#04

 

 ノヴァルナの発言に驚いたのは、紹介されたノアも同様であった。『ビッグ・マム』のブリッジにいる全員が、ある意味“引いた”状態になる。そんな中でルキナだけが、ワクワクと嬉しそうに目を輝かせていた。


「ちっ!…ちょっとノヴァルナ!」


 耳の先まで肌に赤みがさしたノアは、小声で慌てたようにノヴァルナに呼び掛け、パイロットスーツの袖を引っ張る。


「んだよ!?」小声で面倒臭げに尋ねるノヴァルナ。


「いきなりそんな紹介の仕方…」


「いーんだよ! このねーさんは女が好きなんで、最初にガツンと言っとかねーと、あとが面倒なんだって」


 そのやり取りを見たモルタナは、「あはははははは!」と大笑いを始めた。


「まったく!…あんたにゃあ、初めて逢った時も度肝を抜かれたけど、久しぶりの再会でこれとはさ。相変わらず退屈させない兄さんだよ」


 そう言って、モルタナはノアをまじまじと眺めた。


「でも、まぁ。ふーん…」


「な、なんでしょう…?」


 赤面したまま身じろぎするノア。


「いやね、ちゃんといい女を捕まえて来たもんだと、若様に感心してるのさ」


 そう告げてノアを気恥ずかしさで俯かせたモルタナは、ノヴァルナに向き直って言う。


「やるじゃないの。若様」


 するとノヴァルナは臆面もなく言い返した。


「おう。任せとけ!」


 ただモルタナも、ノヴァルナに度肝を抜かれているばかりではない。わざとらしく、ノヴァルナに忠誠心以上の感情を抱く『ホロウシュ』の女性、ラン・マリュウ=フォレスタの名前を繰り返した。


「でもこれで、何人の女が泣く事になるかって、話だねぇ。ランちゃんとか、ランちゃんとか、ランちゃんとか…」


 モルタナの余計な印象操作でノアが顔を上げ、眉をひそめてノヴァルナに振り向く。




「ランちゃん?」


「う……お、俺の部下だって。親衛隊の」


「………」


 今しがたの「任せとけ」のドヤ顔もどこへやら、不意に挙動不審になるノヴァルナを、ノアは無言で見据えた。梯子を外すようなモルタナのやり口に、ノヴァルナが抗議の声を上げる。


「てめ、モルタナ。きたねーぞ!!」


「はん。海賊稼業は汚いもんさ」


「そーゆー話じゃねーだろ!」




 そんなと不毛なやり取りを、紹介されたきり放置状態のカールセンとルキナは、苦笑いを浮かべながらモルタナの部下達と共に見守るしかない。


「ま、まぁ。おふざけはこれぐらいにして…だ」


「………」


 ノヴァルナはモルタナとの掛け合いに乗っかりもせずに、無言で見据え続けるノアから目をそらしながら、話を強引に本筋に戻そうとする。二人を少しいじめ過ぎたかと反省しつつ、モルタナも表情を真面目にして応じた。


「ああ、わかってるさ。なんであたい達がここにいたのかって、話だろ?…カーズマルスから教えられてね」


「カーズマルスからだと?」


 カーズマルス=タ・キーガーは元は星大名ロッガ家に仕えていた陸棲ラペジラル人で、陸戦特殊部隊に属していたのだが、今は『クーギス党』に協力している。


「あんたがそこのノア姫様と共に行方不明になったって話自体は、あたい達も耳にしたもんで、半月前ぐらいから『ナグァルラワン暗黒星団域』の周辺に、海賊船を幾つか置いて探してたんだけどさ。それが三日前に突然カーズマルスから連絡が入って、数日内にあんた達がこの辺の位置に現れるって告げたんだよ」


「なに…」


 モルタナの口にした、カーズマルスが帰還を知らせたという話に、ノヴァルナの表情は一気に疑念に満ちた厳しいものへと変化した。見知らぬ誰かが、自分達の帰還を予言していた…その薄気味悪さにノヴァルナの背後にいたルキナが、不安げな顔で夫のカールセンに寄り添う。


「カーズマルスはこの船にいないのか?」とノヴァルナ。


「皇都だよ。キヨウであんたに頼まれた情報収集をやってる。ここんとこ、ミョルジ家の動きがキナ臭いらしくってね。ただカーズマルスの奴も、あんたの帰還の話はキヨウで知り合った人間から聞かされたようだけど」


「キヨウで知り合った人間?…誰だか言ってたか?」


「いや、それがさ…」


 モルタナの話では、キヨウでカーズマルスに接触して来たのは、ノヴァルナの使いと名乗る人物で、会ってみると金属性のフェイスマスクで顔を覆い、声も合成音声の怪しい男であったらしい。そして実は自分はノヴァルナの使いなどではなく、本当はミノネリラ宙域の反サイドゥ派の者であると告げ、今回の情報を持ち出して来たという。


「そんな怪しい奴の言葉を信じたのか、カーズマルスは?」


「あの用心深いカーズマルスがかい? まさか。ただ、わざわざウォーダ家じゃなくて、自分に知らせて来た事には、何らかの意味があるのだろう、とは言ってたね」


 ウォーダ家に対する撹乱行動なら、カーズマルスに連絡を取って来るはずはなく、またいくらナグヤ=ウォーダ家次期当主の消息に関わる問題とはいえ、正体不明の人物の予言などをウォーダ家が取り合うはずもない。つまりノヴァルナ達がこの場所へ出現するという話は、一周回って確認すべき事案だとカーズマルスは判断して、『クーギス党』へ知らせたのだと思われる。しかしそれにしても………




気に入らねぇ―――




 そう思ったノヴァルナは、左手で前髪をピンク色のメッシュに染めた辺りを、指先でガシガシ手荒く掻き、些かくたびれた配管がむき出しになっている『ビッグ・マム』の、ブリッジの天井を見上げる。


“何処のどいつか知らねぇが、ムツルー宙域で俺達がトランスリープをやろうとしていた事を、事前に見透かしていたヤツが銀河のこっち側にいた…あの恒星間ネゲントロピーコイルを建造した連中か?”


 誰かの手の平の上で踊らされているような気がして、ノヴァルナは不快さに唾を吐きたくなった。もしここが『ビッグ・マム』の中ではなく、モルタナに蹴り飛ばされる心配がなければ、本当に唾を吐いていただろう。ノアやエンダー夫妻に顔を向けると、みな同様に表情を曇らせている。

 ノヴァルナは唾を吐く代わりに一つため息をつくと、モルタナに向き直ってさらに問い質した。


「そのカーズマルスに接触して来た男、他に何か手掛かりみたいなものはねぇか?」


 それに対してモルタナは「ああ、そういや―――」と応じて続ける。


「反サイドゥ派の証だと言って、家紋を手袋の甲に描いていたらしいよ」


「家紋?」


「ええっ…と。確かカーズマルスが“せいうえもん・あんこうききろう”とかなんとか、言ってたね」


「ねーさん。そりゃ『星雲紋暗黒桔梗』だ」


 モルタナのいい加減な覚え方に、一瞬笑顔を見せたノヴァルナだが、すぐに真顔に戻って思考を巡らす。『星雲紋暗黒桔梗』の家紋を持つ男に心当たりがあった。およそ四ヵ月前、イル・ワークラン家が密かに雇い入れた傭兵が、氏族会議中のキオ・スー城を奇襲しようとした際、事前にその危機をノヴァルナに知らせた男―――ミノネリラ浪人、ミディルツ・ヒュウム=アルケティだ。

 その時は通報の功と引き換えにノヴァルナに仕える事を望んでいたが、今はまだ時機ではないと翻意し、立ち去っていった。


 ただミディルツにノヴァルナを助ける理由はあっても、果たしてその、カーズマルスに接触して来た反サイドゥ派の『星雲紋暗黒桔梗』の男が、ミディルツであるかどうかは不確かである。


 キオ・スー城を奇襲しようとしていた傭兵団は、サイドゥ家のBSIを使って罪をサイドゥ家になすりつけるつもりだった。ノヴァルナに通報したのはある意味、サイドゥ家が汚名を被るのを防いだとも言える。

 だが他方、ミディルツがその時思い描いていたのは、キオ・スー城を脱したノヴァルナが自分の父親と弟を含む、キオ・スー家とナグヤ家の首脳陣が全滅するのを放置し、これを利用して、両家共を一気に支配下に収める事であった。そしてミディルツ自身もその配下に加わるのが目的であったため、サイドゥ家のために動いていたとは考え難い。


 するとそこにノアが思わぬ事を口にした。


「私の母上の実家も『暗黒桔梗』よ」


「なに?―――」と振り向くノヴァルナ。


「おまえも、アルケティ家の血筋なのかよ?」


「ええ」


「なら、ミディルツ・ヒュウム=アルケティの名は聞いた事あるか?」


「聞いた事もなにも、私の従兄よ」


 別に驚く事ではないといった顔で答えるノアに、ノヴァルナは目を見開いた。


「はぁ!!??」


「は?…なんでそんな大声の“はぁ!?”なのよ?」


「いやいやいや、ドゥ・ザンの嫁って、イースキー家の一族じゃねーのかよ?」


「それは父上の前妻。私の母上はアルケティ家から嫁いだ後妻よ」


「マジか…」


 さしものノヴァルナも、そこまで他家の内輪話には詳しくない。アルケティ家はドゥ・ザンがミノネリラから追い出した元の主君、トキ家の支流の一つにあたる。トキ家は今もサイドゥ家を恨んでおり、捉えようによってはアルケティ家のミディルツが、ドゥ・ザンは快く思ってはいないものの、従妹であるノアは助けたく思って、カーズマルスに接触して来たとも考えられる。


 だがもし本当にその『星雲紋暗黒桔梗』の男がミディルツだったとしても、肝心のトランスリープの予言の出どころがわからない。


「あ、でも従兄といっても、もう十年近く会ってないけどね」


「ふーん…」


 ノアが付け加えた言葉に、ノヴァルナは適当な返事をしながら。今は何もわからないのと同じ状況に内心では臍を噛み、何かが自分の身近に潜んでいるのを知りながら、姿を見られないような気分に陥った。





▶#05につづく

 

 

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