#18

 

 そのノヴァルナはシャトルのタラップを駆け下りた途端、「いてててて…」と呻いて右脇腹を手で押さえ、足の速度を緩めて格納庫を出た。そこにまた『センティピダス』が、下から突き上げられるように揺れ、衝撃が痛みを増幅させて歯を喰いしばらせる。


「へへ…女の前で格好なんざ、つけるもんじゃねーな」


 じりじりと痺れるような傷の痛みに苦笑を浮かべて、独り言を言いながら、ノヴァルナは管理コーナーの操作パネルに取り付いた。ノアの言った通り、パネルの右上の方に、格納庫の天井部分を開閉させる小さなレバーがある。


「コイツか」


 ノヴァルナは小さく呟いてそのレバーを倒した。


 ところが事はそう簡単に済まない。格納庫の中を映し出しているモニター画面に、ピーグル語で赤い文字が浮かび上がって点滅を始める一方、天井扉は開こうとしないのだ。


「クソッ、どうなってやがる」


 眉間に皺を寄せて操作パネルを見回すノヴァルナ。しかしパネルの表示もモニターの表示も、ピーグル語ばかりで理解出来なかった。ピーグル語を習得したノアなら分かるだろうが、呼び寄せている時間はない。実情はノヴァルナがメインシステムに侵入させた、ウイルスプログラムによる開閉機構の作動不良で、モニターの赤い文字はピーグル語の“コマンドエラー”であった。


“こうなりゃ、仕方ねぇ!―――”


 手動で天井扉を開く事を即断したノヴァルナは、管理コーナーの周囲を探る。するとやや離れたところの壁面に、黄色と黒色の注意を喚起するラインで囲まれた小さなハッチがあり、こちらは見慣れた皇国公用語で、“非常用格納扉手動開閉ハンドル”の文字が書かれていた。銀河皇国製の『センティピダス』本来の設備であるからだ。


 そこへ近寄ったノヴァルナは、ハッチを開けて中を覗いた。そこには、未開惑星パグナック・ムシュのボヌリスマオウ農園へ忍び込む時に使った、門の非常用開閉ハンドルを思い起こさせるギア式のハンドルがある。人類が銀河に進出するようになってまで、このような機構を使用しているとは…と思いがちだが、非常用であるならば、アナログ回線やこういった機械式のように、単純である事が望ましいのは今も変わらない。


 ただ今の負傷したノヴァルナにとって、それは苦行に他ならなかった。ハンドルを掴んで回し始めると、たちまち傷口からの痛みが大きくなり、額に脂汗が浮き始める。


「くっそ、このぉおおおおお!!!!」


 上下に揺れ続ける床を踏ん張り、右脇腹の苦痛を罵りながら、ノヴァルナは懸命にハンドルを回す。そして同じ頃、指令室ではレブゼブ=ハディールが、オーク=オーガーの幹部と配下達を銃殺していた。無論、ノヴァルナの知るところではないが、レブゼブの目的もシャトルの奪取であるから時間はない。いや、それ以上に時間がないと言うなら、『センティピダス』自体がコントロールを失った状態であり、あと10分足らずで、サーナヴ溶岩台地に開いた火口の一つに転落するのだ。


 するとようやく格納庫の天井が、中心線から二つに割れて左右に開き始めた。格納庫内のシャトルを床から照らし出していた照明に、空の光が加わり、同時に降雪も舞い込んで来始める。

 非常用ハンドルのある壁面の上方に、横に細長く設けられた透明金属の確認窓からその様子を見上げ、ノヴァルナは傷の痛みに負けまいと、冗談交じりの言葉で自分を励ました。


“よっしゃ、いいぞ。頑張れ俺!!”


 とその直後、ノヴァルナの背後で閉められていた隔壁扉を、誰かが向こう側から激しく叩き始める。それが誰であるかは、直後に扉の向こうで響くピーグル語の怒鳴り声ですぐに判明した。この機動城の主、オーク=オーガーだ。


「ヴァロッシ・アッグ・ラスシャス!!!!」


 来やがったか…と思って舌打ちするノヴァルナだが、連中が叩く扉をよく見れば、施錠部にはこちら側からブラスターで開けたと思われる、溶けた穴があった。ノヴァルナが親衛隊員と戦っている間に、ノアが用心のために施錠部を撃ち抜き、焼き付かせた穴だ。


“さすがだぜ、ノア”


 ノヴァルナはノアの頭の回転の速さに感謝して、非常用ハンドルを回す事を優先させる。そこには万が一の場合、ノア達だけでも逃がしてやりたいというノヴァルナの思いがあった。星大名の家督を継ぐべき嫡男でありながら世俗的だと言われようと、誰かにとってかけがえのないものとは、そういうものだ。


 だが天井扉がシャトルの垂直発進の出来そうな幅まで、どうにか開いたと思われた途端、今度は向こう側から隔壁扉にブラスタービームの穴が開く。そして焼き付いていた施錠部が融解したその時、扉はものすごい勢いで蹴破られた。怪力のオーク=オーガーのなせる業だ。それに対しノヴァルナは即座に反応して、一つだけ残していた手榴弾を扉に向け放り投げた。





▶#19につづく

 

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