#01

 

 光陰矢の如し―――


 弟カルツェ・ジュ=ウォーダの謀叛を抑え、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家が一応の秩序を取り戻してから、二年と数ヵ月の月日が流れた、皇国暦1558年の初夏。


 晴天を仰ぐキオ・スー城の天守の廊下。並んで開け放たれた窓から、微かな潮の香りを風が運んで来る。


 その廊下を小走りにやって来る、一人の小柄な若者がいた。猿顔のその若者は、十七歳となっていたトゥ・キーツ=キノッサ―――ノヴァルナの事務補佐官だ。あまり背が伸びていないのが、今現在の悩みとなっている。

 しかし事務補佐官という肩書は表向きで、実際にやっているのは、相変わらずノヴァルナ直属の雑用係である。ただこの肩書は、ノヴァルナのキオ・スー城奪取後の修繕作業で、ショウス=ナイドル配下としての仕事ぶりが認められたための、言わば“正式採用の証”の意味を持っていた。

 さらにこの前年、イースキー家との小競り合いがあり、キノッサはこの時以来、ASGULのパイロットとして実戦にも出るようになっている。とはいえ、戦果はまだないのだが。


 小走りのキノッサが辿り着いたのは、ノヴァルナの執務室の前だった。扉をノックして大声で伝える。


「トゥ・キーツ=キノッサ。参上致しました!」


 すると中からノヴァルナの「おう、入れ!」という声がする。


「失礼致します!」


 直立不動で言ったキノッサは、扉を開いて中に入った。執務机には数枚のデータホログラムが浮かんでおり、その中にはどこかの都市の映像もある。椅子に座るノヴァルナは傍らに立つノア姫と共に、キノッサに顔を向けた。


 前月に誕生日を迎えたノヴァルナは二十歳になっている。身長も少し伸び178センチ、顔立ちも精悍さを増していた。

 そしてノア・ケイティ=サイドゥは二十二歳。少し伸ばした黒髪は、背中の半分ほどまで。美しさはもちろん、艶やかさも少し加わって、女性的魅力が高まって来ており、キノッサもつい見とれてしまう。


 この二年間、キオ・スー=ウォーダ家は、外交的に幾度か綱渡り的な状況になったものの、戦闘にまで至る事は無かった。そしてその分、ノヴァルナは内政に集中し、この若き君主が見せた勤勉さには、家臣の誰もが驚いたものである。

 しかし勤勉になるほど多忙さも増すものなのか、いまだノア姫は正式には婚約者のままだ。もっとも、周囲はもはや完全に夫婦扱いしており、二人が過ごす私室では、メイアとマイアの“監視役”の姿も無くなっている。


「キノッサ!」


 唐突に本題に入るノヴァルナのやり方は、二年経っても変わらない。


「皇都見物に行くぜ!」


「げっ…」


「“げっ”てなんだよ!?」


「いえ…また始まったと思って」


「は? 何が“また始まった”だ?」


 訝しげに問い質すノヴァルナだが、眼は怒っていない。そしてキノッサも、キオ・スー=ウォーダ家の当主に対して、億するふうもなく平然と言い放つ。


「いえね。そろそろ何か言い出すんじゃないかと、『ホロウシュ』の皆様と、噂していたところでして…」


「噂だと?…どんな噂だ?」


 ノヴァルナの傍らに立つノアが、“ほろ、やっぱり…”といった顔をして、婚約者の横顔を見下ろす。「いや、だって―――」とキノッサ。先程からの言葉遣いといい、主君に対して些か横柄で不敬なように見えるキノッサだが、それをノヴァルナに咎められた事は一度もない。

 ただこれは他の家臣達が『新封建主義』の常識に基づいて、ノヴァルナに対して畏まって接しているだけで、当のノヴァルナにはそういう上辺だけの権威といったものに対する、こだわりは存在していない。

 キノッサもその事に気付いているのか、こういった半ば私的な打ち合わせの場合などは、対等に近い口の利き方をする。


「あのノヴァルナ様が二年以上も大人しく、政治関係に専念してんですよ。それが一段落し、新型の戦闘輸送艦も就役した今、ボチボチまた、なんか無茶をやらかし始めるんじゃないかと…」


「あ?…なんだと? ふざけんな、てめ! “あの”とか“やらかす”とか、人聞きの悪いこと言うな!!」


 さすがにそれは言い過ぎだろうと、しかめっ面になるノヴァルナ。キノッサが口にした新型の戦闘輸送艦とは、二年前にノアが遭遇し、自爆した『アクレイド傭兵団』の戦闘輸送艦、『ザブ・ハドル』のデータを参考に、ノヴァルナが地元の造船会社に開発させた艦である。その一番艦はさらに高速化の改良を受けて、銀河皇国公用語で“駿馬”の意を持つ『クォルガルード』の名を与えられ、ノヴァルナに献上されていた。


 キノッサが言う噂とは、内政に専念していたノヴァルナだが、二年以上が経った今、大人しくしているのもそろそろ限界に達し、以前から口にしていた幾つかの、“これからやりたい事”を突拍子もなく、「やる!」とか言い出すのではないか…というものだ。

 そしてその際に一番振り回されるのが、ノヴァルナの親衛隊『ホロウシュ』のメンバーだというわけである。もっとも、以前はノヴァルナの悪ふざけに喜んでついて来ていた彼等が、そのように考えるようになった辺りに、二年の月日の流れを感じさせたりもする。


「…ったく、ノリの悪いヤツらだぜ」


 ノヴァルナがぼやくと、傍らのノアがすかさずツッコミを入れる。


「あなたが、変わらなさ過ぎなんでしょ」


「うるせー」


 そう言って反撃に脇腹を擽ろうと伸ばしたノヴァルナの手を、ノアは「なにすんのよ!」と、自分の手でピシャリと叩く。これはこれで仲の良さを見せつけられ、キノッサは些か辟易した顔になった。それに気づいて、ノヴァルナはやや居住まいを正し、皇都へ行く目的を告げる。


「…ま、ともかくだ。皇都の状況を一度、自分の眼で確かめときたくてな。モルタナ姐さんから定期的に、報告を聞きはしているが、カーズマルスやマーディンとも直接会って、話をしてぇし」


 ノヴァルナが気になっているのは、二年も経っていながら、新たな星帥皇となったテルーザ・シスラウェラ=アスルーガの銀河皇国政権が、全くと言っていいほど政治活動を行っていない事であった。

 およそ三年前、ノヴァルナのキオ・スー=ウォーダ家奪取と同時期に、星帥皇の座に就いたテルーザだが、それは叛乱を起こしたアーワーガ宙域星大名、ナーグ・ヨッグ=ミョルジの軍門に下った結果である。言うなれば傀儡だ。


 ただそうであっても、表向きはテルーザの名でとするか、或いはナーグ・ヨッグ=ミョルジを名代として、各星大名間の交戦停止を促し、今の戦国の世の鎮静化を訴えるなりしてもいいはずだった。それが今の星帥皇室に求められる、第一の事案だからである。

 しかしそれが他の政策も含めて何も見えて来ない。昨年は一応、各星大名に“戦闘行動停止要請”なるデータ通信が送られたのだが、何の効力もないまま、一度きりで終わってしまった。


 皇国中央に動きがなければ、戦国の世がいつまでも続く事になる。


 皇国は、どこへ向かうのか―――領国を経営する身となったノヴァルナは、その辺りを自分の眼で確かめたかったのである。

 女海賊モルタナが副首領を務める『クーギス党』から、ヤヴァルト皇都宙域の情報を入手する事は可能だが、皇都キヨウに長期に渡り潜入させている協力者、カーズマルス=タ・キーガーや、前『ホロウシュ』筆頭のトゥ・シェイ=マーディンとも会いたい。それがノヴァルナがキヨウへ行く理由だ。


「はぁ。なるほど…」


 ノヴァルナが理由を告げると、キノッサは難しい話はわからない、といった顔で曖昧な返事をし、それからノアにも尋ねた。


「ノア姫様もご同行されますので?」


「ええ。私も調べたい事があるので」


 ノアの目的は休学中のキヨウ皇国大学を、一度訪問する事だ。皇国暦1589年のムツルー宙域で発見した。『超空間ネゲントロピーコイル』と、それが発生させる『トランスリープチューブ』…今の銀河皇国の技術では実現不可能とされれているものが実在していた、その手掛かりを得るためである。

 

「そういうわけで、キノッサ。旅行の段取りはナイドルの爺には言ってあっから、てめーも手伝ってやれ。それからキヨウには、てめーも連れてってやる」


「わたくしめも、でございますか!?」


 ノヴァルナの最後の言葉に、キノッサは目を輝かせた。


「おう。てめー、皇都は初めてだろ?」


「はい!…はいはい! ありがとうございます!!」


 何がそんなに嬉しいかねぇ…といった顔で頷き、ノヴァルナは「んじゃ、急いで準備を始めろ」と命じる。キノッサは「はいっ!」と威勢よく返事をすると、来た時と同じように、小走りで執務室から去っていった。


「ね。『アクレイド傭兵団』の事も調べてみる?」


 ノヴァルナと二人になったノアは、もう一つの懸案もノヴァルナに尋ねる。二年前のカルツェの謀叛で、ノアを誘拐しようとしていた『アクレイド傭兵団』は、皇都のあるヤヴァルトと、その周辺宙域を勢力圏としている。規模の大きな組織でありながら、中心部分の実態が掴めない彼等だが、キヨウに行けば少しは何か分かるかもしれない。


 ただこれについては、あまり深入りするのもどうかと…と、ノヴァルナは思っていた。


 大切なノアを危険な目に遭わせた落とし前は、たとえ実行者だったハドル=ガランジェットが死んでも、完全にはついていないと考えているノヴァルナだ。

 しかし彼等の最大の雇い主が、星帥皇室をも支配下に置いているミョルジ家であり、その勢力圏へ向かうとなると、今回は必要以上に揉め事を起こしたくない。


 そして機会があれば、星帥皇のテルーザにも直接会ってみたい、と考えていればなおさらだった。テルーザはこの時二十三歳。ノヴァルナはと同世代であり、腹蔵なく話をして、本音を聞く事が出来れば話は早い。


「まぁ。場合によっては…だな」


 ノヴァルナがそう応じると、ノアもこれに関しては異論なく、「そうね」と短く言葉を返す。だがそこで、ノヴァルナは不敵な笑みを浮かべると、ノアを見上げてあっけらかんと言い放った。


「ちなみに、向こうから因縁吹っ掛けて来た時ゃあ、遠慮なくぶっ飛ばさせてもらうのは、当たり前だかんな」


 それを聞いてノアは肩を大きく揺らし、一つため息をついて言い返す。


「ほんと…あなたって、変わらなさ過ぎなんだから」


 こうしてノアを連れたノヴァルナの、皇都キヨウへの旅が決定したのは、皇国暦1558年9月9日の事であった………





▶#02につづく

 

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