#05

 

 他の誰かの思惑通りに動かされるのが大嫌いなノヴァルナにとって、必死の思いで元の世界に帰って来たというのに、これは何とも苛立たしい展開だ。


 ただ、その一方ですぐに『クーギス党』と出会えたのは、まさに“渡りに船”だったのは間違いない。本来ならば、こちら側に戻って来てもBSHOには恒星間航行能力はないため、救難信号用超空間ビーコンを射出して何日も救援を待つ必要があったからである。


 しかもここはサイドゥ家支配下のミノネリラ宙域であり、民間の宇宙船などより、サイドゥ家の自動哨戒網や軍関係の船に救難信号を受信され、回収に来られる可能性が高かった。そうなるとノアが危惧したように、サイドゥ家と敵対するウォーダ家のノヴァルナの立場が、非常に危うくなっていたはずである。それを考えれば、ノヴァルナと友好関係にある『クーギス党』の救援は、むしろ手を回した謎の人物に感謝すべき事かも知れない。


 無論それはノヴァルナ自身も理解している。もし最初に接近して来るのがサイドゥ家の船であった場合、『センクウNX』で制圧するか、最悪ノアを人質にする振りをして、乗っ取る算段すらしていたぐらいだ。


 するとそこでモルタナは、事態がもっと差し迫った状況にある事を告げた。


「まぁ、手掛かりがないも同然の相手の事は、今は後回しにしときなよ。それよりもっと厄介な事が起きてるんだし」


「厄介な事?…なんだよ?」とノヴァルナ。


「あんたとそこの姫様の国が戦争やってんのさ。あんたら二人が原因でね」


「はぁっ!?」

「ええっ!?」


 同時に声を上げるノヴァルナとノア。


「姫様の親父さんが、姫様を返せと大激怒でね。オ・ワーリに自ら軍を率いて、攻め込んでるのさ。若様の家はかなり苦戦してるみたいだよ」


「ノアを返せとはどういう意味だ?」


 ノヴァルナの問いにモルタナは肩をすくめて応じた。


「さぁね。あたいらは当事者じゃないし。若様の国が姫様を誘拐した…と思ってるんじゃないのかい?」


「それはおかしいです―――」とノア。


「父なら私の船があの場でどうなったか、正確に把握しているはずです。それに私の護衛についていた二人が生きていたなら…」


 ノアはモルタナにそこまで告げて、他に思い当たる事があるのを気付き、ハッ!とした顔でノヴァルナを振り向く。ノヴァルナも同じ事を考えていたらしく、ノアと視線を合わせて頷いた。


「口実…だな」


 ノヴァルナがぼそりと言うと、ノアは目を伏せた。父親ドゥ・ザンの気性を知っているからだ。何しろ自分達が行方不明となって、すでに一ヵ月以上が経ってしまっているのである。気持ちの上では生還を願っていても、現実的には諦めるべき時間の経過だった。


 父親としての愛情は注いでくれてはいるが、同時に、自分にサイドゥ家隆盛のための、戦略的価値が求められている事もノアは理解している。それならば、自分の死をオ・ワーリ侵攻の口実にして当然であった。


 それを確かめたのはノヴァルナだ。モルタナに向かって問い質す。


「モルタナねーさん。『ナグァルラワン暗黒星団域』に、ノアを捜索しているサイドゥ家の船とかはあるか?」


「うーん…一応あたいらも、中立宙域から来る時に探ってはみたんだが、通常の自動哨戒プローブに加えて、何隻かの哨戒艇がうろついてるぐらいだったね」


「そうか、そうだよな。ウォーダ家がノアを人質にしたと言い張るなら、ナグァルラワンに捜索部隊を置いとくわけにもいかねぇからな…」


「ええ…」


 そうではない…と分かってはいても、せっかく帰って来たというのに、故国から見捨てられたような気持ちになって、ノアは少し寂しそうな眼をする。そんなノアに、ノヴァルナはさりげなく距離を詰めて寄り添った。気遣いをみせるノヴァルナに、ノアも僅かに肩で寄り掛かる。


 ただノヴァルナもドゥ・ザンの行動には腑に落ちていなかった。ミノネリラ宙域も周囲の宙域国は敵対勢力ばかりであり、前回ミノネリラ宙域に侵攻したノヴァルナの父親、ヒディラスの軍を打ち破って、その追撃戦で勢い任せにオ・ワーリ=シーモア外縁部にまで来襲したのとは違い、ウォーダ家も迎撃態勢を整えているところに侵攻するのは、戦略的なリスクが高いように思うのだ。


 しかしこれはノヴァルナが、サイドゥ家周辺の裏事情を把握出来ていないためだった。サイドゥ家にとってウォーダ家に次ぐ宿敵である、エテューゼ宙域星大名アザン・グラン家は現在、もう一方の隣国のワクサー宙域星大名タクンダール家と国境紛争中で、ミノネリラ宙域に侵攻して来る可能性は低い。

 またその他の敵対勢力の筆頭であるロッガ家は、アーワーガ宙域星大名ミョルジ家の圧力による皇都キヨウの政情不安に忙殺されていて、こちらも侵攻して来る事はまず考えられない。


 そしていまだ戦端を開いた事はないが、“カイの虎”シーゲンが率いるタ・クェルダ家に対しては、ドゥ・ザンの長男ギルターツが主力部隊を指揮して、国境付近を警戒しているはずである。

 さらにミ・ガーワ宙域だがこれについては、特に敵対していないミズンノッド家などの独立管領の勢力圏が間にあって、緩衝地帯を形成しているため、油断はできないものの、取り立てて戦闘配置につけておく必要はなかった。


 これらの状況に加え、ドゥ・ザンがオ・ワーリ侵攻を決定したのはやはり、ノアの生死に見切りをつけた事が大きい。


 すでに何度か前述されているように、ドゥ・ザンはノアがキヨウ皇国大学を卒業すると同時に、敵対勢力のアザン・グラン家に保護されている旧主君、トキ家の嫡男リージュと政略結婚させ、宥和政策を取る事で国内のトキ家支持者、そしてアザン・グラン家やロッガ家が、サイドゥ家と敵対する意味を失わせる事を目論んでいた。

 しかしそのノアが死んだとなると、周辺国が諸事情で侵攻して来る可能性が低いこの時を逃さず、少々強引な進攻であっても最大の宿敵であるウォーダ家―――特に急先鋒な、ナグヤ家とその支持勢力を排除しておくつもりだったのである。


 さすがにノヴァルナがここまで読み取るには、いま現在入手出来る情報が少なすぎた。そしてドゥ・ザンの戦略をはじめとする、ミノネリラ、オ・ワーリ、ミ・ガーワの各宙域で起きている一連の動きの裏に、イマーガラ家宰相セッサーラ=タンゲンの目論む“新三国同盟”の樹立という、より大きな戦略が潜んでいる事など思いも寄らない。




 とそこに、通信士席に座るモルタナの手下が振りむいて告げた。


「お嬢。NNLのニュースチャンネルで、サイドゥ家のオ・ワーリ侵攻部隊の事を放送してやすぜ。どうしやす?」


「ちょうどいい。説明の手間が省けるってもんさ。メインスクリーンに転送しな」


 手下が「了解でさ」と応じ、コントロールパネルを操作する。ブリッジの前面中央に、ホログラムの大きなスクリーンが展開され、NNLのニュースが放映され始めると、ダチョウのような姿をしたハルピメア星人の男女のキャスターが映り、女性キャスターが原稿を読み上げてた。


「…により、ウォーダ軍宇宙艦隊はモルザン星系まで後退。しかしながら、カダール殿下のクーデターで、イル・ワークラン家艦隊が離脱した現在。苦戦は必至と思われます」





▶#06につづく

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る