#08
思いも寄らぬ―――と言うと本人には失礼であろうが、ルキナ=エンダーが時空工学の知識を有する事が判り、惑星アデロンに向かう工作艦『デラルガート』の中で、同じく次元物理学の知識を有するノアと共に、ノヴァルナとノアをこの世界まで飛ばした原因と思われる、熱力学的非エントロピーフィールドに関するシミュレーションを始めたその頃………
ミ・ガーワ宙域、アズーク・ザッカー星団―――
乳白色のガスを纏った、まだ生まれたての恒星を背後に、星空の中で閃光が三つ、四つ。さらに二つ、三つと続いて煌めく。
ヘキサ・カイ星系駐留艦隊旗艦、巡航戦艦『ウァンヴァーロン』の艦橋からその輝きを認めたナグヤ=ウォーダ家、ミ・ガーワ方面軍司令官のルヴィーロ・オスミ=ウォーダは、眉間に皺を寄せて、状況の悪化に拳を握った。そしてすぐに今の閃光がもたらした結果を、艦橋のオペレーターが報告する。
「ミズンノッド艦隊、損耗率30パーセント。後退を始める模様!」
その報告にルヴィーロの傍らに立つ参謀が、表情を強張らせて言い放つ。
「なんだと!? もう少し粘れんのか!」
艦橋中央に浮かぶ戦術状況ホログラムには、右翼を守る盟友、ミズンノッド家の宇宙艦隊が、数で倍以上あるイマーガラ家宇宙艦隊に、半包囲されつつある状況を映し出されていた。その参謀の批判を、ルヴィーロは内心で同意しながらも謹厳な表情で窘める。
「よせ。30パーセントと言っても、それはこの戦場での数字であって、ミズンノッド家のここまでのトータルの損耗率は、すでに50パーセントを超えているんだ。無茶を命じて、信を失う結果を招くような真似は控えよ」
事実、ナグヤ家と同盟関係にあるミ・ガーワ宙域の独立管領ミズンノッド家はここまで、大規模戦力で侵攻して来るイマーガラ艦隊に対し、巧妙な機動防御戦を仕掛け、その損害に見合うだけの敵の侵攻の遅滞に成功している。
そんなミズンノッド家の本拠地であるカーリア星系の防衛も考えれば、もはや過ぎるほどに、充分な協力をしてくれていると言っていい。
ルヴィーロは、ミズンノッド艦隊の後退を批判した参謀が、「申し訳ございません」と詫びる姿に頷いて告げた。
「我等もヘキサ・カイ星系へ後退する。タイミングが良ければ、ヒ・ラティオが指揮する第2艦隊到着と前後するはずだ。これと合わせ、第五惑星アージョンの宇宙城で防御戦を挑むぞ!」
ルヴィーロはそう言いながら自分の言葉の中の“ヒ・ラティオが指揮する第2艦隊”という部分が、心に引っ掛かった。本来なら第2宇宙艦隊は、嫡男のノヴァルナが指揮をする艦隊だからである。
“ノヴァルナか…”
隣接する僚艦の放った主砲の曳光ビームが艦橋を連続して横切り、支援部隊のBSIユニット『シデン』が三機、視界を飛び去る中、ルヴィーロは行方不明になっているという、“義弟”の思い出を辿った。
ヒディラス・ダン=ウォーダのクローン猶子として人工的に作られた自分とは違い、ノヴァルナ・ダン=ウォーダは本当の嫡子である。
自分とは十歳ほども年齢が離れ、ナグヤ家当主継承権を自分から奪った存在…実際に会う機会は少ないものの、しかしその少ない機会で会った限りでは、自分は世間が言うほどノヴァルナに対して、悪い印象はなかった。
会った時はいつでも、「やあ、義兄様」と向こうから機嫌良く声を掛けて来て、会話している間は終始穏やかな表情であり、NNLのコミュニティーサイトで領民からいつも人格を叩かれていると聞く、傍若無人ぶりなど微塵も見せなかったのだ。
そして今の立場を考えると、ノヴァルナがいなくなった事に対する胸中は複雑だ。おそらく義父のヒディラスは、遠からず自分の当主継承権を復活させ、次男のカルツェに次ぐ順位に置くはずである。ノヴァルナにもクローン猶子がいるがまだ年少で、自分の次席継承権は妥当なところであろう。特に悪い印象もない義弟の喪失が、自分に継承権を復活させる事にのは、些か心苦しくもある………
“降って湧いたような話だが、これからは先を見据えて動かねばならんかもしれんな”
すると思考を巡らせるルヴィーロを、オペレーターの報告が現実に引き戻した。
「敵の一部が急進を開始! 識別信号…トクルガル家ホーンダート艦隊です! 数は三十!」
「ホーンダート家。トクルガル家の筆頭家老自ら突撃か!」
呻くように言うルヴィーロ。このミ・ガーワ宙域は本来、星大名トクルガル家が統治する宙域である。現当主を失った上に次期当主も不在で、イマーガラ家への従属色が濃くなったトクルガル家だが、それ故にここでイマーガラ軍に帯同し、筆頭家老が自ら突撃を仕掛ける事で、いまだ家臣達はその気概を失っていない証を、内外に示そうというのだろう。だがこれはルヴィーロにとって好機でもあった。
突撃を開始したトクルガル家ホーンダート艦隊の針路を注視したルヴィーロは、その動きに即座に命令を下す。
「こちらも宙雷戦隊に突撃を命じよ! 一撃離脱によってホーンダート艦隊の側面を突くのだ。予備戦力のBSIも全て投入。敵が対応に回る隙に、撤退を開始する!」
ホーンダート艦隊は、先に後退を始めたミズンノッド家の艦隊後方を叩いて、こちらの分断を図る動きに読めた。であるならば、こちらはそのホーンダート艦隊を横撃し、イマーガラ軍との連携を断って、ヘキサ・カイ星系への撤退に利用するべきだ…ルヴィーロはそう考えた。
「巡航戦艦戦隊は左舷回頭しつつ、イマーガラ艦隊への砲撃を継続!」
「随伴軽空母は、BSI部隊の発進を急げ!」
総司令官のルヴィーロの指示に従い、駐留艦隊司令と参謀が補足の命令を出す。ルヴィーロの座乗している巡航戦艦『ウァンヴァーロン』も、艦砲射撃を繰り返しながら左方向へ針路を変え始めた。その艦橋の右側の外部映像スクリーンに、七つの黄色い光が一列になって直進して行く様子が映し出された。ホーンダート艦隊に横撃を喰らわせるべく、突撃を始めた宙雷戦隊だ。
続いてオペレーターの「本隊直掩空母より、BSI部隊発進!」の報告があり、三隻の軽空母のうち、ルヴィーロの本隊に随伴する一隻から12機のBSIユニットが発進した。ただし、正規型BSIは3機しかない。それらがさらに3機ずつの簡易型BSIのASGULを指揮して、三個小隊を編成していた。
とその時、ルヴィーロの艦の前方やや下にいた、『ヴァルゲン』型重巡航艦が爆発を起こす。
「重巡『カルディーゲン』爆発!」
オペレーターの切迫した声に、ルヴィーロ=ウォーダは舌打ちした。ここに来て重巡の喪失は痛い。ヘキサ・カイ星系駐留艦隊は、主力である6隻の巡航戦艦と3隻の軽空母こそ健在だが、4隻あった重巡はこれで全滅してしまった。また8隻いた軽巡も4隻と半減し、14隻であった駆逐艦も9隻にまで減っている。焦りを覚えたルヴィーロは重ねて命じた。
「本隊護衛の軽巡と駆逐艦に、イマーガラ主力艦隊先鋒へ対して統制雷撃を行わせろ! こちらの回頭中に距離を詰めさせるな!」
命令に応じ、本隊の護衛に3隻ずつ置いた軽巡と駆逐艦が、一斉に宇宙魚雷を発射した。数は約30本、充分に脅威となる数だ。
▶#09につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます