#13

 

 カルル・ズール変光星団は、オ・ワーリ=シーモア星系とモルザン星系の間に位置し、周期的に表面温度が急激に変化する、誕生したばかりの五つの若い恒星が集まった星団である。ほぼ九時間ごとにオレンジ色と青白色が入れ替わる恒星が五つ、時差を置いて次々に変化するさまは美しい。


 だが実際には、色が急激な変化を繰り返すのは、恒星内部の核融合反応が不安定なためであって、銀河皇国科学省によると、この星団はあと一万年も持たないという調査結果が出ていた。一万年とは途方もない時間だが、それは人間の感覚であって、宇宙に悠久に流れる時間からすれば、憐れむべき儚い運命の星々と言える。




 ダイ・ゼン=サーガイ率いるキオ・スー家の艦隊が、ここでノヴァルナ艦隊を待ち構える事を決めたのは、この星団の外縁部にナグヤ=ウォーダ家系の補給基地があって、アーク・トゥーカー星雲から“撤退”したノヴァルナ艦隊は、ここへ一旦寄港して損害艦の修理と補給を行おうとするはずだと踏んだからだ。


 カルル・ズール変光星団外縁部のマ・トゥーヴァ補給基地は、ミ・ガーワ宙域侵攻作戦時の後方支援基地として建設されたために大規模で、司令官はウォーダ一族のブルージ=ウォーダが務め、それなりに防衛力もあった。

 ダイ・ゼンのキオ・スー艦隊はこれを包囲。ウォーダ家同士で争う事を望まない司令官ブルージは降伏した。するとそれから五時間後、哨戒プローブが、超空間転移を行ったノヴァルナ艦隊の出現を捉えたのである。


 ただ、ここでダイ・ゼンにとって想定外の事が起きた。出現したのはノヴァルナ艦隊だけでなく、その数分後、追いついて来たかのようにノヴァルナ艦隊の近くに、もう一つの宇宙艦隊が転移して来たのだ。


「モ、モルザン星系の、ヴァルツ=ウォーダ様の艦隊です!」


 解析結果を報告する、キオ・スー艦隊総旗艦『レイギョウ』のオペレーターの言葉に、ダイ・ゼンは自らが座る司令官席の肘掛けを叩いて、怒声を発した。


「馬鹿な! ノルディグ殿の艦隊はどうした!? モルザンへ向かっておらんのか!」


 ダイ・ゼンはノヴァルナ艦隊を敗走させたノルディグ=ヤーベングルツが、部隊を立て直してモルザン星系を襲うものと予想していたのだ。しかし実際には大損害を被ったのはヤーベングルツ家の方で、ノヴァルナ艦隊の敗走は演技であった。


 ノヴァルナが叔父のヴァルツにモルザン星系へ留まるように告げたのは、当然自分達がヤーベングルツ家に敗れた場合、ヴァルツに自分の領地の防衛に専念して生き延びさせるためだった。しかしその一方、自分達がヤーベングルツ家を撃退し、モルザン星系への脅威を取り除いた場合は、後背を狙って接近して来るキオ・スー家に対し、共同で対抗するための待機を指示していたのだ。


「おのれ…またしても小癪な」


 ノヴァルナ艦隊とヴァルツ艦隊が合流する様子を映す、ホログラムスクリーンを睨み付けたダイ・ゼンが忌々しそうに言い放つ。とそこに第4艦隊を直率し、副司令官を務める弟のジーンザック=サーガイが通信を入れて来た。司令官席の前に小ぶりなホログラムスクリーンが立ち上がり、ジーンザックの顔を映す。


兄者あにじゃ、気遅れる必要はない。ヴァルツ殿が敵に加わったとて、我等の方が戦力は上だ。奪取したばかりのマ・トゥーヴァ基地の防御火器も、一部は使用可能になった。むしろ目障りな者どもを一掃する、好機ではないか」


「む…」


 武人気質のジーンザックの言葉にダイ・ゼンは、気を取り直したようであった。さらにジーンザックは続ける。


「ヴァルツ殿の艦隊は俺の第4艦隊で、基地の防御火線の中へ誘い込んで叩く。兄者は、ソーン・ミ殿の第1機動部隊と共に、ノヴァルナ殿の本隊を潰すのだ」


「うむ。なるほど」


 弟の意見を是としたダイ・ゼンは頷いて、傍らの参謀に命じた。


「すぐにソーン・ミ艦隊と連絡を取れ。BSI部隊を先に出して、ノヴァルナめの行き足を止めるのだ」


 その参謀が命令を受けて駆け去ると、入れ替わりに通信参謀が報告する。


「ノヴァルナ殿下ご本人より、通信が入っております」


「なに…?」




 回線を繋ぐ事を命じたダイ・ゼンは、スクリーンに現れたノヴァルナの、司令官席で胸を反らしてふんぞり返る姿に舌打ちした。いや、態度もそうだがダイ・ゼンが我慢ならなかったのは、ノヴァルナの着衣である。惑星シルスエルタでノア姫と会っていた時に着ていた、派手な紫色のジャケット姿のままだったのだ。


“大うつけめが…”


 腹の底で憎々しげに罵るダイ・ゼン。するとノヴァルナはそんなダイ・ゼンの神経を、逆撫でするような横柄な口調で言い放った。


「おう。何をトチ狂ってやがる、ダイ・ゼン。俺の帰り道に邪魔だ、どけ」


 自分を嫌う相手を挑発する態度とタイミングの取り方は、天性のものであろうか。見下ろすようにして足を組み替えるノヴァルナの傲慢な物言いに、ダイ・ゼンの血液は一気に沸点へ達した。ギリリ…と奥歯を噛み鳴らしたダイ・ゼンは、罵声を浴びせたい衝動をかろうじて抑えながら応答する。


「ノルディグ殿から逃れて来た、敗残の身であらせられながら…殿下は何か勘違いをなされているご様子。ここは我の袖に縋りついて、助命を請われる場面でありましょう」


 するとノヴァルナはますます不遜な態度になり、薄笑いさえ浮かべて言い放った。


「あ? なに言ってんだ、おまえ」


 こめかみに血管が浮かび上がるのを自覚するダイ・ゼン。ノヴァルナはお構いなしに、さらに続ける。


「ノルディグの野郎は見逃してやったのさ。もっとも、足腰の立たねー程度には痛めつけてやったがな。てめーもそうなりたくなかったら、とっとと道を開けな!」


 それは事実であった。二つあったヤーベングルツ家の恒星間打撃艦隊は、ノヴァルナ艦隊の前にいずれも戦力をすり減らされ、筆頭家老の命まで失って撤退している。しかしそれをノヴァルナの口から聞かされても、信じられるダイ・ゼンではなかった。理性に限界を感じてホログラムスクリーンに映るノヴァルナを指差し、強い口調で告げる。


「その傲慢さ! それが己の身を滅ぼす、全ての源と気付ぬか!! 貴様ごときがナグヤのあるじになるなど、ウォーダ家の恥! 身の程を思い知らせてくれようぞ!!」


 それを聞いたノヴァルナは、怒るどころかいつもの高笑いと共に応じた。


「アッハハハハ! そうそう、そうこなくっちゃなぁ、ダイ・ゼン!」


 そして笑い顔を収めたノヴァルナは口元を歪め、視線も鋭くダイ・ゼンを睨んだ。


「てめぇこそウォーダ家の恥とか、何様のつもりだ。ディトモスを補佐して国政を纏めるべき筆頭家老が、その主をないがしろにし、イマーガラ家と結託してまで、自分の野心にばかり固執しやがって…」


「う…ぐ」


 思わぬノヴァルナの鋭い指摘に、ダイ・ゼンはたじろいだ。座乗する『レイギョウ』の艦橋にいる乗組員達が訝しげな顔を向ける。ダイ・ゼンとイマーガラ家の関係は、彼等の預かり知らぬ事柄だったからだ。


「なっ…なにを、いい加減な!!」


 動揺を隠せないダイ・ゼンを、ノヴァルナは高笑いで嘲り飛ばした。


「アッハハハハ!」


 笑い飛ばすだけ笑い飛ばしておいて、通信を一方的に切ったノヴァルナは真顔に戻り、司令官席を立って落ち着いた口調で命じた。


「艦隊指揮はヴァルツの叔父上に任せる。今度は俺も最初から出る。各BSI部隊は発進準備を急がせろ!」


 戦術状況ホログラムを見れば、ダイ・ゼンのキオ・スー艦隊は速度を上げて前進を始めている。今の通信でダイ・ゼンが激昂しているのが手に取るように分かる動きだ。それを見たノヴァルナは不敵な笑みで、『ホロウシュ』達を引き連れて『ヒテン』の艦橋をあとにする。挑発でデカい口を叩いた以上は、自分から兵達の先頭に立たねばならない。そうでなければ兵達にのみ命を賭けさせる、本物の只の大うつけでしかない。


 この時のノヴァルナ艦隊の編成は、『ヒテン』を始めとする第3戦隊の戦艦5隻、第4戦隊の戦艦5隻。第9戦隊の重巡5隻、第13戦隊の重巡3隻、第5宙雷戦隊の軽巡2隻と駆逐艦6隻、第9宙雷戦隊の軽巡4隻と駆逐艦6隻。それに第4航宙戦隊の空母4で構成されていた。これ以外に重巡2隻、軽巡6隻、駆逐艦6隻があったが、ヤーベングルツ家との交戦で失われている。

 そこにモルザン星系から再度合流して来たノヴァルナの叔父、猛将ヴァルツ=ウォーダの艦隊、戦艦4、軽巡8、駆逐艦9、空母1が加わり、決戦の機運が高まっていた。


 対するキオ・スー艦隊も、現在出せる艦の全てを参加させており、ダイ・ゼン=サーガイの第1艦隊が戦艦14、重巡8、軽巡16、駆逐艦22。ジーンザック=サーガイの第4艦隊が戦艦8、重巡8、軽巡10、駆逐艦14、空母2。そしてソーン・ミ=ウォーダの第1機動部隊が戦艦2、重巡4、軽巡4、駆逐艦10、空母6と、ノヴァルナとヴァルツの連合艦隊を上回る戦力である。


 両軍が戦端を開いたのは、ノヴァルナが『センクウNX』に乗り込み、発進準備を終えてから、およそ十五分後のことであった。「敵BSI部隊の発艦を確認!」の報告を聞いたと同時に、ノヴァルナは『センクウNX』を『ヒテン』から発進させる。

 そのあとを同じく『ヒテン』に搭載されていたラン・マリュウ=フォレスタとナルマルザ=ササーラ、ナガート=ヤーグマーとジュゼ=ナ・カーガの親衛隊仕様BSI『シデンSC』が続く。さらに『ヒテン』の両側を守る二隻の戦艦からもサーマスタ=トゥーダ達、残りの『ホロウシュ』の機体が三機ずつ出撃して編隊を組んだ。




▶#14につづく

 

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