#13

 

 その爆発の火球を反射的に躱そうとしてバランスを崩し、ノヴァルナとノアはエアロバイクから投げ出された。バイクはそのまま巨木の幹に激突して大破する。「わあッ!」と叫んで落下するノヴァルナとノア。投げ出されたのは五十メートル程の高さからであり、いかに森林の地表が分厚い落ち葉で覆われていても、ただでは済まないはずであった。


 しかしこれもノヴァルナの悪運のなせる業であろうか。二人が落下した場所は半円形をしたテーブル状の巨大キノコが、巨木の幹の根元に幾つも重なって生えていたのだ。ボスン、ボスン、ボスン!…と柔らかなキノコの傘を突き抜け、落下のスピードが減殺されたノヴァルナとノアは、灰白色の繊維と薄黄色の胞子まみれになりながらも、怪我を負う事無く地上に降りる事が出来た。


 するとさらに上の方で爆発が起きる。ノヴァルナとノアが見上げたその先には、火球を回避するゲーブルのエアロバイクがあった。ノヴァルナに引き離されたのが逆に幸いし、何者かの待ち伏せを知ったのだろう。とそこへ大きな金属音が響き、火球を発生させた主が現れた。二機の警察軍のBSI『ミツルギ』だ。基地からスクランブル発進して二手に分かれた一方である。


「大丈夫? ノヴァルナ」


 肩の負傷を気遣って声を掛けて来るノアに、ノヴァルナは告げた。


「落ち葉の中に潜って、身を隠せ」


 問答無用で撃って来たところを見ると、いま手を挙げてノコノコ出て行くのは、危険かもしれない…というノヴァルナの判断だ。


 二機の『ミツルギ』は、上に向けて構えたハイブリッドライフルから、さらに新たな擲弾を発射した。今度は捕捉できたらしく、ゲーブルのバイクは自分から火球の一つに突っ込む形となる。黒く焼け焦げた車体が火球から飛び出して、巨木にぶつかり、地表に落下する。


「やったか?」


 パイロットがそう言い、二機の『ミツルギ』は落下したゲーブルのバイクに、銃を構えたままで歩み寄った。しかし発見したのは、駆動部から薄煙をあげているエアロバイクの車体のみで、ゲーブルの姿はない。そこに二手に分かれていた、残り二機の『ミツルギ』が森の奥から近付いて来た。合流して来たパイロットが、無線で問い掛ける。


「仕留めたのか?」


「ああ、そのはずだ」


 ゲーブルを撃ち落としたパイロットは、ハイブリッドライフルの銃口を、墜落したバイクの周囲を探るように動かしながら、合流した二機に指示する。


「先に一台を撃墜した。君たちはそっちの搭乗者を探してくれ」


 先に撃墜した一台とはノヴァルナとノアのバイクの事だ。二機は「了解」と返答して、『ミツルギ』の頭部左側から、ロッドアンテナを突き出した。対人スキャナーである。その先端を赤く光らせた二機は間隔を開けて、ノヴァルナとノアの潜む落ち葉の方へ近づき始めた。


 その直後、ゲーブルを捜索していた『ミツルギ』の一機の左肩に、そのゲーブルが上から飛び降りて来た。爆発に突っ込む寸前に樹上へ逃れていたのだ。


「おい! 左肩にいるぞ!!」


 僚機の『ミツルギ』が気付いて警告する。ゲーブルに肩に乗られた機体は、ライフルを握る右腕を回してはたき落とそうとした。ところがゲーブルは驚くべき身軽さで、スルスルと機体を滑り降りる。そして腹部のコクピットハッチの横まで辿り着くと、右手で手摺にしがみつき、左手でパイロット救出用のハッチ強制開放レバーを引いた。小さな爆発がコクピットハッチの周囲に続け様に起こり、二重構造のハッチは上下に弾けて開く。


 驚いたパイロットは腰を浮かせ、ゲーブルに掴みかかろうとした。だがゲーブルは腰のベルトから素早くアーミーナイフを抜いて、パイロットの腹を突き刺す。苦痛の表情でパイロットはゲーブルの黒い着衣の肩を鷲掴みにした。


 二人が掴み合う光景を見た僚機のパイロットは、自分もコクピットハッチを開きホルスターからハンドブラスターを抜く。BSIの武装では僚機とパイロットまで危険に晒すからだ。ゲーブルの背中に銃口を向けて鋭く叫ぶ。


「動くなッ!!!!」


 しかしゲーブルは容赦なく、パイロットの腹に刺したナイフを捻り込んで内臓をえぐると、片手でパイロットのホルスターから銃を奪い取った。そして振り向きざまに、もう一機のパイロットへ連続して三度発砲する。一発はコクピット脇で火花を上げ、あとの二発はパイロットの胸部と右腕付け根に命中した。

 さらにゲーブルは腹をえぐったパイロットをコクピットから放り出して、代わりに座席へ座る。向かい側の『ミツルギ』は重傷を負ったパイロットが、それでも必死に操縦桿を握ろうとしていた。ゲーブルは奪い取った『ミツルギ』で、向かい側の同型機を激しく蹴りつける。


 蹴りつけられた『ミツルギ』は背後の巨木の幹に激突し、開いたままのコクピットから重傷のパイロットを投げ出して横転した。この状況に気付いたあとの二機が、ノヴァルナとノアの潜んでいた場所の目前でスキャンを中断し、ライフルを構えてゲーブルに奪われた機体に向かって行く。

 ゲーブルはコクピットが開いたままの『ミツルギ』を操り、駆け足で接近して来る警察軍の同型機に向けてライフルを撃ち放った。巨木の幹に命中した超高熱粒子のビームは、その巨木を大きく削って炎を上げる。警察軍の『ミツルギ』も反撃するが、こちらも命中しない。


 三機の『ミツルギ』が巨木の間を駆けながら撃ち合う。大量の落ち葉が舞い上がって、巨木の幾つかが燃え上がり始めた。すると分離して行動していた、四台の装甲車両が出現する。装甲車両は車体上部に装備した、対戦車誘導弾を発射する。BSIユニットにも有効な兵器だ。しかし立ち並ぶ巨木が障害物となって、ゲーブルの『ミツルギ』には当たらない。逆に動きが制限される環境で車両はいい的であった。ゲーブルが撃つライフルに、三台の装甲車が破壊される。


 巨大キノコの陰の落ち葉の中から様子を窺うノヴァルナは、この惨状に思わず歯噛みした。自分達を追って来ているイガスターの特殊傭兵は、どうやら相当腕が立つようだ。イガスターの傭兵派遣公社に、かなり高額な雇い料が支払われたに違いない。


「ありゃあ…駄目だな」


 怒りを押し殺した表情でノヴァルナ呟いた。その視線の先では、銃撃は巨木が妨げて効果がないと判断した警察軍の『ミツルギ』が、Q(クァンタム)ブレードを起動させて、接近戦を挑んでいく。生き残った装甲車が逃げ出す。それには構わず、ゲーブルの『ミツルギ』はこちらもQブレードを起動させた。


「どうしたの?」


 ノヴァルナの呟きを聞いたノアが尋ねる。


「あの傭兵野郎、俺達を殺すためならなりふり構わずだ…暗殺ねらいならまだしも、これじゃあ逃げ切れたとしても、死人が増える一方だぜ」


 ノヴァルナがそう答えると、ノアは自分の恋人が、何をしようとしているか理解した。眉をひそめて問い質す。


「まさか、逃げずに戦うつもりなの?…でも、どうやって?」


「武器なら、そこに転がってるだろ」


 と告げてノヴァルナが顎をしゃくった先には、横転した警察軍の『ミツルギ』が、コクピットのハッチを開けたままになっていた。





▶#14につづく

 

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