#02

 

 一方、オ・ワーリ宙域に侵攻したミノネリラ宙域星大名、ドゥ・ザン=サイドゥ率いる宇宙艦隊は、モルザン星系からおよそ百二十光年離れた小さな恒星系の外縁部で、輸送艦部隊と合流し、各艦の補給と応急修理を行っている。この恒星系の主星は強力な電磁波を放射するパルサーであり、人類の居住には適しておらず別段占領する必要はないのだが、補給地を隠すには有用であった。


 現在の艦数は278隻。出航時には三百隻以上あった戦力も、ムルク星系のウォーダ軍第一次防衛線の戦いで、幾分消耗している。しかしこれまでウォーダ軍に与えた損害は、自軍の受けた損害の倍はあり、損傷艦は多いものの、各艦の乗員の士気は軒昂であった。


 サイドゥ家総旗艦『ガイライレイ』に設けられた総司令官室、つまりドゥ・ザンの執務室兼私室では、ドウ・ザンに昼食に招かれた三人の艦隊司令官が、本国から取り寄せた魚料理に舌鼓を打っていた。


「やはりアーユ・フィッシュの塩焼きは、我等が母星バサラナルムのものに限りますな」


 そう告げるのは第5艦隊司令のコーティ=フーマである。質実剛健といった印象の三十代前半の男だ。艦隊司令官では若手の出世頭のポジションにいる。


「我々がこれから向かう、モルザン星系のアーユ・フィッシュも、良質だと聞くがな」


 フーマの言葉に応じたのは、第9艦隊司令のジューゲン=ティカナ。四十代はじめの、攻守にバランスの取れた武将だった。


「では、モルザン星系を頂戴したあとで、食べ比べるとするか」


 それは第1遊撃艦隊司令のドルグ=ホルタ。ドウ・ザンの懐刀とも言える五十代の重臣である。ドルグの暗にモルザン星系を占領するという意図の言葉だが、彼等と向き合う形に座るドウ・ザンは、それをあっさりと否定した。


「モルザンは占領せぬ」


「ほう」と声を漏らすフーマ。


「それはまたどのような仕儀で?」とティカナ。


「モルザン星系は我等のミノネリラ宙域と、もう一方のミ・ガーワ宙域の両方に睨みを利かせる位置にある、ウォーダ家にとっての要衝中の要衝。占領するには多大な犠牲が必要であるし、占領しても今度はミ・ガーワ方面に注意を払う必要が出て来る」


 ドゥ・ザンがそう応じると三人は「なるほど」と頷いた。ただそのドウ・ザンの発言を引き出したドルグは、意図的に話の方向を持って行った気配がある。そういったところがドウ・ザンの信頼が篤い点なのだろう。


「ただし―――」とドゥ・ザン。


「ウォーダ家のヒディラスとヴァルツの二人は、ここで仕留めておく。さすれば残るディトモスとヤズル・イセスは、我がミノネリラに無用な野心を抱く事はあるまい」


 ドゥ・ザンがそう続けるとフーマが尋ねる。


「ですが、お館様は第一次防衛線の戦いで殿軍を務めたヒディラス殿を、逃がせと仰せられました。あの時に討っておけば、ヴァルツ殿と合力させずに済んだのではないでしょうか?」


 フーマの意見にドウ・ザンは一つ頷いて応じる。


「コーティの言は一面としては正しい。だが、第一次防衛線の戦いの時のヒディラスは、遊撃戦で我等の追撃の遅延と同時に、戦力の消耗を図ろうとしておった。だから、無理に追い詰めるのを禁じたのだ。だが今回は見よ、イル・ワークラン家の部隊が嫡男カダールの謀叛とやらで離脱を始めておる。という事は、キオ・スー家のディトモスらも、戦意は高くないはず。そこで最も戦力を整えておる、ヒディラスとヴァルツの軍を潰せば、我等の主導で和議を結べるというもの」


「和議…と申されますか?」


 そう質したのはジューゲン=ティカナだ。言葉の端に不満が感じられる。この点については、ドウ・ザンの腹心のドルグ=ホルタも同じらしい。ティカナの言葉に軽く頷く。元はと言えば、この戦いはドゥ・ザン=サイドゥの愛娘、ノア・ケイティ=サイドゥの弔い合戦の意味合いが強い。それをノアの父親の口から最初に、“和議”という言葉が出るのは如何なものかという気になる。


 しかしドゥ・ザン=サイドゥのミノネリラ宙域星大名としての意図は、家臣達より現実的な距離にあった。ノアをエテューゼ宙域星大名アザン・グラン家に保護されている、元ミノネリラ宙域星大名トキ家の嫡男、リュージュ=トキと政略結婚させて宙域統治の安定を図る計画が崩れた今、隣国オ・ワーリ宙域を治めるウォーダ家を滅ぼして不安定要素を増やすより、急先鋒のナグヤ家と、それに同調する事が多いモルザン星系のヴァルツを屠り、あとは残るウォーダ家内部で牽制し合った方が、影響を軽減されるというものだからだ。


「これは決定事項だ」


 ドゥ・ザンはそう言い放つと、これ以上の議論は無用と思ったのか表情を穏やかにし、話題を不意にティカナの長男の話にすり替えた。


「ときにティカナよ。秀才と名高い、お主の息子のデュバルは息災か?」





▶#03につづく

 


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