#07
「カールセン、やめようぜ。あんた、堅苦しいのが嫌いなんだろ? ユノーもそこの二人も」
いつもと変わらない口調で声を掛けるノヴァルナだが、やはりカールセンも元は封建制度下の武官だけあって、すぐに元通りとはいかないらしい。膝をつき、頭を低くしたまま応える。
「…とは、申されましても」
それに対してノヴァルナは、“あー面倒臭ぇ”と言いたげな目で告げた。
「申されましても申されませんでしても、気にすんなって! 第一、俺は関白のノヴァルナじゃねーし…ってゆーか、俺もノアも、この世界には居ねぇはずの人間なんだぜ? 向こうの関白の俺に頭を下げんのなら分かるが、居ねぇはずの俺達に頭を下げる必要はねーだろ! あんたとルキナねーさんには、恩に着る事はあっても、ご容赦するような事ァ何もねーさ」
ノヴァルナがそう言うと、ノアも後を続けて品良く告げる。
「そうですよ、カールセンさん。ユノーさん達も、どうぞ、これまで通りに接してください」
するとそれにノヴァルナが、さっきの仇とばかりに余計な口を挟んで来た。
「なんだおまえ、まるでどっかの姫様みてぇな口調じゃねーか」
「ミノネリラの姫様よっ!」
間髪入れずに言い返すノアのタイミングの見事さに、畏まっていたカールセン達も、さすがに緊張感を削がれて、馬鹿馬鹿しくなって来たらしい。互いに顔を見合わせると、おもむろに立ち上がる。
「まったく…おまえさん達には敵わんな。人が真面目にやってんのに夫婦漫才で返されちゃ…」
「夫婦じゃねーし!」
「夫婦じゃありません!」
「わかった、わかった」
ここまで来ると食傷気味だとカールセンは肩をすくめ、一拍置いてから言葉を続けた。
「じゃあ、お言葉に甘えて、これまで通りだ。名前も本名じゃなく、ノバック=トゥーダのまま呼ばせてもらう。いいな?」
「おう。それでいい」
ノヴァルナが笑顔で応じ、ノアも微笑んで頷くのを見て、カールセンは双眸に真摯な光を湛えさせながら言った。
「よし。それならもう一度、おまえさん達に何が起きて、この宙域に来たのか話してくれ。悪いがこの前の時は、冗談だと思って聞いたんで、覚えてないんだ。それとついでに今度は出来るだけ詳しく頼む。おまえさん達が元の世界に戻るために、俺とルキナやユノー達で、力になれる事が見つかるかも知れないからな…」
工作艦『デラルガート』は程なく、惑星パグナック・ムシュの衛星軌道を離れ、針路を惑星アデロンへ向けて航行を始めた。
その艦内ではノヴァルナとノアが、エンダー夫妻とユノー達と共に食事を取りながら、これまでのいきさつを再び、そして最初より詳細に話していた。
ノヴァルナとノアの出逢い…戦闘…ブラックホール突入と、その内部での緊急強制超空間転移…34年後のムツルー宙域、惑星パグナック・ムシュ衛星軌道への出現…やがて辿り着いた惑星アデロン…そしてマーシャル=ダンティスとの邂逅を経て、パグナック・ムシュの再訪で発見したもの―――それは事実だとしてもノヴァルナとノア以外の者にとっては、やはり俄かには信じられない話だ。
ところがここで意外な人物が、今回の事象についての知識を持っている事が判明する。それはカールセンの妻のルキナであった。
ルキナはノヴァルナがローカルネットを使用したNNL出力端子で、自分が惑星パグナック・ムシュで見た、巨大建造物の視覚データをホログラム投影すると即座に、そしていとも簡単に告げたのである。
「あー。これ、ネゲントロピーコイルよね」
「はいぃ!!??」
食事のテーブルについているノヴァルナとノア、ユノーと二人の部下。そして夫のカールセンまでもが驚嘆の声を上げて、一斉にルキナを振り向く。驚いたのはルキナも同じで、椅子に座った体を後ろに引いて、強張った表情で場を取り繕った。
「な、なにかな~?」
「い…いや、なんで一番関係なさそうな、おまえが知ってるんだ?」
いつもは妻に対して、どこか飄々とした態度で接するカールセンが、意外な事この上ないという顔で尋ねる。そんな夫の表情に、ルキナは心外とばかりに口を尖らせて応えた。
「失敬ね~。あたしがあなたと出逢う前、故郷のバナン・ガッシュ星系の、ベラルニクス機関で働いてたのは知ってるでしょ? そこでこれと同じホログラムデータを見た事があるの」
聞き覚えのない言葉に反応したのはノヴァルナだ。
「ベラルニクス機関? なんスか、それ?」
「超空間転移航法に関する新理論を研究、検証するために、二十年ほど前に星帥皇室が設立した機関よ。バナン・ガッシュ星系には超空間ゲートがあった関係で、ベラルニクス機関の支局が置かれてたの…って、そうか、ノバくんとノアちゃんはその前の時代から来たんだから、知らないわよね」
34年前の世界から来たノヴァルナとノアからすれば、二十年ほど前と言われても、“未来の話”であり、そのような研究機関が設立された事は知るはずはない。
ただノヴァルナ達が本来いるはずの1555年の銀河皇国でも、現在の恒星間航法のDFドライヴは技術的限界に来ていると言われており、トランスリープ航法実用化を含めて、新たな技術理論の確立が求められているのも事実だった。
しかしそれとは別に、ノアには何か心当たりがあるように見える。少し眉をひそめて、ルキナに尋ねた。
「ベラルニクス機関のベラルニクス…もしかしてキヨウ皇国大学の時空工学教授の、リーアム=ベラルニクス教授と関係があるのですか?」
それに対してルキナは、コクリと頷く。
「そうよ。そのベラルニクス教授を中心にして設立された機関よ」
「知ってるのか、ノア?」とノヴァルナ。
「ええ。彼は今の銀河皇国の時空工学で、五本の指に入る科学者よ。私があなたに言ったネゲントロピーコイルの知識も、ベラルニクス教授の書かれた、ネゲントロピーコイルの技術解説から得たものなの」
「へえー」
興味があるのかないのか分からない、中途半端な返事をするノヴァルナを冷めた目で放置し、ノアはさらにルキナに問い掛ける。
「それで、ベラルニクス教授は今でも、ご壮健なのですか?」
「いいえ―――」と首を振るルキナ。
「もう十五年になるかな…実験中の事故で亡くなられたの」
「そうなんですか…」
ノアが残念そうな表情で視線を下げると、代わりにカールセンが質問した。
「じゃあ、このネゲントロピーコイルってのは、おまえのいた機関が、トランスリープ航法実験のために建設したのか?」
「いえ…違うはずよ。私達が研究していたのは、あくまでもDFドライヴのための重力子圧縮にかかる、位相展開点の延伸を目指す理論構築だったわ。その誘導装置のモデルケースとして、ネゲントロピーコイルの構造を学んだにすぎないの。それに第一、あんなに大きな施設を建設するだけの予算なんてなかったもの。私がいたバナン・ガッシュの支所も、超空間ゲートの隅に十人ぐらいの観測員がいたぐらいの規模だし」
「………」
ルキナの話を無言で聞くノヴァルナ。リーアム=ベラルニクス教授とその名を冠した機関…あの星のネゲントロピーコイルとの関係は不明だが、覚えておいた方がよさそうだと思った………
▶#08につづく
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