#15

 

 ノヴァルナ機の左腕だけが全く別に、冷静とも言える動きでライフルを放ったのは、その左腕を操っているのがノヴァルナではなく、ノアだったからだ。

 二人の乗る『ミツルギ』が倒れた際、ノヴァルナが機体の姿勢を回復しようとしたのはゲーブルの読み通りだった。だがそれと同時にノアは、ゲーブル機の動きを警戒していたのだ。ノヴァルナが負傷で左腕の感覚が失われていたための、ノアとの相乗りという苦肉の策であったが、文字通りの“ケガの功名”である。


 しかし炎に巻かれながらも、ゲーブルはハッチの開いたコクピットから脱出した。


 飛び出したゲーブルは馬乗りしているノヴァルナ機に着地する。あちこちの皮膚が焼けただれた体で銃を握ると、もう片手をノヴァルナ機のコクピット脇にある、ハッチ強制開放レバーに掛けた。自分が乗っ取った機体同様にハッチを外から開け、中にいるノヴァルナを銃撃するためだ。




だが、戦場いくさばのノヴァルナの集中力は、やはり並外れていた―――




 ハッチが強制開放された刹那、撃たれたのはゲーブルの方だったのだ。正確にはハッチが開き切る前に、ノヴァルナが中から先に撃ったのである。ゲーブルがハッチの近くに飛び降りた足音に気付くと、即座にその意図を見抜いて、上着のポケットの中に突っ込んでいたハンドブラスターを取り出したのだった。


 肺の腑に風穴を開ける、ハンドブラスターの小爆発に両眼を見開いたゲーブルは、無言でノヴァルナの視界から転げ落ちる。


 ノアと共に『ミツルギ』のコクピットから身を乗り出したノヴァルナは、機体の脇で、落ち葉の中に半ば埋もれたゲーブルの姿を捉えた。しかしそれも束の間の事で、ゲーブルは僅かに身じろぎすると、その体から白色の光を放ちだす。視線を逸らせたノヴァルナとノアが、光が収まったところで再び目を遣ると、ゲーブルの体は灰の塊となっていた。


 ようやく脅威が去った事を確信したノアは、大きな安堵を感じながらも、ノヴァルナの負傷を気遣って控え目に抱き着いて行く。


「ノバくん…」


「ノバくん言うなって…」


 と応じるノヴァルナの声は優しい。その時になってノヴァルナは、銃を握る右手の中に違和感がある事に気付く。片方の眉を上げてその手を開いてみると、銃のグリップと一緒に木製の小さなリングを二つ、挟みこんでいた。あの木製品の工場で製造していた、リング状の固定部品である。


“工場でぶちまけた時、ポケットの中に入ってたのか…よくもまぁ、銃を撃った時に邪魔にならなかったもんだぜ”


 下手をすれば照準がずれて、ゲーブルに命中しなかったかもしれない。いや、むしろリングを挟み込んでいたために銃の角度が補正されて、ゲーブルに命中させる事ができた可能性もある。いずれにしても紙一重の結果に変わりはない。


「ノア、ありがとな…おまえがライフルを撃ってくれたおかげだぜ」


 ひねくれ者の恋人の素直な感謝の言葉に、ノアははにかんだ笑みで頷いた。そしてすぐに真顔になる。


「さあ、傷の応急処置をしましょ」


 そう言って身を屈め、『ミツルギ』のコクピット内で、医療キットを探し始めるノア。だがその直後、二人が乗る『ミツルギ』の長距離センサーが、新たな反応が複数接近して来るのを捉えた。表示では警察軍の同型BSIユニット『ミツルギ』だ。しかも数は三十を超えている。悪化するばかりの状況に、最大戦力を投入して来たのだろう。ただいわゆる“後手後手”というヤツだ。


“へいへい。もう逃げも隠れもしませんよっと…”


 胸の内で呟いたノヴァルナは、接近して来るシルスエルタ警察軍の部隊に、自分から通信回線を開いた。


「こちらはオ・ワーリ宙域星大名、ナグヤ=ウォーダ家のノヴァルナ・ダン=ウォーダ。敵の襲撃者と戦闘、これを倒したところだ。そちらとの交戦意思はない…」






 それから二時間後、首都バルタルサのシルスエルタ警察軍本部基地に収容されたノヴァルナは、医務室で左肩の負傷の治療を受けていた。やはり傷は深めであって、組織再生の治癒パッドの他に、その上から再生促進ビームが照射されている。


 その状態でノヴァルナとノアは、警察軍の幹部達に聞き取りを行われていた。ただ幹部達の表情はみな、困り顔である。なにせ傍若無人で鳴り響くナグヤの悪童が、ミノネリラ宙域星大名のサイドゥ家の姫を連れ、何者かに雇われたイガスター宙域の特殊傭兵と戦闘を行ったのだ。しかも巻き込まれた形の警察軍には、多数の死傷者まで発生している。


 ノヴァルナは警察軍が自分達を拘束して、ウォーダ家に対する有利な交渉材料にする事を警戒していたが、実際には、とんでもない厄介事を抱えてしまった…というのが、警察軍の本音であった。正直、全てを無かった事にして、二人にこの惑星を出て行ってほしいところである。


 すると医務室の扉が開き、早足で入って来た士官が、ノヴァルナとノアに聞き取りをしていたよく太った幹部に歩み寄り、何事かを耳打ちした。ギョッ!とした表情を浮かべたその幹部は、ノヴァルナに向き直って告げる。


「ノ、ノヴァルナ殿下」


「おう」


 自分の領地でもないのに偉そうなノヴァルナ。傍らでノアが小さく首を振る。


「執政官が通信でお話したいそうです。火急の知らせとか」


「おう、繋げ」


 ノヴァルナがそう応じると、目の前に白髪の初老の男が等身大のホログラムで現れた。執政官とは、この荘園星系を領地とする貴族が皇都キヨウに居住している場合、それに代わって行政管理を行う、いわゆる“代官”だ。


「ノヴァルナ殿下、お初にお目にかかります。執政官のロドート=ケーナと申します」


「ノヴァルナだ。用件は何だ?」


「実は…三時間ほど前に、御家の次席家老、セルシュ=ヒ・ラティオ殿から超空間電文を頂きまして」


「なに? 爺からだと?」


「はい。ノヴァルナ殿下を必ずや探し出して、このメッセージを渡すように申し付かりまして…その、さもなくば宇宙艦隊を差し向ける事になると」


「はぁ!?」


 それは明らかに脅迫であった。しかしそのような事を生真面目なセルシュがするとは考えられず、何かの間違いではないかとノヴァルナは訝しんだ。ケーナ執政官は続ける。


「宇宙港などに問い合わせて、四方手を尽くしていた時に、こちらの警察軍基地に殿下が保護されたとの報告を受けまして、急ぎ連絡を差し上げた次第で…」


 ノヴァルナはノアと顔を見合わせた。そして執政官に振り向いて告げる。


「メッセージと言ったな?…どこだ?」


「は。ここに」


 そう言って執政官のホログラムは右手を差し出した。そこに封筒型のホログラムが出現する。真ん中にはノヴァルナ本人の認証を必要とするロックが表示されていて、ノヴァルナはそれに人差し指で触れた。すると封筒型ホログラムは開いて、他人には見えないようにNNL変換され、ノヴァルナの網膜にメッセージ内容が映し出される。


 それを一読したノヴァルナは僅かに眉間に皺を寄せたかと思うと、右手で髪をガシガシと掻いた。そのまま一点を見詰めるノヴァルナ。ノアが「どうかしたの?」と尋ねる。


 振り向いたノヴァルナは事も無げに告げた。




「ん?…ああ、親父が死んだ」






【第19話につづく】

 

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