#12

 

 ゲーブルに胸元を深く突き刺された警官が、体を激しく痙攣させて絶命するその間に、ノヴァルナはゲーブルの銃撃を受けて死んでいる警官が乗っていた、エアロバイクにノアを連れて駆け寄っていた。ざっと見て、反重力バイクと同じようなものか…と判断したノヴァルナは、ノアに「後ろに乗れ!」と告げてシートに飛び乗る。


 後方では警官の最後の一人が、ハンドブラスターを構える猶予も与えられず、エアロバイクを飛び移って来たゲーブルのメカニカルアームに、喉から頭頂部までをヘルメットごと串刺しにされた。ノヴァルナは絶叫する警官を振り返る事もせず、エアロバイクを急発進させる。頭に被っていたストライプ柄の中折れ帽だけが取り残され、路上にヒラヒラと舞い落ちた。それを見たゲーブルも、刺殺した警官を放り投げてシートに座り、エアロバイクを発進させる。


 二台のエアロバイクは加速を続け、排気口から白い蒸気を噴き出す無人工場群の間を、猛スピードで駆け抜けた。無機質な金属の壁がバイクの両側を、目にも止まらぬ速さで流れて行く。追い縋るゲーブルは、エアロバイク下部の旋回機銃を撃って来た。ノヴァルナは小刻みなジグザグ走行で、銃撃を悉く躱す。工場の壁に命中した機銃のビームが大量の火花を散らせた。

 

 すると不意にバイクは壁の列を抜ける。そこは大きな十字路になっており、自動運転で横切って来る無人トレーラーの隊列が突然姿を現した。咄嗟にハンドルを切るノヴァルナは、左肩の負傷に激痛が走って表情を歪める。急角度の右ターンでノヴァルナにしがみつく後部座席のノア。


 バイクテクニックでは、日頃の暴れん坊ぶりが幸いし、ノヴァルナの方に分があった。ノヴァルナが咄嗟のハンドル捌きで、トレーラーの車列との衝突を回避したのに対して、ゲーブルはバックパックのメカニカルアームのせいでバランスが取れず、背中からトレーラーの横腹に激突する。

 ゲーブルが背負っていたバックパックの直撃を喰らい、トレーラーのコンテナ庫は大きく凹んだ。自動運転システムが衝突事故の可能性を検知し、車列は停止した。すぐさま立ち上がったゲーブルは、バックパックに残っていたメカニカルアームが、三本とも激突の衝撃で動かなくなったのを知ると、それをかなぐり捨ててバイクを起こし、追撃を再開する。置き去りにされたバックパックは、強力な白い光を発すると灰の塊に形を変えた。


 トレーラーの車列を追い抜いたノヴァルナのエアロバイクは、木工エリアを脱し、高架道路を突っ切って市街地へと進入した。先程の工場群で製作された建材も使用されているであろう、曲線を多用して組み上げた高層木造建築が並び、路上には行き交うアントニア星人がいる。


“どっかで身を隠して、やり過ごすしかねぇな…”


 ハンドルを握るノヴァルナは、目だけを動かして街の様子を探りながら考えた。敵が一人だけになったのは結構な話だが、それでも左腕の感覚がほとんどない今の状況で、正面から戦うのは得策ではない。『ホロウシュ』のササーラやカージェス、ランといった格闘術にも優れた者なら、特殊部隊相手に一対一でも互角以上に戦えるだろうが、その彼等に訓練で勝てた事のない自分が、左腕が使えないままで格闘戦を挑もうなど、ノヴァルナも思い上がってはいない。


 しかしノヴァルナが身を隠す場所を見つけるより早く、ゲーブルが追い付いて来た。ノヴァルナがノアと二人乗りなのに対し、ゲーブルの方はバックパックを打ち捨て、身軽になったのだ。ゲーブルのエアロバイクの機銃が再び火を噴く。ノヴァルナが車体を横に滑らせてそれを避けると、機銃のビームはその先の建物のバルコニーを、ミシン掛けしたように焼き焦がした。


 同じ頃、新たに向かったエアロバイクの警官隊からの連絡も途絶えた、首都のシルスエルタ警察軍基地から、四機の陸戦型BSIユニットがスクランブル発進した。状況が把握できないまま、今度は木工エリアで工場が爆発まで起こした事で、一番恐れていたテロの可能性もあると司令部は考えたのだ。


 四機のBSIユニットは、銀河皇国直轄軍の標準型BSI『FRR-72ミツルギ』の、陸戦仕様機。宇宙戦装備が取り外され、脚部各関節のサスペンションと、反重力ホバー推進機能が強化されたタイプである。取り外された宇宙戦装備の中には、地上では重量が行動の妨げとなる、大型のショルダーアーマーも含まれており、代わりに左前腕部に緊急時展開式のエネルギーシールドを装備していた。また武装の方も、実体弾を撃ち出す超電磁ライフルではなく、ブラスターと擲弾筒を組み合わせたハイブリッドライフルだ。エネルギー兵器が多いのは、宇宙戦仕様機ほど推進用に対消滅反応炉のエネルギーを回す必要がないからであった。


 その四機の『ミツルギ』に遅れて、警察軍の四台の装甲車両が続く。


「テロリストと思われる人物は三人。警邏小隊のエアロバイク二台を奪って移動中。そちらへ位置マーカーを送る。警邏小隊は全滅した模様。追跡せよ!」


 通信機が伝える本部の指示に、『ミツルギ』のパイロットが「了解」と応じると、コクピットの戦術状況ホログラムに、首都バルタルサのマップが重なり、奪われたエアロバイクの位置が輝点で表示された。さらにその周辺が拡大され、誘導経路も合わせて浮かび上がる。状況が詳しく把握できていないために、ゲーブルもノヴァルナとノアも、まとめてテロリスト扱いだ。四機のBSIは二機ずつに分かれ、左右に展開する。それに続く四台の装甲車両は、真っ直ぐエアロバイクの後を追い始めた。


 距離を詰められまいと、建物の間を右へ左へ高速で飛ぶ、ノヴァルナとノアのエアロバイク。それを追うゲーブルのバイクが旋回機銃を発射する。


 ノヴァルナの背中にしがみつく、後部座席のノアは大声で告げた。


「ノヴァルナ!!」


「なんだ!?」


街中まちなかを逃げちゃ駄目よ! 他の人まで巻き込むわ!!」


「んな事言っても、どこをどう飛んでんだか、分かるかよ!!」


 ノアの指摘にノヴァルナがそう応えている間にも、ゲーブルのバイクからのビームが左右を掠めて、前方のオフィスビルらしき建物の外壁に命中する。窓の奥では、何が起きたのか理解できずに驚いて、こちらに頭を向ける数人の人影があった。建物だけならまだしも、このままではノアの言う通り、民間人にまで死傷者を出してしまう。


「とにかく、ビル街を抜けましょ!!」


 ノアの言葉に同意して、ノヴァルナはエアロバイクをビルが開けている方向へ向けた。ノヴァルナとノアのバイクにも旋回式機銃はあるが、使用はしていない。どのみち今の高速機動状態では、命中など期待できないからだ。

 まるで積み木の玩具を思わせる四角い構造体を幾つも重ね、曲線の支柱で周囲を編んだような木造高層建築を急角度で回り込み、広い場所へ出る。ところがそこは大勢の人々で賑わう、無数のバザーが並んだ大通りであった。


「げ! コイツはマズい!!」


 さしものノヴァルナも顔を引き攣らせるが、もはや引き返すのは不可能だ。しかもご丁寧にアントニア星人の社会習慣だろうか、バザーの多くが、極彩色に彩られた小型のアドバルーンを、看板代わりに上げている。


「ちょおーっと!! これじゃ余計、ダメでしょうが!!」


「俺のせいじゃ、ねーって!!!!」


 出逢った頃のように怒鳴り合うノアとノヴァルナ。目の前に迫って来たアドバルーンを咄嗟に回避すると、ノアは「きゃあっ!」と金切り声を上げた。危険なのはアドバルーン自体よりも、それを地上に繋ぎ止めているワイヤーだ。下手に引っ掛かってしまうと、命に係わる結果を招きかねない。

 一方のバザーに詰め掛けている人々も、突然低空飛行で突っ込んで来た二台のエアロバイクに、泡を食った様子だった。そもそもこの区域は、エアロバイクをはじめとする車両類が進入禁止となっているのだ。


 さらにゲーブルはここでもお構いなしに、ブラスターを乱射して来る。バザーのテントが燃え上がり、ビームの命中で小爆発を起こした街灯がへし折れ、買い物客の間に落下した。大通りはパニックを起こした人々で、騒然となった。


「ノヴァルナったら!!―――」


「わかってるって!!!!」


 ノアの抗議を遮ったノヴァルナは、スロットルを全開にして速度を上げ、大通りの上空を一気に縦断した。そのままで再びビルの谷間を通過し、交差する高架道路の間を潜り、一般人のエアロバイクを衝突寸前で回避、建築中の高層マンションの骨組みの中を突き抜ける。やがて市街地の端に達し、またもや巨木の森が間の前に現れた。


「ノア、掴まってろよ!!」


 そう言って森の中に突入するノヴァルナ。ビル群と違って、自然の巨木は生えている位置も不規則であり、しかも所々、長く伸びた枝が横切っている。その中をノヴァルナは駆け抜けた。太い幹の間を右へ左へ、行く手を遮る枝を上へ下へ…実際のところハンドル操作は左腕の感覚がないため、右腕一本であり、ほとんど曲芸に近かった。


 すると、追って来るゲーブルとの距離が開き始める。バイクの操縦テクニックで差が現れ始めたのだ。このような森の状態では機銃のビームも尚更当たらず、巨木の幹や枝ばかりを焼き焦がす。


“よし。このまま引き離してやるぜ!”


 バックミラーを一瞥し、ゲーブルとの距離が開き始めたのを、一瞬で確認したノヴァルナは、次の手を考えようとした。待ち伏せして、追って来たところを、エアロバイクの機銃で逆に狙撃するのもアリか…と思う。ところがその直後、前方で大きな爆発が起きた。ゲーブルの仕業ではない。他の何者かだ。





▶#13につづく

 

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