#02
ノヴァルナのキヨウ行きは翌10日、朝の謁見で家臣団に正式通達された。
出発は二週間後の9月22日。新型の戦闘輸送艦『クォルガルード』を使用し、オウ・ルミル宙域との間の中立宙域を抜け、皇都惑星キヨウのあるヤヴァルト宙域へ向かう。
片道十日。『クォルガルード』は艦種が戦闘輸送艦で、星大名家所属の軍艦であるから、シグシーマ銀河系の主要星系を結んで張り巡らされた、超空間ゲートの使用は許可されない。ただ星帥皇室から皇都公式訪問の認可が下りたので、皇国の公用船資格を有する事になり、他の星大名はむやみに、その航行を妨害できなくなった。攻撃は皇国への反逆行為となるからである。
実はこの認可が思った以上に早く下りたため、ノヴァルナもキヨウ行きを、いきなり決断したのだった、
と言うのも、皇都の政治機能はいまだ麻痺状態に近く、公式訪問の申請をして公用船資格が認可されるまで、どれぐらいの期間が必要となるか、見当もつかないのが現状だったからである。それがこれほど早く認可されたのは、ノヴァルナを支持している皇国貴族のゲイラ・ナクナゴン=ヤーシナが、たまたま皇都に戻っていた時にこの申請の件を知り、便宜を図ってくれるよう手を回してくれたからだ。
だが星帥皇テルーザへの拝謁までには手が回らなかったらしく、会えるかどうかは行ってみないと分からない。
ノヴァルナに同行するのは婚約者のノアと、外務担当家老のテシウス=ラーム。『ホロウシュ』からラン・マリュウ=フォレスタとナルマルザ=ササーラ、カール=モ・リーラ、キスティス=ハーシェル、ヨリューダッカ=ハッチの五人。
そしてノア直属の護衛としてメイアとマイアのカレンガミノ双子姉妹に、事務官(雑用係)としてトゥ・キーツ=キノッサが加わる。
この人員構成を聞き、スェルモル城から等身大ホログラムで参加している、カッツ・ゴーンロッグ=シルバータが意見を言う。
「些か…人数的に問題が、あるのではないですか?」
「ん? 多すぎたか、ゴーンロッグ?」
軽い口調で問い返すノヴァルナに、生真面目なシルバータは、眉間に皺を寄せて自分の意見を補足した。
「逆にございます。星大名家の御当主が、その程度の数の共連れでは面目が…」
するとノヴァルナは、いつもの高笑いを交えて言い放つ。
「アッハハハハハ! ゴーンロッグ。それこそ逆だ、逆!」
「は?」
訝しげなシルバータに対し、ノヴァルナは不敵な笑みで告げた。
「こんな戦国の世であっても、一般の皇国民でさえ、一人でキヨウへ旅する事が出来るってぇのに、ぞろぞろお供がついて来る星大名様は、どんだけ臆病なんだよって話だぜ!」
それを聞いた何人かの家臣が、“またおかしな論法を…”といった顔をする。
「本当なら俺とノアと、テシウスの三人でもいいぐれぇだが、さすがにマジに怒る連中もいるからな―――」
そう言ってノヴァルナは、ラン・マリュウ=フォレスタや、カレンガミノ姉妹に一旦視線を遣り、家臣達に向き直って締めくくった。
「これでも最大限、譲歩したつもりだぜ」
「ですが万一、途中でどこかの勢力から、襲撃されでもしたら…」
そう言いだしたのは、筆頭家老のシウテ・サッド=リンである。シウテは二年半前のカルツェ・ジュ=ウォーダの謀叛に加わった主要人物の一人だが、現在は気持ちを入れ替えたらしく、誠実に職をこなしている。
それもそのはずだった。シウテの弟であったミーグ・ミーマザッカ=リンは、カルツェ謀叛の際に戦死した最大の首謀者であり、シウテ自身の罪と合わせて、リン家は取り潰されても致し方ないところであったのだ。
それをノヴァルナは寛大な裁可を下し、謹慎だけで済ませて、リン家の存続を認めたのである。となればシウテがノヴァルナに、全く頭が上がらなくなっているのも当然であった。悪く言えば上手く手懐けたというところであろうか。
「こっちは銀河皇国公用船の、お墨付きを貰ったんだぜ。それを襲って、皇国の逆賊になりたいってのか?」
そう尋ねるノヴァルナだが、自分の言葉が本心ではない事は承知の上だ。本当に襲撃の意志がある相手ならば、その辺りの情報操作や隠蔽も、手抜かりなく進めるはずだからである。
「そうは申しませんが…それにキヨウは、いまだ治安も回復していないと、聞き及んでおります。なんでも所属不明のBSIユニットを有して、略奪を繰り返している無頼の集団が、幾つもキヨウに巣食っているとか…」
「面白れぇじゃねーか!」
「え?」
「俺達がそいつらをブッ飛ばして、皇都にノヴァルナの名を轟かせてやるぜ!」
我が意を得たり!といった顔をするノヴァルナ。隣で“やれやれ…”と首を振るノア姫。戦闘輸送艦『クォルガルード』には、BSIユニットの母艦機能が備わっており、最大十一機のBSIユニットを搭載、簡単な修理と補給も行う事が出来る。そして実際、『クォルガルード』の格納庫には緊急事態に備えて『センクウNX』と、五機の『シデンSC』が搭載予定となっていた。
ノヴァルナの横顔を睨むノアは、胸の内で呟く。
“こいつ…最初から皇都で、ひと暴れするつもりだったのね”
皇都惑星の治安悪化が深刻な状況で、シウテがいま言ったような集団が暴れているという情報は、ノヴァルナも知っている。どうやらノヴァルナは皇都を訪れるついでに、そういった集団を排除するつもりらしい。
ノアの視線に気付かないのか、それとも気付かぬ振りをしているのか、ノヴァルナは意見無用とばかりに、話を打ち切った。
「異論は認めねーぞ。じゃ、この話はここまでだ」
▶#03につづく
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