#04
ノヴァルナ一行が到着した、キノッサ曰く“穴場の温泉地”…それは、バンクナス大火山の裾野から伸びる、大きな大地の裂け目。つまり峡谷の両側に作られていた。
アルーマという名のその地は温泉旅館をはじめ、角を丸く造った独特の建築物が木造で、大昔の皇都惑星キヨウにおいて、“東洋”と呼ばれた地方の建築物を模しているらしい。
二十軒ほどの旅館が密集した、そこかしこからは白い湯気が立ち上り、峡谷の中央には流量の多い川が流れて、ノヴァルナ達がバイクと車を峡谷の中腹に設けられた共同駐車場に止めたあとは、耳障りな雑音もなく閑静な印象を与える。
共同駐車場を使用したのは、各旅館が峡谷の崖に沿って重なるように建てられており、道はその間を縫うように細く、そのうえ多数の階段があって、乗用車が入れないからであった。
「さあさあ、着きましたですよ」
真っ先に車を降りたキノッサはそう言って、早速予約を入れてある旅館へ案内しようとする。ただどうやら、それには及ばないようであった。公共駐車場の一角にいた五人組がノヴァルナに歩み寄って来て、礼儀正しく頭を下げて挨拶をしたからである。五人組はノヴァルナらが泊まる旅館の女主人と従業員だったのだ。わざわざ出迎えに来てくれたらしい。女主人は三十代後半と思われる、黒髪の上品な女性だった。
「ガルワニーシャ重工ラゴン支社、ノバック=トゥーダ様御一行様ですね?…お迎えに上がりました。アルーマ天光閣の『オ・カーミ』を務めております、エテルナ=トルクールと申します」
今回のこのアルーマ温泉地でのノヴァルナの宿泊は、キノッサの判断でいわゆる“お忍び”としていた。星大名家当主が訪れたとなると、アルーマの“穴場”という印象が壊れてしまう…と感じたからである。そこで予約の名義としたのが、以前にも中立宙域を訪問した時に使用した、ガルワニーシャ重工の重役の息子という立場と、ノヴァルナが1589年のムツルー宙域へ飛ばされた時に使用した、ノバック=トゥーダの偽名だったのだ。なおノバック=トゥーダを名乗らせたのは、一緒にムツルー宙域へ飛ばされたノアの提案だ。久しぶりに人前でノヴァルナを、“ノバック”と呼びたいのだろう。
ノヴァルナはエテルナ軽くと向き合って答礼し、「宜しく頼む―――」と言ってさらに言葉を続けた。
「初めて聞く肩書きだが、『オ・カーミ』とはどういう意味だ?」
そのノヴァルナの口調を聞いた瞬間、キノッサは“あーあ…”という顔をする。とても民間人の物言いとは思えない、武家階級『ム・シャー』の威風を感じさせるもので、ガルワニーシャ重工重役の息子だというのは偽りなのが、丸わかりだからであった。
しかしエテルナはその辺の扱いを心得ているらしく、何食わぬ顔でノヴァルナの問いに答える。
「はい。わたくし共の業界では旅館の女主人を、このような肩書きで呼ばせて頂いております。ではどうぞこちらへ。足元にご注意ください」
エテルナに導かれ、ノヴァルナ達は宿泊先に向かうため共同駐車場から、幅がそう広くない道を進み始めた。道は自然の景観になるべく手を加えないように考えられており、所々に木造の小さな橋が架けられて、時には剥き出しの大きな岩の上を歩くようにすらなっている。
ただそれだけ注意深く作られているだけあって、木造の旅館群と融合したアルーマ峡谷の景観は、まるで上質の絵画を観ているようであった。
赤茶色の切り立った岩で出来た峡谷は、所々から細い滝が白く流れ落ちており、谷底には湯が湧き出している箇所が幾つかあって、湯気が立ち上っている。二十ほどある旅館はそれぞれ、太い桁材で組んだ土台の上に建てられていた。そして崖の至る所からは、新緑も鮮やかな木々が斜めに突き出すように生えている。
滝の流れ落ちる音と川の流れる音、峡谷を渡る鳥が甲高い声を響かせると、谷風に木々の枝がざわめいた。
「きれーい!」
姉のマリーナの腕を取り、峡谷を見渡してフェアンが声を上げる。
「だから、しがみつかないでって、言ってるでしょう」
面倒臭そうに妹を押し退けようとしているマリーナの姿を背景に、ノアはエテルナに尋ねた。
「こちらの温泉保養地は、古いのですか?」
「はい。もう四百年ほどになりますか…銀河皇国の第一期入植時から、この地は温泉保養地として栄えて参りました」
エテルナの返答に、ノヴァルナは怪訝そうな眼で周囲を見る。“栄えて来た”という割には、客の数が多く無い。いや、ほとんど見掛けないと言っていい。そう言えば共同駐車場でも、自分達以外の車は数台しか駐車していなかったのだ。それにキノッサが言った“穴場”という言葉も、客がほとんどいないという意味ではないはずである。
そんなノヴァルナの気配を察したのか、エテルナは少し苦笑いを交えて、静かな口調で付け加える。
「もっとも…近年では新たな保養地が各地に作られ、お客様の選択肢も増える結果となっておりますが」
そうかぁ?…といった表情になり、手指で頭を掻くノヴァルナ。
とその時、前方の分かれ道の一方から、二十人ほどの怪しげな一団が現れた。先頭にいるのは、丸目のゴーグルを掛けた、ストライプのスーツ姿の男だ。エテルナと面識があるらしく、口元を歪めてゆっくりと声を発した。
「おぉや、これはこれは。アルーマ天光閣の『オ・カーミ』じゃ、ありませんか。相変わらずお美しい」
「………」
無言のエテルナ。丸目のゴーグルの男はそんなエテルナに構わず、彼女が案内している客、つまりノヴァルナ達に顔を向けた。
「で、こちらは?」
▶#05につづく
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