#06

 

 支社長は頭を下げ、今回のドゥ・ザン=サイドゥとの会見に対する、経済界からの懸念を伝えた。内容は概ね、セルシュや他の家臣達が散々上奏して来た事と同じで、ノヴァルナを翻意させるようなものではない。


 ウォーダ家、特にナグヤ=ウォーダ家が領有するヤディル大陸の経済界は、昨年初めのヒディラス・ダン=ウォーダによる、ミノネリラ宙域進攻の失敗に端を発した一連の戦乱に加え、そのヒディラスの急死と人望の薄いノヴァルナの家督継承で、株価は大幅に下落しており、不況に陥っていた。最近になってノヴァルナが大人しくなり、ようやく下落に歯止めがかかったところなのだ。

 それがドゥ・ザン=サイドゥとの会見でノヴァルナが捕らえられたリ、場合によっては殺害でもされると、せっかく下落の止まった株価が再び降下を始め、もはや十年単位では立ち直れないレベルにまで下がる可能性も出て来るだろう。


「どうしても、ご自重頂く事は出来ませんか?」


 支社長の言葉に、ノヴァルナはふんぞり返って「おう!」と応じる。経済的な点から言えば財界人達と意見を同じくする、筆頭家老のシウテもノヴァルナへの説得を試みた。


「ですが地元経済の低迷は、ナグヤ家の税収にも影響します。今は家は軍の立て直し、国は経済の立て直しを最優先とすべき時期にて、市場に不安を与えるような要素は、お控えになられるた方が良いと、私も判断致しますが…」


 それを聞いたノヴァルナは「はん!」と鼻で笑い飛ばす。そして少々意地悪な表情をして、シウテから居並ぶ財界人までをぐるりと見渡して言い返した。


「いーじゃねーか。万が一、俺がドゥ・ザンのおっさんにぶっ殺されたら、カルツェの奴が当主だ。多少は混乱しても、みんなにとってはそっちの方がいいヤツも多いだろ?」


 ノヴァルナにそう言われては、シウテや財界人達も押し黙るしかない。実際に具体的な名前がノヴァルナの耳にも入っているかは不明だが、次期当主にカルツェを推していたのはナグヤ家内部だけでなく、財界の中にも相当数存在するのは事実だったのだ。ただ当のノヴァルナは、シウテ達の引け目もお構いなしに話を続ける。


「確かにカルツェなら、市場の伸びも手堅いだろうぜ。しかし、そんな悠長な事で軍の立て直してる間があるのか? 俺達はミ・ガーワの占領地を失って、今や経済力ならキオ・スー家の方が上だ。先に向こうが戦力を整えるのが道理だろ」


 ノヴァルナはあえてカルツェ派が、裏でキオ・スー家と結託している事を知りつつも、この先、キオ・スー家と決着をつけねばならない旨を口にした。逆に言えばカルツェがナグヤの当主となるなら、キオ・スー家と争う必要はないのだが、誰もそのような話を実際の主君の前で言葉に出せるはずはない。ノヴァルナはさらに続けた。


「だが、俺がここでドゥ・ザンのおっさんと正式に同盟を結んでみろ、その日その時からサイドゥ家の宇宙軍が手に入るんだぜ。こいつはデカイだろ?―――」


 そこまで言って、ノヴァルナは財界人達へ向き直る。


「―――あんたらの言葉で言やぁ投資…いや、投機ってヤツだな。元手は俺の命だがな。俺がサイドゥ軍を手に入れても、俺が死んでカルツェが当主になっても、損はしねぇさ」


 傍らでラン・マリュウ=フォレスタが、またノヴァルナ様の悪い癖が始まった…と、誰にも気づかれないように小さく肩をすくめた。何かにつけ重要な場面になると、自分の命を軽んじて扱おうとする悪い癖だ。そしてこういう時のノヴァルナは決まって、言い出したら聞かなくなる。


 言い終わったノヴァルナは、もういいだろうとばかりに席を立つ。もともと顔出し程度の出席であるから、自分の都合で退席するのも主君の特権だ。セルシュに「爺は残って、会議を続けろ」と告げ、ササーラとラン、キノッサを連れて扉へ向かう。


「あーーー。それからな…」


 立ち去り間際、シウテ達家臣団と財界人達を振り返ったノヴァルナは、自分に向けて右手の親指を突き出し、気取った態度と口調で言い放った。


「今、買い時なのは…俺だぜ!」


 唖然とするシウテ達を残して扉はバタリと閉じられる。その扉の向こうではキノッサがからかう「何スかぁ今の?…思い切りスベりましたなぁ」と、「るせぇ、サル!」というノヴァルナの怒鳴る声が、少しずつ遠ざかっていった………




 翌日、サイドゥ家から会見についての第三信が届き、会見場所はオ・ワーリ宙域との国境付近のミノネリラ宙域に位置する、トラン・ミストラル星系の遺跡地区ショーン・トィンクルとの提案があった。そこに復元された旧文明の宮殿があり、会見場所にするというのだ。

 ノヴァルナに異論なく、すぐに承諾の返信を送らせると、出発の準備を開始するよう家臣達に命じた。つまりは艦隊の出撃準備である。これに家臣達は再び驚く事になった。


 てっきりノヴァルナ一人…いやそれはなくとも、少人数の随行員を伴う程度で会見に臨むものと思っていた家臣達は、艦隊の出動を驚かないはずがない。


 ナグヤの恒星間打撃艦隊は、およそ二ヵ月前のサイドゥ家、イマーガラ家の艦隊との戦いで被った大損害からいまだ立ち直っておらず、修理が完了した艦に新造艦を加え、ようやく二個艦隊が再編を終えたばかりである。


「俺は第1艦隊で会見に行く。セルシュの爺は第2艦隊を率いてラゴンに待機。スェルモル城にカルツェを副当主として置き、ナグヤの城にはシウテの爺。フルンタール城にはナイドルの爺を入れる。さらにヴァルツの叔父御おじごにも艦隊を出してもらい、守備の補佐にあてる」


 そう指示を出すノヴァルナの的確さもまた、家臣達を驚かせた一つだ。口さがない者達は、第1艦隊まで引き連れていくノヴァルナに、“さすがの大うつけも、やはりマムシのドゥ・ザンが怖いのだ”と陰口を叩いたが、親ノヴァルナ派はむしろ、護衛部隊を連れて行く事に安堵を覚えた。


 その一方でノヴァルナ自身は、「ドゥ・ザンのおっさんも“艦隊を連れて来るな”、とは言ってねーからな」とうそぶきながら、艦隊無しでのこのこ出て行ったら、本当に討ち取られるであろう事を感じ取っていた。無論、確証があるわけではないが、ドゥ・ザン=サイドゥとはそういう人間だと分かるのである。


 またこの頃では、ノヴァルナは以前のように、反重力バイクで城を飛び出して行く事が多くなっていた。僅かな人数の『ホロウシュ』だけが従い、どこで何をしているのか不明だが、夕刻に帰って来ると時折、雑用係のキノッサを呼びつけて、何かを記入したデータパッドを渡する光景が見掛けられている。




 そしてやがて、ドゥ・ザンとの会見に出発する日がやって来た。


 衛星軌道上に停泊する総旗艦『ゴウライ』へ向かうための、シャトルを置いたスェルモル城のアストロポートでは、朝の冬風に身をすくませる見送りの列がいる。


 ノヴァルナは黄色地に、黒い渦巻きが絡みつくような模様が入った、異様な柄のロングコートを来て、見送りの姉妹の肩にそれぞれの手を置いている。


「兄様、気を付けてね」


 いつになく不安そうな顔のフェアンがそう言うと、ノヴァルナは「心配すんな」と不敵な笑みで応じてさらに付け加える。


「おまえらに、新しい美人の姉ちゃんを連れて来てやっからな」


「また兄上は、軽々しくそのような事を…」


 真顔でそう窘めたのはマリーナだった。今日も別の世界で言うところの“ゴスロリ”の着衣に、右腕には人相の悪い犬の縫いぐるみを抱えている。

 ノヴァルナが気にかけているのは父ヒディラスが逝去して以来、マリーナの笑顔がめっきり減った事だった。以前からそう容易く笑ったりするマリーナではなかったが、今では僅かな笑みを見せる時もほとんどない。


 ノヴァルナは最初、マリーナが笑顔を見せなくなったのは、この前のヒディラスの葬儀で自分が行った“パフォーマンス”を、いまだに怒っているからだと思っていたのだが、どうやら違うようだった。おそらく兄が来たるべき日より早くナグヤの当主となった事を、相当深刻に受け止めているのだろう。


 事実、マリーナは弟カルツェと自分の関係を良くしていこうと、尽力を始めたばかりであったのだ。それが今回の当主継承によって、カルツェの取り巻き連中の策動も収まるどころか、これから先、さらに大きく動き出すに違いない。もしその動きにカルツェ自身が飲み込まれてしまうようなら、マリーナの手にも余るようになるはずだ。マリーナ自身もその事を分かっており、それが笑顔を見せなくなった理由だと思われる。


 その辺りもひっくるめて、ノヴァルナはマリーナの頭に手を置くと、優しく撫でてやりながら言った。


「すまねーな。おまえにや、いつも気を遣わせちまって」


 するとマリーナはツンデレぶりを発揮して、頬を赤らめて目を逸らし、大人しく頭を撫でられながらも、小言を言う口調で兄に意見する。


「そう思われるのでしたら、軽々しいお言葉はお控えになって、ともかくご無事にお帰りくださいね」


 これを見て、またむくれるのがフェアンだった。


「あー。姉様ねえさまだけ、ずるいぃぃー!」


 フェアンの抗議にノヴァルナは、やれやれ…といった表情でその頭を、マリーナと同様に撫でてやる。たちまち機嫌が直ったフェアンは嬉しそうに言う。


「やったー。兄様にいさま、大好き!」


「おう。任せとけ!」


 といつものやり取りに、変わらぬ安堵感を覚えたノヴァルナは、二人の妹との別れを終えてシャトルのタラップを上がった。ほどなく離昇を開始するシャトル。その姿が薄灰色の雲間に消えると、見上げるマリーナとフェアンの頬には冷たく、細雪が舞い降り始めていた………




▶#07につづく

 

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