#21

 

 やがて損害が憎悪を招き寄せ、双方が必死の形相となり、攻撃しつつ中立宙域へ向け逃走を図るロッガ家艦隊を、イル・ワークラン艦隊が本気で阻止しようとし始めた。

 実況中継のプリム=プリンはさらに煽り文句を並べ、傍観者である視聴者の書き込みは人々の悪意を文字にして、中継画面に躍る。


「盛り上がって参りました、砲撃戦! 逃げる海賊、追うウォーダ!! 全ての艦が目まぐるしく動き回り、無数のビームが飛び交う中、ナグヤのノヴァルナ殿下に協力した、イル・ワークランのカダール殿下も奮戦中です! オ・ワーリ万歳!! ウォーダ家万歳!!」



いいぞもっとやれ!……ざまぁwww……カダール△!……見ろ、人がゴミのようだ!……

海賊終了www……逃がすな!……ざまぁ!……爆発!……おまえら不謹慎すぎるぞ!……

カダール△!……ここで説教とかwww……綺麗事乙w……カラッポ殿下仕事しろよ!……



そしてカダールは『セイランCV』の超電磁ライフルを撃ちつつ、心の中で叫んでいた……




“どうしてこうなったぁああああーーーー!!!!!!!!”




 一方、ノヴァルナ専用戦艦『ヒテン』の艦橋では、プリム=プリンが実況する様子を眺める、『ホロウシュ』のヨヴェ=カージェスの元に、損傷したASGULごと回収されたラン・マリュウ=フォレスタが歩み寄って来た。


「よう―――」


 実直な性格だが同期という事もあって、ランに対しては比較的気安い言葉遣いをするカージェスは、振り向いて白い歯を見せる。


「――おまえにしては珍しくやられたな。やはり旧式のASGULでは、勝手が違ったか?」


「まあ、そんなとこだ―――」


 応じるランもカージェスに対しては、あまり女性らしさを感じさせない口調であった。


「―――そんな事より、いいのか? この艦は攻撃に参加しなくて」


 ランが言っているのは、戦艦『ヒテン』がこの星系に到着して、実況中継を始めたきり、敵の艦隊の逃走針路を妨害する程度の行動しかしていない事への疑問だった。するとカージェスは肩をすくめて応じる。


「無理言うな。この艦が整備でドック入りする予定だったのは、おまえも知ってただろう。艦長は不在だし、乗員も半舷上陸で半数しかいない。こんな状態で戦っても、敵の駆逐艦の魚雷のいい的になって破壊されるのがオチだ」


 ひどい話である。巨大戦艦『ヒテン』は、実は戦えるような状態ではなかったのだ。ノヴァルナが旅行に出かけるのに合わせたわけではないが、精細な整備を行うためのドック入りが予定されていたため、艦長を含む乗員の半数がすでに『ヒテン』を離れており、一部の火器システムも停止してロックされてしまっていた。

 ノヴァルナはそれと知った上でカージェスに、『センクウNX』とNNL放送局のスタッフ達を緊急で『ヒテン』に乗せ、MD-36521星系に来るよう命じたのだった。

 

 その目的はカダール達に対するブラフ―――つまりハッタリだ。ナグヤ第二艦隊の旗艦が直々に参戦する事で、その圧倒的戦力差でもって戦場の主導権を完全に掌握しようという、ノヴァルナの算段であった。

 ただしその目論見が図に当たったからいいようなものの、もしも敵からイチかバチかの一斉攻撃を受けた場合、今の艦の状況ではまともに対処出来ないのは確実で、そうであれば下手に手出しするわけには行かない。カージェスは訝しげな顔でさらに言葉を続ける。


「それが分かっていて、この艦に参戦しないのかとは…さてはフォレスタ、今の状況はノヴァルナ様の思惑通り、というわけではないのだろう?」


 詳しい作戦内容など知らされておらず、とりあえず指示通りに急行して来たカージェスだが、さすがにノヴァルナの腹心の一人であって、この戦場の様子がノヴァルナの思惑通りに進んでいるのではない事を見抜いていた。


 そもそも今回のノヴァルナの作戦の初期構想は、立ち上がりの宇宙魚雷を使った奇襲戦法で、カダールらの出鼻を挫き、防戦一方にさせておいたところに『ヒテン』が出現して詰み。降伏現場に実況中継を立ち会わせ、イル・ワークラン=ウォーダ家とロッガ家の密約を公共電波に暴露する…というものであったのだ。それが魚雷による奇襲の効果が薄かった上に、『クーギス党』の根拠地母船『ビッグ・マム』の推進機関が故障を起こし、敵に捕捉されてしまったため、このような混乱した展開となったのである。


「…ま、まあ。そういう事だな」


 カージェスに鋭く指摘され、ランは少しバツが悪そうに視線をそらして肯定した。しかしながら同時に、ノヴァルナの臨機応変さにも感嘆せざるを得ない。『ビッグ・マム』の故障までは想定外だったが、それまでの状況の変化には充分対応出来ていたからだ。


 するとランと同じ艦橋で実況を続けているプリム=プリンが、何かに気付いて不意に声のトーンを上げる。


「あっ! いま一番大きな海賊船に稲妻が走りました。これはどういう事でしょう!」


 プリンが気付いたのはベルカンの乗る軽巡航艦であり、重巡『ジルミレル』のさらなる主砲射撃を浴びて、エネルギーシールドを消失したのだ。そこにイル・ワークラン駆逐艦のビーム砲撃が複数命中して、艦舷を食い破り、速度を低下させた。その光景を見たカダールは口元を歪め、胸の内で部下達を罵る。


“バカ者! やり過ぎだ! ベルカンは逃がせ!!”


 今後のロッガ家との和解のためにも、ロッガ側の指揮官であるベルカンには生き延びてくれた方がいい。そう思って手加減をしていたカダールだったが、通信回線をノヴァルナの『ヒテン』に握られている以上、口に出して指示は出来ない。


 とその時、カダールの『セイランCV』の傍らを、ノヴァルナの『センクウNX』が最大戦速にまで加速して、真空の闇の中を猛然と疾走して行った。その先にいるのは、損害を受け、速度が急激に落ちたベルカンの軽巡航艦だ。


「さればカダール殿、助太刀致しましょうぞ!」


 白々しい声で通信を入れるノヴァルナに、カダールは思わず声に出して引き留める。


「まっ! 待て! いかんノヴァルナ殿ッ!!」


 しかしノヴァルナは聞く耳を持たない。ベルカンの軽巡航艦では警報が鳴り響く。


「敵機接近!…BSHO『センクウNX』です!!!!」


 悲鳴に近い声で報告するオペレーター。


「迎撃しろぉおおお!!!!!!」叫ぶベルカン。


 軽巡からの迎撃砲火が『センクウNX』を狙って交差する。だが『センクウNX』はその左のショルダーシールドに描く家紋の揚羽蝶のように、ひらり、ひらりとビームをかわして、距離を詰めて行った。軽巡を追い抜きざまに超電磁ライフルを連射し、迎撃火器を潰すと、艦の前方に出てポジトロン・パイク(陽電子鉾)を起動させ、身構える。


「何をやっている! 撃て!」と蒼白な顔で命じるベルカン。


「げッ…迎撃用の火器は潰されました!」とオペレーター。


「主砲があるだろう!!!!」


 もし対艦艇用の主砲で『センクウNX』を狙ったとしても、命中する可能性は相当低い。そしてベルカンがそれを検証する事は不可能だった。主砲射撃を命じた直後、『センクウNX』のポジトロンパイクがベルカンごと艦橋を貫いたからだ。


 ノヴァルナの『センクウNX』がポジトロン・パイクを引き抜いて離脱すると、ベルカンごと指揮中枢が蒸発したロッガの軽巡航艦は、よろめくような挙動を起こしたものの爆発はせずに、航行を続ける。

 するとベルカンの仇とばかりに残存する三隻の駆逐艦が、宇宙魚雷をイル・ワークラン艦隊に向けて発射した。その直後、ロッガの駆逐艦の一隻が何らかの事由で爆発してへし折れる。

 ロッガの駆逐艦が放った魚雷は12本。そのうちの1本が『ジルミレル』の上部に命中し、閃光と破片を巻き上げる。そしてもう1本が駆逐艦の脇腹を吹っ飛ばして、推力を奪い取った。


「……………」


 秘密協定を結んだ両家の艦が、撃ち合いの果てに力尽きていく光景を、カダールは『セイランCV』のコクピットで、両目の焦点も定まらぬまま茫然と眺めていた。

 そこへベルカンの軽巡航艦を串刺しにして来たノヴァルナがとぼけた声で近付いて来る。


「やあ、これで御貴殿も海賊退治の英雄ですなあ、カダール殿」


 事実、生中継の画面はカダールを称賛する書き込みと、今のノヴァルナの行動を、カダールの獲物を横取りしようとしたものと受け取った、批判の書き込みで溢れていた。


「さーて、あとの残敵掃討はお任せしましたぞ―――」


 そう言いつつ、ノヴァルナは『セイランCV』の傍らを通り過ぎる間際、自らが支配している通信回線を、カダールとの間のみのローカルに切り替えて、凄みのある口調でボソリと告げる。


「てめぇ…ふざけた真似すっと、またカチ込みかけんぞ、コラ」


「!!!!!!!!」


 そう言い捨てたノヴァルナは、また通信回線を広域モードにして呑気そうに去って行く。


「あー、腹減ったー。艦に戻ってメシにすっかー………」


 そんなノヴァルナの乗る『センクウNX』の後ろ姿を、カダールは憎悪のあまり悪鬼のように歪めた顔で振り返り、鈍い光を湛えた眼(まなこ)で睨み付けていた……………




おのれ…おのれノヴァルナめ!…貴様だけは!…貴様だけは必ず殺してやる!!!!……………




 その後、海賊扱いされたロッガ艦隊は駆逐艦一隻と、ベルカンら首脳部を失った軽巡航艦のみが、這いずるように中立宙域へ辿り着き、カダール艦隊はさらに駆逐艦一隻を喪失、旗艦『ジルミレル』は航行不能に陥り、生き残った駆逐艦一隻に曳航されて、本拠地のオ・ワーリ=カーミラ星系へと引き揚げて行った………



▶#22につづく

 

 

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