#14

 

 ゲーブルの『ミツルギ』が下から突き出したQブレードが、上段から斬り掛かろうとする警察軍の、同型BSIの腹部をグサリと刺し貫く。そうしておいて右手を離すと、バックパック横のウェポンラックからハイブリッドライフルを取り外し、巨木の間を逃走して行く生き残りの装甲車を、情け容赦なく背後から狙撃した。火柱を噴き上げた装甲車は、もんどりうって巨木の根元に激突する。


 一機だけ残された警察軍の『ミツルギ』では、まだ二十代前半と思われる若いパイロットが、Qブレードを握って絶望的な声で罵った。


「ちくしょぉぉぉぉーーーッ!!」


 半ばやけくそで間合いを詰め、右腕一本でブレードの斬撃を繰り出す。しかしそのような攻撃が通用するはずもなく、ゲーブル機のブレードに難なく打ち払われ、さらに返す刀でQブレードを握る右腕手首を切り落とされた。

 その上、前蹴りを喰らって背中を巨木に激突させられると、ゲーブル機が至近距離で突き出したライフルに、頭部を破壊される。そして完全に戦意を失った若いパイロットの目は、前側しか映らなくなったコクピットの全周囲モニターが捉えた、自分を突き刺そうとするゲーブル機のQブレードの刃先に釘付けになった。もはやなぶり殺しだ。


「いっ!…いやだぁああああ!!!!」


 初めての実戦だったのかもしれないその若いパイロットは、冷酷な現実に涙声で絶叫した。だが次の瞬間、モニターに映るゲーブル機は、不意に後方へとびずさる。するとゲーブル機がいた位置を、ハイブリッドライフルのビームが通過した。続いて同型機の『ミツルギ』が視界を瞬時に横切る。だが自分以外に生き残りの警察軍はいないはずで、何が起きたのか理解できないまま、まだ若いパイロットは緊張の糸が切れて失神してしまった。


 若いパイロットの命を救い、ゲーブルの前に飛び込んで来た警察軍の『ミツルギ』は、ノヴァルナが操縦している機体だった。いや、そのコクピットに座っているのはノヴァルナだけではない。膝の上にはノアが乗っており、負傷で左腕が利かないノヴァルナの代わりに、左側の操縦桿を握っている。二人の乗る『ミツルギ』は右手にQブレード、左手にライフルを握っており、今の射撃は左の操縦桿を担当しているノアが撃ったのだ。だが身目麗しい姫君を膝の上に乗せているというのに、ノヴァルナ殿下はご不満の様子だった。


「ノア! てめ、当たらねぇじゃねーか!」

 【改ページ】 

 そういう言い方をされると、元来気の強いノアも黙ってはいない。


「あなたの操縦が下手くそだからでしょ!」


「はぁあ!? 重てぇのが膝の上に乗ってんだから、仕方ねぇだろ!」


 そう言って機体を捻らせ、後方へ跳びずさったゲーブル機に、追撃のブレードを振るうノヴァルナ。ゲーブルは背後の巨木を回り込んでその斬撃を躱し、ノアはお構いなしに抗議の声を上げた。


「おっ…重たいですってぇ!? 失敬ね!!!!」


 その間に巨木を回り込んだゲーブル機は、駆け出しながら、ライフルをノヴァルナとノアの機体に向けて来る。ノヴァルナはノアに「うるせ! 耳元でデカい声出すな!」と言い放ちながら、回避行動を取った。口を尖らせたノアは「なによ!」と返しながらも、操縦桿を動かしてライフルの射撃を行う。

 奇妙な話、口喧嘩をしているというのに、その動きは連携が取れていた。回避と同時に反撃したノヴァルナ機の俊敏な反応に、慌てて巨木の陰に身を隠そうとするゲーブル機。すると一発が命中し、側頭部の近接警戒センサーを破壊する。


「ほら当たった!」と自慢げなノア。


「まぐれ、まぐれ!」と言いつつ、ノヴァルナは右の操縦桿を引く。


「もぅ、ひねくれ者!」


 ノアはそう言いながら、ノヴァルナがNNL制御と右の操縦桿、そして両足のフットペダルで操る『ミツルギ』の動きに合わせて、左の操縦桿で、森の中を駆けるゲーブル機に照準を合わせた。しかしトリガースイッチを押す前に、ゲーブル機が急停止し、先に発砲して来る。ビームではなく実体弾―――擲弾だ。ノヴァルナは咄嗟に機体右手のQブレードの刃を包む、量子フィールドを停止して下から跳ね上げるように振り抜いた。原子分解斬撃能力を失ったブレードは、真っ直ぐ飛来した円筒形の擲弾を、両断する事なく打ち返す。


 野球の浅いフライのように、低い弾道で飛んだ擲弾は、ゲーブル機の直前で巨木の幹に命中して爆発を起こした。その威力は凄まじく、直径が二十メートルはある巨木の幹は大きくえぐれ、大量の木片が吹雪のように舞う。コクピットのハッチが閉じられなくなっているゲーブルは、爆風と大量の木片を浴びて視界を遮られた。


 その隙を突き、ノヴァルナは『ミツルギ』の反重力ホバーを全開にして、近接センサーの破壊で出来た死角から突撃を仕掛ける。次々と迫る巨木の幹を紙一重で躱し、瞬く間にゲーブル機と距離が詰まった。

 【改ページ】 

 一方のゲーブルは、ノヴァルナが死角を突いて来る事を予期し、木片の吹雪が収まるのを待たずにライフルを撃って来た。ノヴァルナはその攻撃を、機体を滑るように回転させてやり過ごす。


「ノア!」


「はい!」


 阿吽の呼吸で『ミツルギ』の左腕を伸ばし、ライフルを放つノヴァルナとノア。二発、三発は外れたが、四発目がゲーブル機の右腕を吹っ飛ばした。ライフルを失ったゲーブルは、機体を最大加速でノヴァルナ機へ突っ込ませる。

 Qブレードで仕掛けて来るゲーブル。同じくQブレードで打ち防ぐノヴァルナ。しかしゲーブルの狙いは斬撃ではなかった。ブレードを切り結んだまま、機体同士を激突させて来る。激しく突き飛ばされたノヴァルナとノアの『ミツルギ』は、傍らに群生していた巨大キノコの中へ倒れ込んだ。


 そのキノコは高さが七、八メートルはあった。だがやはりキノコであって柔らかく、ノヴァルナ機が倒れかかると、大量の胞子を傘の内側から濛々と噴き出して、グスグスと崩れていく。掴みどころのないキノコの組織の中で、ノヴァルナの機体はバランスも取れずに、あがきながら背中から倒れる。「くそッ、どうなってやがる!!」と罵り声を上げて、ノヴァルナは機体を起こそうとするが、乗っている『ミツルギ』は、腕も脚も機体を支えるだけの手応えがない。


 これがノヴァルナが普段乗っている専用機の『センクウNX』なら、NNLの高深度サイバーリンクで、手足の微妙な力加減を感覚的に調整して起きられるのだが、初めて乗る量産型BSIでは無理な話だ。


 この状態にゲーブルは勝利を確信した。


 敵機のパイロットはバランスを取れずに混乱している。操縦系統の制御に気を取られているこの瞬間を狙えば―――そう考えて猛然と間合いを詰め、ノヴァルナの機体に馬乗り状態になった。そして逆手に握り替えた左手のQブレードを、ノヴァルナの『ミツルギ』のコクピットに突き立てようとする。


 ところが次の瞬間である。あがいているノヴァルナの機体は、左腕だけが冷静そのものな動きを見せ、ゲーブル機にピタリと銃口を向けたのだ。


「!!!!」


 その不自然な左腕の行動に、ゲーブルが愕然として操縦桿を引いた直後、自分に向けられたライフルが火を噴く。回避しようとするゲーブル機の胸板に命中したビームは、爆発を起こし、ハッチが開いたままのコクピットに灼熱の炎を注ぎ込んだ。




▶#15につづく

 

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