#12

 

 それからおよそ一時間後、アーク・トゥーカー星雲会戦は終結し、大損害を受けたヤーベングルツ艦隊は領地のナルミラ星系へ向けて撤退していった。


 ノヴァルナと『ホロウシュ』の襲撃を受けたヤーベングルツ家の機動部隊―――筆頭家老ザーゴン=ダリ指揮の第2艦隊は、ノルディグの第1艦隊以上に甚大な損害を被り、筆頭家老のザーゴン=ダリは戦死。六隻あった打撃母艦(宇宙空母)は全滅。他に旗艦を含む戦艦2、軽巡4、駆逐艦9が撃破された。ノヴァルナと『ホロウシュ』の攻撃で大混乱に陥ったところに、ノヴァルナが放っていた10隻の偵察駆逐艦が群がって来て、次々に宇宙魚雷を撃ち込んだためである。


 そしてこの会戦でもう一つ特徴的だったのは、先に戦場から離脱したのがノヴァルナ艦隊だった事だ。ノヴァルナと『ホロウシュ』がザーゴン艦隊を撃破したところで、ノヴァルナの艦隊は一斉回頭を行い、全速で戦場を去って行った。途中で『センクウNX』らを回収した上で統制DFドライヴを敢行、一気にアーク・トゥーカー星雲から離れたのだ。


 これは表面上は引き分けのようにも見えた。ノヴァルナ艦隊が戦闘を途中放棄した形であるからだ。しかし実際にはこれまで述べた通り、ヤーベングルツ家の軍は回復不能なほどのダメージを受け、もはやナルミラ星系へ帰るしかなかった。

 特にBSI部隊の六隻の母艦全部が失われたのが大きい。なぜなら生存したBSIまでもが帰る場所を失くしてしまったからである。パイロットは救助出来ても、機体の回収は不可能…これではノヴァルナ艦隊が何らかの理由で逃げたのだとしても、追撃出来るはずがない。


 そして今回の侵攻のもう一つの目的、ヴァルツ=ウォーダの治めるモルザン星系の奪取は、この程度の残存戦力で到底叶うわけがない。となるとノルディグ=ヤーベングルツに出来る事はただ一つ、尻尾を巻いて逃げるしかなかったのである。




 そのノヴァルナ艦隊は今、一路、オ・ワーリ=シーモア星系方向へ急いでいた。同方向から向かって来るであろう、キオ・スー=ウォーダ家の艦隊を叩くためだ。ノヴァルナからすれば、ヤーベングルツ家の部隊よりこちらが本命だった。何をするにも惑星ラゴンへ帰れなくては始まらないからである。


 旗艦『ヒテン』の中、ノヴァルナは『ホロウシュ』達と食事をとっていた。


「ヤーベングルツの連中、意外と大した事なかったッスね」


 軽口ともとれる発言をしたのは、『ホロウシュ』の一人、サーマスタ=トゥーダだ。主君ノヴァルナより一歳年上だが、見た目はもう少し年長のような印象がある。


「そうッスね。もっと実戦経験豊富な感じだと思ってたんスけど」


 そう言って同意したのはナガート=ヤーグマーだった。数か月前の宇宙海賊騒ぎの時、ノヴァルナに同行した一人である。

 いずれもスラム街育ちの若者で、荒っぽさが言葉遣いにも感じられる。彼等のそんな物言いを聞いて、筆頭代行のナルマルザ=ササーラは“ノヴァルナ様が当主になられるとなると、この者達の言葉遣いも早く直さねばならんな…”と考えつつ自分も問い掛けた。


「確かに、敵は及び腰であったように見受けましたが…ノヴァルナ様はこの事も見越された上で、作戦を立てられたのでございますか?」


「おう」


 短く応えたノヴァルナは、フォークに山盛りに掬ったポテトサラダを口に放り込み、豪快に味わってから言葉を続ける。


「フリート・ビーイングって奴さ」


「なんですか、それは?」


 比較的言葉遣いが上達している女性『ホロウシュ』のキスティス=ハーシェルが、聞き慣れない言葉に振り向いた。


「大昔の、水上艦艇の頃からある軍事思想の一つ…実戦には出なくても、大きな艦隊戦力を保有しているという事自体が、圧力になるって考え方だ」


 フリート・ビーイングはヤーベングルツ家をはじめとする、中堅クラスの独立管領に多く見られるものであった。星系防衛艦隊とは別に強力な恒星間打撃部隊を保有する事で、自分が属する宙域や近隣の宙域の星大名に対し、政治的立場を有利に持って行こうという思想だ。

 ただこういった独立管領はそれに傾倒すると、実戦での戦力の消耗をひどく恐れるようになる。国力的に一つや二つの星系を領有する程度では、消耗戦力の補充が満足に行えないからだ。つまり自分達の戦力を磨り潰してでも勝利する、という戦い方が出来なくなるのである。


 ヤーベングルツ家はまさにこれで、ノヴァルナ艦隊に対し、戦艦部隊の遠距離射撃やBSI部隊によるアウトレンジ戦法で自軍の損害を抑え、戦力を削って後退させようという意図が明白だった。オ・ワーリ=シーモア星系方向から迫る、キオ・スー=ウォーダ家の部隊にとどめを刺させればよいと考えていたのだ。そのため、これを読んだノヴァルナの強引な攻めを耐える事が出来なかったのであった。


 ノヴァルナの解説を聞いて「なるほど」と頷き、ササーラは言葉を続けた。


「それでヤーベングルツ艦隊を、壊滅するまで攻撃しなかったのですな。下手に関わっていては後方からキオ・スー家に攻撃される。しかしヤーベングルツはある程度叩かれれば後退せざるを得ず、そうすれば我等もキオ・スー家に対して態勢を整える事が出来ると」


「まあな…ヤーベングルツの連中の戦力は、寝返った先のイマーガラ家への備えにも必要だからな」


 それは冷徹とも言えるノヴァルナの計算だった。艦隊戦力が弱体化すると、ヤーベングルツ家は新たな従属先となったイマーガラ家に対して、不利な立場となる。そうでなくとも国力以上の艦隊戦力を保有していたため、今回の損害を取り戻すのは、今の状況ではほぼ不可能だろう。


“ナルミラの領民達には可哀想だが…まぁ、せいぜいイマーガラ家に飲み込まれねぇようにするこった―――”


 自業自得と割り切ってはみても、ノヴァルナはつい胸の内で呟いた。


 領主の失策は、領民の生活にも影響を及ぼす。特にまずは武力あっての今の銀河皇国においては、その失策は時として領民の血によってあがなわれる事になるのだ。


 ヤーベングルツ家の手の内を読み切ってみせた、自分達の主君に対する称賛の目を向ける『ホロウシュ』達の前で、皿に残っていた料理を一気に口に掻き込んだノヴァルナは、グラスのミネラルウォーターをぐい!と飲み干し、それを叩きつけるようにテーブルに置いて告げた。


「よし、話は終わりだ。おまえらも早く喰え! んでもって喰ったらすぐ寝ろ! 起きたら早々にキオ・スーの連中と一戦交えるからな!!」






「大うつけめ…逃げ出しおったか」


 キオ・スー艦隊を率いる筆頭家老、ダイ・ゼン=サーガイは総旗艦『レイギョウ』の艦橋で、戦術状況ホログラムを眺めながら独り言ちた。


「化けの皮が剥がれた、と言ったところだな」


 そう言ったのはホログラム通信で全身の立体映像を映し出し、ダイ・ゼンの傍らに立っている弟のジーンザック=サーガイである。彼等の目には、戦場を急速離脱したノヴァルナ艦隊の状況が、ヤーベングルツ艦隊から逃走しているように見えているのだ。


「今までが奇襲頼みで運良くいっただけの事…正面からぶつかればこの程度よ」


 弟の言葉に応じたダイ・ゼンの、神経質そうな顔に嘲りの表情が浮かぶ。


 事実、これまでキオ・スー家がノヴァルナと直接交戦した時は、二度ともがノヴァルナによる奇襲を受けて遅れを取ったのである。ノヴァルナはいつも卑怯な不意打ちばかり…という印象しかないダイ・ゼンからすれば、敗北を認めたくないのも当然だった。


 そこにこのノヴァルナ艦隊の敗走だ。やはり正面からまともにやり合うような戦いになると、馬脚を現す二流武将であったのだ―――人間とは、自分の都合の良いように物事を解釈したがるものである。ヤーベングルツ家との戦場となった、アーク・トゥーカー星雲から慌てて離脱したように見えるノヴァルナ艦隊の動きに、ダイ・ゼンはまたもやノヴァルナという若者を侮ってしまった。一度自分で自分の心に植え付けた固定観念は、そう容易く変えられはしない。


「撤退して来るノヴァルナの艦隊を、待ち構えて撃滅する」


 ニタリと、粘着質の笑みを浮かべたダイ・ゼンが告げる。すると傍らに立つホログラムのジーンザックもゆっくりと頷いて、意見を述べた。


「だが、ヤーベングルツ家は戦場に留まったままのようだが…」


 本来ならヤーベングルツ家の追撃部隊と合わせて、ノヴァルナ艦隊を挟撃したいところだが、戦術状況ホログラムを見る限りヤーベングルツ家に追撃の様子はない。実際には大損害を受けたのはヤーベングルツ家の方で、母艦を失ったBSIからパイロットを回収するために動けずにいるのだが、ダイ・ゼンはこれを、ヤーベングルツ家はモルザン星系へ向かうために部隊を再編しているのだと考えた。


「ノルディグ殿はモルザンを欲しがっていたからな。そちらへ向かうつもりだろう」


 ダイ・ゼンがそう言うと、ジーンザックは眉をひそめた。


「よいのか?」


「構わん。怖じ気づいた大うつけなど、我等だけでも捻り潰せる。我等の戦力だけでも、大うつけの艦隊戦力を上回っておるのだからな。むしろノルディグ殿がモルザンへ向かう事で、ヴァルツ殿に動かれずに済むというもの」


「なるほど、流石は兄者だ。で、我等はどこでノヴァルナ殿を待ち構える?」


 ジーンザックの問いに、ダイ・ゼンはすでに用意していた答えを、戦術状況ホログラム上に表示させて指し示した。現在位置から約八十光年ほど前方に、星間ガスの渦の中で輝く五つの恒星がある。ダイ・ゼンは口元を歪めてその名を告げた。




「カルル・ズール変光星団。ここが大うつけの墓場となろう………」




▶#13につづく

 

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