#05

 

 ドゥ・ザン=サイドゥからの、ノヴァルナ・ダン=ウォーダとの直接会見の申し込み。それはナグヤ=ウォーダ家の家臣達に少なからず動揺をもたらした。


 ノヴァルナとサイドゥ家のノア姫は、二人だけで婚約の契りを交わし、それを戦場で公然と発表するという、政略結婚が当たり前の星大名家においては前代未聞の行動に出て、イマーガラ家の宰相セッサーラ=タンゲンの軍に敗北寸前だった、両家の宇宙艦隊を立て直し、形勢を挽回する事に成功したのである。


 だがサイドゥ家当主ドゥ・ザンも、当時のナグヤ=ウォーダ家当主ヒディラス・ダン=ウォーダもこの婚約はその場しのぎのもので、一時的な休戦を両家の間で結ぶ口実に過ぎないと考えていた。

 しかしノヴァルナとノアは真面目も真面目、大真面目で勝手に逢引きし、遭遇したイガスター宙域の特殊傭兵を力を合わせて撃退。二人の意志が強固である事を、内外に示したのだ。


 これにより、そしてその後のノヴァルナが見せたヤーベングルツ家と、キオ・スー家の艦隊を次々に打ち破った電光石火の時間差攻撃、さらに例の破天荒極まりないヒディラスの葬儀の際の暴れっぷりを見て、ドゥ・ザン=サイドゥもノヴァルナに会ってみたくなったというわけだ。いやそれだけでなく、会ってみて認めるところがあれば、正式に婚約の儀を交わした上で、ノア姫を連れて行ってよいという豪気な話だった。


 ただドゥ・ザンのこの申し入れを、額面通りに受け取るのは危険過ぎるというのが、周囲の一致した見解―――ノヴァルナ派も反ノヴァルナ派も、こればかりは共通した見解である。


 ドゥ・ザン=サイドゥは“マムシのドゥ・ザン”の二つ名が示すように、その父、ショウ・ゴーロン=マツァールと共に民間人から、当時のミノネリラ宙域星大名トキ家の家老家であったサイドゥ家に潜り込み、これを内部から蚕食さんしょく。ドゥ・ザンの代になってサイドゥ家の乗っ取りに成功すると、やがては主君リノリラス=トキをも追放。ミノネリラ宙域星大名の座を奪い取った。


 このような人物であるから、ドゥ・ザンがノヴァルナを呼び出して捕らえるなり、討ち取るなりを企んでいても何ら不思議ではない。ドゥ・ザンからすれば今の弱体化したナグヤ=ウォーダ家にノア姫をくれてやっても、サイドゥ家は何の益も得られないからだ。


 ところが当のノヴァルナは、そんな事はお構いなくノリノリだった。


「いやぁー、さすがはドゥ・ザンのおっさん! 話が早いぜ!!」


 豪放に言い放ったノヴァルナは、「アッハハハ!」と高笑いを加えて、スェルモル城の廊下を歩いていた。最初の会見申し込みから一週間が経ち、“ノアを連れ帰ってもよい”という内容の第二信が届いて上機嫌のノヴァルナが向かっているのは、ナグヤ=ウォーダ家が支配する惑星ラゴン、ヤディル大陸の主要な企業代表を交えた定例経済会議だ。


 どう見てもノヴァルナには不似合いな会議だが、これもナグヤ家の当主の務めで、まだ逃げ出さずに、大人しく出席する構えを見せているだけでも、御の字というものである。もっとも会議はすでに始まっていて、筆頭家老のシウテが取り仕切っており、ノヴァルナに求められているのは顔出し程度だったのだが。


「ですが若殿。皆、此度の会見をお受けするのは危険過ぎると、反対しております」


 そう言いながらあとに続くのは、次席家老で後見人のセルシュ=ヒ・ラティオだった。さらに『ホロウシュ』のランとササーラ、そして雑用係―――今回は連絡係としてトゥ・キーツ=キノッサが同行している。


「こまけー事は、気にすんな!」


 セルシュやその他の家臣達から、すでに何度も繰り返し受けている注意であり、聞く耳は持たんとばかりに撥ねつけるノヴァルナ。ただいつも黙って見守っているランも、今回ばかりは意見を口にした。


「細かくはありません。ご当主となられたのですから、少しは弁えて頂かないと」


 前を向いたまま、落ち着いた口調で言うランにノヴァルナは振り向いて、からかうような表情で応じる。


「お? なんだラン。てめーが俺に説教なんざ、珍しーじゃねーか」


「い、いえ。私はそんなつもりは…」


 少し顔を赤らめて首を振るラン。今回の話にはノア姫も絡んでいる事から、自分の気持ちを変な方向に勘繰られたのではないかと、些か過剰反応してしまったのだ。だがノヴァルナにランの秘めた内心まで分かるはずもない。陽気な口調になって言葉を返す。


「こちとら、どうやってナグヤ家を立て直そうか考えてる最中だったんだぜ。それをわざわざ“マムシのドゥ・ザン”が、向こうから会おうって言って来てんだ。きっちり取り纏めてサイドゥ家を俺達の後ろ盾にしてやるさ」


 極めて楽観的なノヴァルナの物言いにランをはじめ、ササーラやセルシュやキノッサも小さくため息をついた。


 するとキノッサがいつもの調子で余計な事を口にする。


「いやはや、恋は盲目とはこの事ッスねぇ」


「んだと?」とノヴァルナ。


「いえね…サイドゥ家を後ろ盾にするだのと理由はつけても、とどのつまりは早いトコ、ノア姫様を手に入れたいってのが、本心じゃないんスか?」


「う…」


 視線を泳がせながらも、ノヴァルナは苦笑いを浮かべて正直に白状する。


「ま、まぁ…それも、なくはない」


 やっぱりか…とジト目になるセルシュ達。それに対してノヴァルナは、なんの根拠があるのか知らないが、自信ありげに声を上げた。


「はん! ともかく俺に任せとけ!」


 その直後、一行は会議場の扉の前に到着。両脇に控えていた執事が恭しく会釈をした。そして一人が扉を僅かに開けて中に入ると、ナグヤ家当主の到着を告げる。それに合わせてもう一人と共に両開きの扉を開いた。


 ノヴァルナは軽く右手を挙げて、飄々とした足取りをしながら会議場へ入る。当主の登場に、会議場の中にいた家臣と主要企業の代表達が一斉に起立し、頭を下げる。

 それはいいのだが、この時のノヴァルナの着衣と言えば、ジャージ姿に褞袍どてらに似た上着を羽織るという、およそ会議に顔を出すにはまたひどいものであった。というか、年が明けて寒い日が続くこのところ、ノヴァルナはこんな、あまりに庶民的過ぎる格好で城内をうろついているのだ。


 皆の冷めた視線も気にする風もなく、自分の席につくノヴァルナ。セルシュがシウテに一つ頷くと、シウテは仕方ない…とばかりに息を吐き、会議に入る。


「え…では、議題の続き。ヤディル大陸南部、第四十八次開拓計画の予算案だが…」


 だがそこで企業代表側から声が上がった。


「お待ちください。それよりこの機会にご当主、ノヴァルナ様に直に申し上げたき事がございます」


 それはウォーダ家に主要な兵器類を納めているガルワニーシャ重工の、ナグヤ支社長である。その権限は事実上ガルワニーシャ重工のナンバースリーで、財界にも相当顔が利く人物だった。ろくでもない質問なのではないかと危惧したらしく、セルシュが緊張した表情でひと言告げる。


「何事かは知らぬが、無礼な発言であれば―――」


 しかしそれをノヴァルナは着ている褞袍の裾を広げて見せて、自分の言葉で遮った。


「構わねぇから言ってみ? この通り、無礼なのは俺の方だからな」




▶#06につづく

 

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