#06

 

「実験場かどうかは分からないんだけど。でも熱力学的非エントロピーフィールドが、ブラックホールやワームホールに似た構造であるとするなら、私達がこの惑星に飛ばされた理由も、説明がつくわ」


 惑星パグナック・ムシュに建設されていた謎の施設についての、ノアの推論が続く。


「ブラックホールに吸い込まれたものが、二度とその中から出て来れないのは、その出口であるホワイトホールが事象の地平面の境界上にあるため、ホワイトホールから外へ出るのと、再びブラックホールに吸い込まれる現象が同時に起きてるから…それは知ってるでしょ? 恒星間航法の基本的な知識だし」


「おう…」とノヴァルナ。


「だけど、超高圧縮重力子の局所投射で重力場均衡を崩せば、再びブラックホールに吸い込まれる事無く、ホワイトホールから元の世界に戻れることが出来る…これが、私達が恒星間航行で使用しているワームホール航法―――ディメンションフォール航法の原理ね」


「それも知ってるが…てことは、この星が非エントロピーフィールドってヤツの、外周に面してるから、疑似ホワイトホールが発生して、大気圏近くに出たのか?」


「ええ。六つのコイルの中で、この惑星近くに出たこと自体は、偶然かも知れないけど」


 ノヴァルナは恒星間航行に使用する程度の、次元物理学の知識しか備えていない。だがそれでもノアの推論は正しいように思えた。しかし問題はこれらの情報から、元の世界に戻る方法を導き出せるのかという事である。無論DFドライヴを繰り返せば、今でもオ・ワーリ宙域に戻る事は可能だが、それは自分達が本来いる皇国暦1555年のオ・ワーリではなく現在の、皇国暦1589年のオ・ワーリのままになってしまう。


「ノアの話が本当だとして、帰れる可能性はあるのか?」


 ノヴァルナの質問に、ノアは空を見上げてしばらく考える目をし、やがてノヴァルナに視線を移すと、自分の言葉を確かめるように、慎重な口ぶりで告げた。


「たぶん…ええ、たぶん。帰れる可能性があると思う」


「マジでか?」


「この惑星からは帰れないわよ。ここにはコイルの一つがあるだけだから…でもネゲントロピーコイルを構成する、あとの五つのコイルの在処を特定して、その中心に向かえば、私達がここに来た、非エントロピーフィールドの入口側があるはずよ」


「おう、なるほど。ここが出口だけってんなら、入口は入口だけになってるのが道理だよな」


 大きく頷いて賛同するノヴァルナだが、ノアの表情は明るくない。


「でもクリアしなければならない課題は、色々とあるわ。たとえ非エントロピーフィールドの入口を発見出来て、ただ単純に中へ飛び込んでも、元いたナグァルラワン暗黒星団域には、帰れないでしょうし…慎重にシミュレーションを繰り返さないと」


「まぁ、そりゃそうだが…おまえなら大丈夫だろ?」


 簡単に言ってのけるノヴァルナに、ノアは肩を落としてため息をついた。


「もう…楽観的過ぎない?」


「だって俺、おまえを頼るしかねーもん」


「え…や、きっぱり言い切ったわね」


 苦笑交じりの呆れ顔になるノアだが、ノヴァルナに頼られて悪い気はしないようだ。


「いつも偉そうに“絶対帰るぜ”とか言っといて、これなんだから…」


 そのノヴァルナは反重力バイクの所へ戻り始めながら、笑顔でノアに声を掛けた。さあっ!と風が流れ、二人の髪が抗うようになびく。


「ともかく、今日はここまでにしよーぜ。収穫もあったし、そろそろ『デラルガート』が、俺達の機体を回収して戻って来る頃だ」






 ボヌリスマオウの農園に戻る途中で、ノヴァルナとノアの元にBSHOの回収完了の連絡が、『デラルガート』からもたらされた。そして農園に着くと、カールセンも目的の作業を終えて、ユノーやその部下達と二人を待っていた。


「カールセン」


 ロボットの集中統括管理センターを前にして、バイクを降りて声を掛けるノヴァルナに、カールセンは親指を立ててみせた。


「よう。頼まれたプログラム改変は終了してるぜ。あとはおまえさんのタイミングで、発動させるだけだ」


「すまねーな」


 不思議なものである。惑星アデロンを脱出する際からすでに兆候はあったが、今では誰もが、一番年少であるノヴァルナを指揮官として動いている。それはノヴァルナが持つ星大名の血筋というよりも、この若者自身が有するカリスマ性に根差したものなのかもしれない。

 ユノーなどは惑星アデロンでは、レジスタンスの一部隊を率いるリーダーの一人であったが、ダンティス軍のBSIパイロット出身であるため、元士官と言っても、地上戦主体の現状は才能の埒外らしく、ノヴァルナが指図する事に内心ではどう思っているかまでは分からないが、少なくとも表向きは同調の方向を見せている。


 ノヴァルナとノアが周囲を見回すと、動きを止めた人間型ロボットが二体、一体は眉間の、そしてもう一体は胸の、起動インジケーターランプを点滅させて立ち尽くしていた。いわゆる“指示待ち”の状態であり、カールセンの作業が満足のいく状態である事を示している。


「よし。まずは空に上がって、『デラルガート』と合流する」


 知らず知らずのうちに指揮官の口調に―――素の人格を覗かせるノヴァルナに、ノアは“おやおや…”といった目をした。そして『クランロン』型貨物船のあるプラットホームへ上がる、ノヴァルナのあとに続く。

 そのプラットホーム上でも、貨物船から取り外したコンテナに、半乾燥させたボヌリスマオウを積み込もうとしていたロボット達が、凍てついたように作業中の姿のまま停止していた。


 元々コンテナにもボヌリスマオウにも用はないのであるから、貨物船に乗り込んだノヴァルナ達は、現状を放置したままエンジンを起動し、離着陸場から飛び立つ。大気圏を抜けると、すぐに工作艦『デラルガート』が接近して来た。『デラルガート』は全てアンドロイドが運用しているため、そういった動きにはそつがない。


 ノヴァルナ達は『デラルガート』にドッキングし、乗り移ったのであるが、そこで少なからず精神的な衝撃を受けたのは、カールセンとユノー達であった。『デラルガート』のBSIユニット整備・修理用格納庫で、二機のBSHO―――ノヴァルナの『センクウNX』とノアの『サイウンCN』を、実際の目で見たからである。


 マーシャル=ダンティスの艦隊から離れる際、ノヴァルナから惑星パグナック・ムシュに、自分とノアの人型機動兵器BSIユニットが置いてあるとは聞いたが、実際はその上位機種である将官用完全カスタマイズタイプのBSHOだとは、知らされていなかったのだ…まあ、なぜ知らされなかったのかと言うと、単純に“驚かせてやろう”という、ノヴァルナの悪ふざけだったのだが。


 その『センクウNX』と『サイウンCN』は、並んで整備用フレームに固定され、斜めに置かれた形で補給と修理を受けていた。機体は二機とも、ほぼ一ヵ月もパグナック・ムシュの荒野に放置されていたため、赤茶色の砂埃に覆われている。だがそれでも完全カスタマイズ機としての威容は、通常のBSIユニットとは一線を画す本物であった。


 二機のBSHOに目を見張るカールセンとユノー達。だが二人が機体以上に驚いたのは、その機体が両肩に取り付けたアーマー。その左側に描かれた家紋であった。砂埃に覆われてもなお力強く輝く、『センクウNX』の“流星揚羽蝶”と『サイウンCN』の“打波五光星”―――金色で描かれるのは、家臣はもちろん、星大名一族傍流ですら使用を許されない、当主嫡流の証である。ノヴァルナのナグヤ家は正確にはウォーダ家傍流であるが、その家勢の強さから、この頃すでに金紋を使用していた。


 アンドロイド整備士が群がって、『センクウNX』と『サイウンCN』が被った砂埃を洗浄し始める。否応なしに輝きを増す二機の金の家紋に、カールセンとユノー達は頬を引き攣らせて後ろを振り返った。そこにはノアを連れたノヴァルナが呑気そうに突っ立っている。


「ま…まさか、おまえさん…本当に」


「だから言ったろ? 俺は1555年のオ・ワーリから来た、本物のノヴァルナ・ダン=ウォーダ。そしてこいつは、サイドゥ家のノア姫だって」


 緊張感の欠片もないノヴァルナに、ノアは皮肉を捻じ込んだ。


「あなたの口から“姫”って言葉を聞くの、いつ以来かしら?」


「おや? 俺はいつでも“姫”って呼んでますですよ~…心の中で」


「あぁら、それは失礼」


 空々しい言葉と白けた視線を交わす二人だが、一方のカールセンとユノー、さらに二人の部下の四人は硬い表情のまま、突然ノヴァルナとノアの前に片膝をつく。そんな予想外の反応を見せられたノヴァルナは、「お?」と引き気味に身じろぎした。そしてカールセンは四人を代表し、緊張した声で告げる。


「銀河皇国関白ノヴァルナ・ダン=ウォーダ殿下。サイドゥ家ご息女ノア様とは露知らず、これまでのご無礼の段、平にご容赦を!!」


 カールセンの言葉にノヴァルナは高笑いを交えて陽気に言い放った。


「アッハッハッハ! どーよ、恐れ入ったか!!」


 するとそこにノアがノヴァルナのこめかみに拳骨を押し付け、グリグリ回しながらツッコミを入れる。


「だからそうやって、すぐ調子に乗らない」


「いってぇーな! なんだ、てめーは!」


 ほとんどイチャイチャ状態のノヴァルナとノアに対し、身をすくめたままのカールセン達の姿が痛々しい。その温度差に気付いて、ノヴァルナはコホンと咳払いをしてカールセン達に向き直り、ノアは気恥ずかしそうに傍らに控えた。




▶#07につづく

 

 

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