#14
ノヴァルナの『センクウNX』と『ホロウシュ』の『シデンSC』の発進に続いて、BSI部隊が一斉に発進する。ヘルメットの中に状況を知らせる通信が飛び交い始めた。ノヴァルナのところへも『ヒテン』のBSIコマンドコントロールから、落ち着いた女性の声で通信が入る。
「こちらコマンド・ゼロワン。これよりウイザード中隊の誘導指示を行う。専用チャンネル0―5―6に合わされたし」
ウイザード中隊とはノヴァルナと『ホロウシュ』の部隊の呼称であった。戦場では余計な敬語は命取りになるだけであり、相手が主君のノヴァルナであっても、コマンドコントロールの言葉は一般の兵士に対するものと変わらない。無論、武将の中にはこのような時でも敬語を求める者もいるが、ノヴァルナはそのようなものは望まない。
「ウイザード・ワン了解、チャンネル0―5―6確認。よろしく頼む」
「了解、ウイザード・ワン。データリンク開始に備え」
艦隊の指揮はヴァルツなら
“そいつは困るからな…”
不敵な笑みになるノヴァルナの耳に、コマンドコントロールからの情報が入る。
「ウイザード・ワン、こちらコマンド・ゼロワン。データリンク開始。敵編隊の探知方位は022マイナス12、距離約七万六千。誘導コースを送信する。ロックせよ」
「ウイザード・ワン了解」
「コマンド・ゼロワン、ロック確認。誘導開始、接敵までおよそ六分」
コマンドコントロールが通信を終えると、『センクウNX』は針路を僅かに右下方へと変更した。前衛の哨戒艦からの探知データはやはり、『センクウNX』単体の長距離センサーより遠距離で、かつ正確な情報をもたらしてくれる。機体が針路を変更すると、全周囲モニターのほぼ正面に、カルル・ズール変光星団の青白く輝く恒星の一つが、ゆっくりと滑り込んで来た。モニターの光度調節機能が作動し、恒星の眩しさを絞り込む。
“太陽を背に…か、大昔の空中戦みてぇだな”
目には見えなくとも戦術状況ホログラムには、その恒星の光の中から迫る、キオ・スーのBSI部隊が映し出されている。ぺろりと唇を舌でひと舐めしたノヴァルナは、指先に熱を感じた。
戦術状況ホログラムに映る敵機の数は三百五十機を超えている。こちらの倍近い数だ。無論ヤーベングルツ艦隊の時のように、BSIユニットだけでなくASGULや通常の攻撃艇も混じっているが、そもそもの数が違う。艦隊戦力でも向こうが倍近い。おまけにノヴァルナの艦隊は、先のヤーベングルツ艦隊との戦闘で傷ついたままの艦もいる状態だった。しかしそんな状況にノヴァルナは、ふん!…と鼻を鳴らすだけだ。
これまでの俺の戦いでこっちが有利………
なんて景気のいい話は聞いた事がねぇからな―――
とそこへ後方からBSIユニットの一団が接近して来て、指揮官機と思われる親衛隊仕様の『シデンSC』が通信回線でノヴァルナに呼び掛けて来た。
「ノヴァルナ殿下」
「おう、誰だ?」
「殿下には初の御意を得ます。ヴァルツ=ウォーダ配下のBSI部隊長を拝命しております、セロック=アガーゼアと申します。主君ヴァルツの命により、これよりノヴァルナ殿下の指揮下に入らせて頂きます」
セロック=アガーゼア…会った事はないが、その名は聞いた事がある、とノヴァルナは思い出した。猛将ヴァルツの名を輝かせる一翼を担った、モルザン星系艦隊のエースパイロットだ。艦隊指揮を叔父上に任せる代わりに、BSI部隊は俺に全て預けるという事か…ノヴァルナの不敵な笑みが大きくなる。
「そいつは頼もしいぜ。よろしくな」
その直後、コマンドコントロールがヴァルツ艦隊の砲撃開始を告げた。後方モニターに赤い曳光ビームを伴うヴァルツ艦隊の艦砲射撃が、幾筋もの矢となって放たれる。それからやや遅れてノヴァルナの艦隊も、黄緑色の曳光粒子を帯びた主砲射撃を始めた。
「野郎…叔父御の艦隊に先を越されやがって、あとでとっちめてやる」
そう呟くノヴァルナの不敵な笑みに苦笑いが混じる。応援部隊のヴァルツ艦隊が自分の艦隊より先に攻撃を始めたための苦笑いだ。ノヴァルナが一つ息をついたその時、コマンドコントロールから情報が入る。
「コマンド・ゼロワンよりウイザード中隊。接敵想定地点まで1分!」
同様の情報は後続するノヴァルナ艦隊の各BSI部隊にも届き、百八十機近いBSIが四機小隊ごとに分かれて散開し始めた。一方、ノヴァルナのウイザード中隊は、十一機がひとまとめになって直進する。戦闘を直前にノヴァルナは短く命じた。
「てめーら、死ぬんじゃねーぞ!」
すぐに『センクウNX』のコクピットを包む全周囲モニターの正面に、敵のBSI部隊のマーカーが無数に示された。黄色いマーカーが相当数赤く変わり、さらに数個が点滅し始める。同時にヘルメット内のスピーカーがピピピピ…と警告音を発した。ロックオン警報だ。だがここで慌てて針路を変えると、相手の照準センサーの予測追尾を容易にする。NNLによる高深度サイバーリンクが、意識の中で敵との立体的な相対位置を描き出した。
そしてスピーカーからの警告音のボリュームが跳ね上がって、最終的危険状況を告げ始める寸前に、ノヴァルナは自分の機体が右手に握る超電磁ライフルを三連射、一気に操縦桿を引いて急上昇し、さらに捻りを加えた左旋回、右斜めスクロールを続ける。瞬間的にカルル・ズール変光星団の五つの恒星がモニター画面を縦断し、視覚では捉えられない速度で、敵のライフル弾が右、左、右と掠め飛んだ。
左下方の全周囲モニターの画面に目を遣ると、自分の撃ったライフル弾が二機に命中した表示がある。敵機がこちらを狙っている間に、自分もイルミネーターを使って複数の敵機に照準をロックしていたのだ。しかし撃破を確認している余裕はない。周囲では敵を示す黄色と赤色のマーカーと、味方を示す緑色のマーカーが入り乱れており、所々で撃破を示す白いマーカーが点滅を繰り返している。
ただノヴァルナがせわしなく回避機動を行ったのは、緒戦ではこの時のみであった。ノヴァルナ機を追い抜いて前面に進み出た、『ホロウシュ』達の『シデンSC』がノヴァルナの紋章と機体信号を狙い、武功目当てで近付いて来た敵機を、次々と撃ち落とし始めたからである。
自分達に倍する敵機…それに対してノヴァルナがとったのは、自らが餌となって敵機を引き付ける作戦だったのだ。
キオ・スー艦隊の今回の最重要目標は、ノヴァルナ・ダン=ウォーダの命を奪う事である。それはつまりノヴァルナを討ち取った者は、報償が望みのままという事だ。一夜にして城持ちになる事も、家老の座に就く事も可能な獲物が目の前に現れたとなると、欲に目がくらんでも当然だった。
特に民間出身の一般兵が乗った簡易型BSIユニットのASGULは、指揮官機の制止も聞かずに『センクウNX』目掛けて真っ直ぐに突っ込んで来ては、『シデンSC』の餌食になる、まさに“飛んで火にいる夏の虫”状態だ。
キオ・スー艦隊のASGUL乗り達のこの無謀な行動は、このところの戦い続きで、訓練と教育が充分になされたパイロットが減り、民間徴用の兵士が増えた台所事情もある。
上級兵士階級の『ム・シャー』が乗る、BSIユニットのパイロット不足も深刻だが、記憶インプラントで操縦方法を“学習”しただけのASGUL乗りは、補充が利くぶん、頭数を揃えただけの印象が強い。
「BSI部隊は何をやっておるのだ!!??」
戦術状況ホログラムが表示する、自軍BSI部隊の滅茶苦茶な動きに、ダイ・ゼンは怒りの声を上げた。まるで統制が取れておらず、バラバラに一点を目指しては損害を受けているのだ。
「それが…ノヴァルナ殿下の『センクウNX』の識別信号が、戦場で確認されまして」
オペレーターの報告に、ダイ・ゼンは「そのような事があるか、馬鹿者!」と、突き放すように叫ぶ。
「そんな信号、囮に決まっておるわ! 乗せられおって!!」
BSI部隊の数で言えばノヴァルナの部隊は半数以下。いくらノヴァルナが命知らずで破天荒な性格であっても、そのような状況で戦闘開始時から艦隊総司令官がBSHOで、のこのこと戦場に出ているはずはない―――ダイ・ゼンはそう考えていた。今回の戦いは『ナグァルラワン暗黒星団域』の時のような、小競り合いとは規模が違うのだ。
しかし、それをやるのがノヴァルナだった。
キオ・スー家のBSI部隊のコクピットには、戦術状況ホログラムに“ノヴァルナ・ダン=ウォーダここにあり!”とばかりに、金色の『流星揚羽蝶』が浮かび上がる。だがキオ・スー家のパイロットがそれを目掛けて機体を駆けさせても、金剛石もかくやと言うべき堅固な壁が立ち塞がった。
ラン・マリュウ=フォレスタが、ポジトロンパイクで敵のBSIを二つ三つと両断し、ナルマルザ=ササーラが敵のASGULを、超電磁ライフルで次々に撃ち抜く、残る八人の『ホロウシュ』もそれぞれに自分の機体を巧みに操って、主君ノヴァルナの周りに敵を寄せ付けない。
ノヴァルナを狙った一部の機体の勝手な行動は、やがてキオ・スー家BSI部隊全体の統制を失わさせ、半数以下の戦力しかないノヴァルナ側のBSI部隊に押され始めた。そしてそれは、艦隊戦にも影響を及ぼしてゆく。キオ・スー家BSI部隊の突破に成功したノヴァルナ配下のBSIが、キオ・スー家の艦艇を襲撃しだしたのだ。
▶#15につづく
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