#03

 



 皇国暦1555年のミノネリラ宙域に帰還したノヴァルナとノア。そして未来の世界から来た事になるカールセンとルキナのエンダー夫妻。彼等の元に接近して来る、宇宙船らしきもの。


 ここはミノネリラ宙域であり、ノア・ケイティ=サイドゥの故郷である。


 接近して来る宇宙船らしきものが、もしサイドゥ家のものであるならば、サイドゥ家と敵対するウォーダ家の嫡子、ノヴァルナに危険が及ぶのは避けられない。




私の、世界でいちばん大切なひと―――




 今や自分にとってそんな存在となったノヴァルナを、ただ守りたい…強い気持ちで待ち構えるノアは、自分が乗るBSHO『サイウンCN』の操縦桿を強く握り締めた。その宇宙船らしきものの反応は、前方に広がる『ナグァルラワン暗黒星団域』から、真っ直ぐこちらに向かって来る。


「あれがうちの…サイドゥ家の船だったら、私が絶対あなたを守るから」


 そう告げて『サイウンCN』を並ばせるノアに、ノヴァルナは不敵な笑みで応えた。


「そいつは頼もしい話だ」


 超電磁ライフルやポジトロンパイクと言った装備は、トランスリープで飛ばされた先の皇国暦1589年のダンティス軍が使用していたものであるから、ここでは封印しておいた方がよい。そのためノヴァルナの『センクウNX』と、ノアの『サイウンCN』に残された武器はQブレードしかない。


 幾分緊張した面持ちで、ノアは近づいて来る宇宙船のデータを解析した。あまり大きくない船だ。駆逐艦よりも小さい宙雷艇クラスで、恒星間航行能力はなさそうに思える。IFF(敵味方識別装置)は作動させておらず、ノアのサイドゥ家のものではないようだ。


「ノヴァルナ。この船―――」


 そこまで言った時、『サイウンCN』のコクピットに投影した戦術状況ホログラムが表示する、接近中の宇宙船のマーキングに突如として家紋が浮かび上がった。


“なっ!…なにこれ!?”


 見覚えのない家紋に、Qブレードへ手を伸ばして身構えるノアの『サイウンCN』。だがノヴァルナは『センクウNX』で前に進み出て、ノアの動きを抑える。


「心配すんなノア。アイツらは味方だ」


「味方?」


 それはノアには見覚えのない家紋でも、ノヴァルナには少し懐かしい家紋だ。中心に一つの星、そしてそれを囲む六つの星―――『七曜星団紋』。接近してきたのは、宇宙海賊『クーギス党』の船であった。


 宇宙海賊『クーギス党』―――シズマ恒星群独立管領クーギス家の海賊船と合流して、待つことおよそ二時間。ノヴァルナ達の前に巨大な宇宙タンカーが超空間転移して来た。『クーギス党』の移動本拠地、『ビッグ・マム』である。さらにその左右には、ロッガ家の旧型輸送艦が一隻ずつ従っていた。この二隻は『クーギス党』の協力者、カーズマルス=タ・キーガーが奪い取ったものであった。


 宇宙タンカーと二隻の輸送艦は、ゆっくりとノヴァルナ達の元へ接近して来た。そして『センクウNX』に陽気な女性の声で通信が入る。


「ナグヤの若様、久しぶりじゃないか」


 それは『クーギス党』の副首領、モルタナ=クーギスだった。首領のヨッズダルガの一人娘で、実質的にこの女性が『クーギス党』を仕切っている。


「おう。久しぶり、モルタナねーさん。てゆーか、なんでこんな所にいたんだよ?」


 挨拶もそこそこに、ノヴァルナは怪訝そうに尋ねた。この広大な宇宙の中でこのような再会は、偶然とは到底考えられない。『ナグァルラワン暗黒星団域』からイチかバチかのトランスリープに成功して、ムツルー宙域の未開惑星の成層圏近くへ飛び出したのと同じようなものだ。そしてその問い掛けに、やや真面目な口調で応じたモルタナの言葉から、ノヴァルナはやはり何かあると踏む。


「詳しい話はあんたらを乗せてからさ。格納庫を開くから早く来な」




 モルタナはショートカットの黒髪にオレンジがかった肌の、目鼻立ちのはっきりとしたグラマラスな美人である。それがセパレート式の水着に近いような、露出の多い服装をしてブリッジで待ち受けていたのだから、ノヴァルナは視線を逸らせながら苦笑するしかない。そんなノヴァルナをノアは少々冷ややかな目で睨み、さらにルキナは、もっと冷ややかな目で夫のカールセンを睨んでいる。


「ねーさん。相変わらずエロい格好だな」


「ご褒美さ。ナマで目の保養が出来る方が、男共も仕事に身が入るってもんだろ?」


「いや、それで露出してる本人が男より女を好きって、むしろお仕置きじゃね?」


「前に言ったろ? あたいは八:二で二割は男も好きだって。贅沢は言いっこなしさ」


「は?…前は確か七:三だったろ」


 二人の会話をノアは興味深げに聞いていた。モルタナという女性はノヴァルナの地位を理解した上で、対等に話しているらしく、ノヴァルナもそれが当然と接している。


「ところで、ねーさん。あんたの親父を見掛けねぇが…」


 ノヴァルナは『ビッグ・マム』のブリッジの中を見回して、モルタナの父親、ヨッズダルガの巨躯がない事を訝しんだ。


「ああ。あんたの提案してくれた、養殖用のシズマパール貝の稚貝を集めに、シズマ恒星群へ帰ってるよ」


「あの親父に任せておいて大丈夫なのかよ? キルバルターの連中に見つかったら…」


「ハハハ…あれで結構、細かい事に用心深くてさ。上手くやるはずさ」


 元はイーセ宙域シズマ恒星群の独立管領であったクーギス家は、同宙域の星大名キルバルター家の策謀で領地を逐われ、現在は巨大宇宙タンカー『ビッグ・マム』を根拠地として、オ・ワーリ宙域とオウ・ルミル宙域の間に設けられている、中立宙域の中を移動しながら、キルバルター家の補給基地や輸送船に海賊行為を仕掛けて暮らしていた。


 『クーギス党』がノヴァルナと協力関係を結んだのは、イル・ワークラン=ウォーダ家がオウ・ルミル宙域星大名ロッガ家との密約で、シズマ恒星群に住む海洋民族水棲ラペジラル人を、奴隷として中継貿易していた事がノヴァルナに知られたのがきっかけだった。

 互いの利害が一致したノヴァルナと『クーギス党』は、共同戦線によってこの密約を破綻させたのである。


 その行き場をなくした水棲ラペジラル人をノヴァルナは全員引き取って、自分の惑星ラゴンに住まわせた。そして彼等に経済的自立を促すため、故郷のシズマ恒星群でも行っていた、最高級の真珠シズマパールが採れる貝の養殖に取り組ませようとしていたのだ。


「で? 今度は若様の番だよ。お連れさん達を紹介しておくれよ」


 モルタナが腰に手を当て、首を傾げて尋ねる。


「ん?…おう。じゃあ、こっちはカールセン=エンダーと嫁さんのルキナ。旅先でえらく世話になってたんだが、少々ワケありで一緒に来てもらった」


 三十四年後のムツルー宙域へトランスリープして連れて来た…と言っても、どうせすぐにはモルタナは信じないだろうと踏んだノヴァルナは、ざっくりと端折って告げた。ただモルタナも何か込み入った事情があるのは察したようで、少しわざとらしく口元を歪めて頷く。


「そんで、こっちがノア・ケイティ=サイドゥ。俺の女だ」




「はぁ!?」


 ノヴァルナがあまりにさらりと言い放ったため、何気なく聞き流していたモルタナは、数秒経ってから頓狂な声を上げた。





▶#04につづく

 

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