#04

 

 ルキナの妊娠は診断の結果、二ヵ月目を迎えたところらしく、およそ一週間前に、この惑星ハスルヴァルスの宇宙港のロビーで体調不良を訴えたのだった。

 無論、二人にとって新たな命を授かった事は大きな喜びで、体調が整うまでのしばらくの間、この惑星に留まる事を決めたのである。しかも普段はどこかのんびり屋のカールセンには珍しく、生まれて来るのが男の子ならソルノヴァ、女の子ならアルノアと名前まで決めているほどの気の早さだった。


 それを聞いたルキナは妊娠したお腹を抱えて、カールセンが心配し、慌てるほど大笑いしたのだが、同時に子供の名前にしっかり、二人の恩人であるノヴァルナとノアの名前を入れている事に感心してみせた。ただルキナは笑顔で夫に釘を刺しておく事も忘れない。


「子供が出来るんだから、ムツルー宙域に着いたら早く仕事、探してね」


 旅立つ時にノヴァルナには、ダンティス家に職を探してみるとは告げたものの、実際に何か伝手があるわけではなかった。ノヴァルナからはナグヤ=ウォーダ家の紹介状を貰っていたが、辺境宙域のムツルーでどれほどの効果があるかは不明だ。なにせ自分達が帰るのはノヴァルナが銀河皇国関白となっている皇国暦1589年ではなく、1556年のムツルー宙域だからである。


 するとNNLのホログラム映像中継を見ている二人の部屋に、誰かの来訪を告げるチャイムが鳴った。予定されていた来客であり、新年早々であってもカールセンとルキナに驚く様子はない。ソファーを立ち上がったカールセンは来客をドアの前で出迎えた。


「どうぞ」


 カールセンの促す言葉でドアが開くと、現れたのはベージュ色のサマースーツに身を包んだ五十歳ぐらいの紳士と、白い半袖シャツに浅黄色のスラックスを穿いた十代半ばの少年である。


「やあ、どうも。新年おめでとうございます」


 カールセンの言葉に部屋を訪れた二人も「おめでとうございます」と返し、部屋に入って来る。ルキナもソファーから立ち上がって、来訪者の二人に「新年、おめでとうございます」と年始の挨拶を口にした。

 すると紳士はルキナの妊娠を知っているらしく、「奥様。お加減もおよろしいようで、安心致しました」と穏やかな笑顔を見せ、「おめでとうございます」と言いながら、連れの少年と共に会釈する。


 見たところ品のいい紳士と少年だが、分かる者にはその品の良さが、貴族ではなく武人が持つ類いの、芯の強さを感じさせるものである事に気付くはずであった。


「些か新年の祝賀に退屈しまして、少々早めに抜け出して参ったのですが、お邪魔でしたでしょうか?」


 物腰柔らかく述べる紳士に、カールセンは「とんでもありません」と笑顔を向ける。


「ルキナの恩人のお二人に、そのような御気兼ねはご無用に願います」




 エンダー夫妻の元を訪れた二人―――少年の名はジルード=ホゥ・ジェン。サンガルミ宙域星大名ホゥ・ジェン家当主、ジュリウス=ホゥ・ジェンの三男。また紳士の方はオウル・シー家当主キュルデ=オウル・シー。ホゥ・ジェン家に従属する、ムサッシ宙域内でも有力なハッチェンジ星系独立管領であった。


 二人はホゥ・ジェン家が結ぶ三国同盟の一つ、イマーガラ家の新年の祝賀行事に、外交使節の一員として参加するために、この惑星ハスルヴァルスを訪れていたのだ。

 そして前述のルキナが宇宙港で体の不調を訴えた時、その近くにいたのがこの二人であり、宇宙港スタッフへの連絡や医療スタッフの手配に、手を貸してくれたのである。


 皇国暦1589年の世界からやって来て、オ・ワーリのノヴァルナや、ミノネリラのノア姫達以外に身寄りのないエンダー夫妻にとって、二人の援助は有難いものだった。特にここトーミ宙域は、ノヴァルナにとって宿敵とも言えるイマーガラ家の領域であり、統治を任されているサヒナン家は、長女シェイヤが次期宰相となるのではないかと言われる、側近中の側近だ。

 したがってエンダー夫妻が民間人であっても、旅券発行元がナグヤ=ウォーダ家行政府となると何かにつけ、どうしても他人に比べて手続きや審査に時間と…袖の下がかかるというものだった。それをこのジルードとキュルデの二人が後ろ盾となってくれた事で、余計な手間が省けたのである。


 今日はその時の礼を兼ね、エンダー夫妻が二人を夕食に誘ったのだった。新年早々慌ただしい気もするが、ジルードとキュルデは明日にはこの惑星を離れるため、時間的に今日しか空けられないのである。


 ルキナは二人にソファーを勧め、「いま支度して参りますので、少しお待ち頂けますでしょうか」と告げる。それに対し、キュルデはむしろ申し訳なさそうに応じた。


「勿論です。我々が早く着きすぎたのですから」


 ルキナが着替える間、二人を供応したのはカールセンだった。特にホゥ・ジェン家の三男、ジルードがカールセンに求めたのは、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの人物像についてである。カールセンとルキナがノヴァルナと親しい間柄だと知ったジルードは、自分が新たにナグヤ=ウォーダ家の当主となったノヴァルナと同年代という事で、大いに興味を抱いたのだ。


 無論、ジルードもノヴァルナの名を聞いた事はあるが、やはり世間一般で言われている“カラッポ殿下”の類の話で、そういった雑音を抜きにした話を聞きたかったのである。それもあって知り合って以来、両者の仲はすぐに近しくなったというわけだ。当然、カールセンとルキナは、自分達が1589年の世界から来た事は伏せてるが。


 カールセンの見たところ、ジルード=ホゥ・ジェンも若いながら才覚に富んだ人物に思えた。穏やかな印象はノヴァルナとは真逆で、どちらかと言えばノヴァルナの弟の、カルツェと似たものがある。


 そしてジルードと共に訪れたキュルデ=オウル=シー。話を聞くうちにカールセンは、二人の関係性を知るところとなった。

 サンガルミ宙域星大名ホゥ・ジェン家当主、ジュリウス=ホゥ・ジェンの三男であるジルードは、キュルデの養子となって、いずれオウル=シー家の家督を継承するのだ。ていのいい、乗っ取りというわけである。


 これは戦略的に見て重大な事案だった。オウル=シー家はムサッシ宙域でも有力な独立管領で、ホゥ・ジェン家のジルードがその家督を継ぐという事は、ホゥ・ジェン家の支配圏が、ムサッシ宙域にも及び始めるのを示している。

 しかも話ではジルードの弟、四男のデュークもまたムサッシ宙域の有力独立管領、ファジェット家に養子へ入る事が決まっているらしく、この二家が将来的にはホゥ・ジェン家がムサッシ宙域へ進出する際の基盤となるに違いない。


 そう言えば…と、カールセンは自分達がいた時代の事を思い返した。


 関白ノヴァルナの銀河統一…その最大の敵は、西銀河ではモーリー家大連合。東銀河ではホゥ・ジェン、タ・クェルダ、ウェルズーギの新三国同盟だった。その時のホゥ・ジェン家は、スルガルム宙域だけでなくムサッシ宙域をも支配していた。この点では未来と同じ事が起ころうとしているらしい。


「これまでのお話を聞いたところ―――」


 というジルードの言葉で、カールセンの意識は現実世界に引き戻された。ここでも、ジルードの質問はノヴァルナについてだ。ただこれまでとは幾分眼差しが違って見える。


「ノヴァルナ殿下という人は、本当に面白い人のようですが…真に一国の国主足りうる、人物なのでしょうか?」


 そのジルードの言葉を聞き、カールセンは“やはりそうか…”と思った。同年代の十代半ばという若さで一方は星大名家、一方は有力独立管領家を継がなければならない上に、ノヴァルナはウォーダ家内の内紛の終息に尽力せねばならず、ジルードはオウル=シー家を完全に支配下に収めた上で、ホゥ・ジェン家のムサッシ宙域進出の先駆けを務めねばならないのだ。不安を抱えていたとしても無理はない。


 ただ、皇国暦1589年のムツルー宙域…そしてこの今の世界に来てからのノヴァルナを、間近で見て来たカールセンの答えは明白だった。


「全ては世を欺く仮の姿です。傍若無人は臨機応変の決断力。天衣無縫は天井知らずの行動力。それを見誤る者はいずれ淘汰され、真に志を同じくする者が集いましょう」


「つまり、ゆくゆくはそのような大人物になると?」


 ジルードが問い質すとカールセンは大きく頷く。皇国暦1569年のヤヴァルト銀河皇国では、ノヴァルナは皇国関白の座まで上り詰めており、文字通り大人物となっていた。

 しかしカールセンが言っているのは、そういった未来の情報を抜きにした評価なのだ。第一、すでに述べている通り、今のこの世界がカールセンのいた世界と、同じ歴史を歩むとは限らないのである。


「そうですか…」


 ジルードはそう言って考える目をした。ホゥ・ジェン家は現在、ノヴァルナのウォーダ家とは敵対関係にあるイマーガラ家と同盟を結んでいる。だが将来的にはどうなるかは不明だ。そして万が一、ウォーダ家の家勢が上がり、イマーガラ家の家勢が衰退した場合、ホゥ・ジェン家も考えなければならない時が来るだろう。ジルードは今のカールセンの言葉を胸に刻んでおこうと決めた。


 するとそこへ着替えを終えたルキナが現れた。落ち着いた色調のローズピンクとクリームホワイトの二色のドレスを着ている。その変貌ぶりに思わず目を見張る夫のカールセンに、少し自慢げな一瞥を送り、ルキナは来客の二人に笑顔で告げた。


「お待たせ致しました。さあ、参りましょう…」




▶#05につづく

 

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