルの中の瞳は冷淡な輝きを宿している。そしてその表情のまま、言葉を付け加えた。
「もし…お気が変わられて、お宿を移されたいと思われた時は、いつでもご相談下さいませ」
そう告げて一つ会釈をしたレバントンは、取り巻きを連れ、立ち去ろうとする。その歩調はエテルナの前で一旦緩んだ。嘲りの成分を含んだ小声で言う。
「良かったですな、『オ・カーミ』…今回は物好きなお客様で」
レバントンが姿を消すと、エテルナはノヴァルナに歩み寄って、「ご無礼を申し訳ございません」と深く頭を下げた。
「ですが、ここは彼等のご提案に、乗られた方が宜しかったのでは―――」
さらに続けようとするエテルナに、ノヴァルナは明確に告げる。もはやその口調は完全に星大名家当主のものだった。もっとも当人に最初から、隠す気はないように思えるが。
「何度も言わせるな。『オ・カーミ』、出発!」
エテルナほ「ありがとうございます」と再び深く頭を下げ、ノヴァルナ達を自分の旅館へ案内した………
▶#06につづく
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