#19

 

 蹴破られた隔壁扉の前で、ノヴァルナが投擲した手榴弾が爆発した。それはオーガーに半ば強制的に指示され、先行突入した四人の配下達をタイミング良く薙ぎ倒す。しかし当のオーガーはまだ扉の向こうから姿を現していない。ただ配下を脅迫していると思われる、ピーグル語の怒声だけは聞こえて来た。


「ザブッシ! ゴヴァ・リャッシュ!!!!」


 その怒声に気圧されてさらに五人、六人と銃を構えて扉をくぐり抜けて来るが、ノヴァルナは容赦なくハンドブラスターをつるべ撃ちして、敵に反撃の暇を与えず倒していく。すると最後の一人は銀河皇国公用語で「た、助けてくれぇ!」と叫び、扉の向こうへ引き返そうとした。


 だがそこに振り下ろされた黒い金属棍が、引き返そうとして後ろを向いた男の頭蓋骨を、その安っぽいヘルメットごと砕き潰す。そして扉の向こうから、オーク=オーガーが姿を見せた。


「馬鹿野郎が! 逃げたら頭を叩き潰すと、言ったはずだぞ!!」


 オーガーは力任せの一撃で、両方の目玉が飛び出した死体の胸倉を掴み、大声で言い捨てる。その流れでノヴァルナを見据えたオーガーは、ようやく目の前にいるのが誰か気付いたらしい。両眼を一瞬大きく見開き、ギラリと瞳を光らせた。


「てめえは! ノバックとかいうガキじゃねえか!!!!」


 オーク=オーガーが唖然とするのも無理からぬ事だった。ノバック=トゥーダを名乗るノヴァルナは、惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園に火を放ち、このレジスタンスとの戦いを仕向けた張本人だからだ。それがまさか自分から『センティピダス』に乗り込んで来るなど、想像の埒外というものである。


 そのノヴァルナは内心で“チッ、余計な時に現れやがった…”と舌打ちしつつも、いつもの不敵な笑みをオーガーに向けて言い放った。


「よぉ、ブタ野郎。直接会うのは初めましてだな。だがあいにく今は、てめーと遊んでるヒマはねーんでな。大人しくすっこんでな!!」


「ふざけんな! 農園に放火している、ロボット共のコントローラーを渡せ!!」


 怒鳴るオーガーに、ノヴァルナは内心で頭を掻いた。オーガーへの通信で見せた“コントローラー”は、実際はチョコレート菓子であり、食べてしまっていた。もし食べずに持って来ていればこの場面での駆け引きの材料に出来たのが、これはしまった…という思いだった。


“しゃーねー。正直に言うか”


 冗談半分でそう結論付け、ノヴァルナはあっけらかんと言い放った。


「あああ、コントローラーね。あれなら…喰っちまった!!」


 無論この場合、正直に答えた方が理解を得られるはずはない。オーガーは一面に刺青を施した顔を、怒りで真っ赤にして叫んだ。


「ガキが、ふざけやがって!!!!」


 喚いた隙を突いて、オーガーに銃撃を浴びせようとするノヴァルナ。しかしオーガーも思いがけず素早かった。胸倉を掴んだままだった手下の死体をノヴァルナ目がけて、片手で軽々と投げつけたのだ。


 その怪力にはさすがのノヴァルナも驚き、飛ばされて来た死体に身を翻した。さらにオーガーは外見の通り、まさにイノシシの如く突っ込んで来て、金属棍で殴りかかろうとする。


「半殺しにして、聞き出してやる!!!!」


「そいつは願い下げだ!」


 ノヴァルナはそう言い返し、素早くハンドブラスターを放った。そのビームはオーガーの装甲服の腹部に小さな爆発を起こす。ところがオーガーはその程度のダメージでは止まらなかった。「ウオオ!」と咆えて、腹から煙を上げたまま金属棍を振り抜く。


「!!!!」


 オーガーのタフさに驚愕し、咄嗟に身を屈めて金属棍を回避しようとするノヴァルナ。しかし右脇腹の傷がねじられて激痛を生んだ。思わず動きが鈍ったノヴァルナは、体は金属棍の一撃をかわしたものの、手にしていたハンドブラスターが金属棍と激突して弾き飛ばされた。壁の隅に飛ばされたブラスターは中央部分がひしゃげ、内部機構が破壊されたらしく、小さなスパークを放って床に落ちる。

 その間にオーガーは金属棍の第二撃を振り下ろしていた。ノヴァルナはすぐさま床を転がり、金属棍を紙一重で回避する。床を激しく叩いた黒い金属棍から、黄色い火花が散った。


「てめ、ブタ野郎! それ半殺しじゃ済まねぇだろが!!」


 かすっただけでも骨まで砕けそうなその威力に、ノヴァルナは怯む事無く、冗談じみた言葉を言い放つ。だが武器を失ったのは痛い。素早く視線を走らせて、シャトルの管理コーナーの武器ラックに収納されている、ブラスターライフルを双眸に捉えた。


 するとその時、『センティピダス』がまたもや大きく揺れ、オーガーとノヴァルナは共に体勢が乱れる。その揺れを利用したのはノヴァルナだった。脇腹の激痛を意識の隅に追いやり、オーガーの足元へ飛び込む。


「ぬがぁッ!!」


 足元に飛び込んで来たノヴァルナに、オーガーは体勢が崩れたままで、黒い金属棍を下向きに振り抜いた。六角形の金属棍の先端がギャリギャリと床を削るが、間一髪でノヴァルナはそれをかわし、すぐに立ち上がって武器ラックからブラスターライフルを取り出す。


 そこに大股で間合いを詰めて来たオーガーが、金属棍で殴り付けた。ノヴァルナはラックから取り出したブラスターライフルを両手で握り、オーガーの一撃を銃身で受け止める。オーガーの怪力によって銃身は歪み、使用不能となった。さらにその勢いで格納庫の壁に、背中を強く打ち付けられる。


 だがノヴァルナも端から、銃撃のためライフルを手にしたのではない。身を低くして歯を喰いしばり、ライフルの銃床でオーガーの腹部、先のハンドブラスターで負傷を与えた箇所を力一杯打ち据えた。


「ぶギッ!!!!」


 さすがにこの一撃は効いたらしく、オーガーは鼻を鳴らしてたじろいだ。すかさずノヴァルナは横に払った銃床でオーガーの右側頭部を殴り付ける。ところがオーガーは飛んで来た銃床を、首と肩で挟み込んでダメージを抑え、その打撃を防御した。そして空いている左手でノヴァルナを突き飛ばす。


「ウァッ!!」


 吹っ飛んだノヴァルナは管理コーナーの操作パネルに激突し、呻き声を漏らした。そこにオーガーの金属棍が打撃を加えようと迫る。反射的に身を沈めるノヴァルナ。空振りとなった金属棍は格納庫の操作パネルを直撃し、コンソールを砕き割って火花を散らせた。


 すると突然、オーガーは「ギャッ!」と叫んで巨体を跳ね上げる。パネルを破壊した金属棍から感電したのだ。そのまま転倒してもがくオーガー。

 しかしノヴァルナもダメージが大きく、すぐには起き上がれなかった。何より先の親衛隊員との戦闘で受けた、右脇腹の傷からの流血が止まっておらず、激痛と出血多量に意識が混濁し始めていたのだ。


「クソ、この…程度でヘタレてて…日頃…でけぇ口…叩いてんじゃねぇ…」


 ノヴァルナは自分を詰りながら拳を握り締め、必死に起き上がろうとした。そうまでする理由―――それは懐に入れた通信機が、シャトルで待つノア達の身に迫る脅威を伝えて来たからだ。


 ノアを守らねぇと…拳を床に押し付けて両腕を支え、強く噛み締めた奥歯をギリリと鳴らしながら、ノヴァルナは少しずつ体を起こしていった。





▶#20につづく

 

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